第13話 廃れた魔法
列車に揺られること12時間、随分とヘルベルトとの話は弾んだ。
外交官たる彼のトークスキルには目を見張るものがあり、終始話題が絶えなかったのだ。
そんな時間ももう終わりに近づいており、降りる駅が近づいていた。
エスターライヒの首都たるヴィエンヌ。
そのヴィエンヌの中でも国際路線が良く発着するヴィエンヌ西駅に、列車は入った。
旧き帝国の良き空気が漂う駅舎に、私は降り立つ。
先に降りていたヘルベルトらには、エスターライヒの近衛兵が迎えにあがっていた。
私はそれを横目に一人で歩きだす――ことはなかった。
待っていた近衛兵と同等の人数の正装をした者たち――銀行の職員の迎えがあったのだ。
「お久しぶりでございます。お嬢様」
「久しぶりね、爺。昔と何一つ老いていないようで安心したわ。どうすれば年齢を保てるのか教えてくれないかしら?」
「それはお嬢様が私のように年老いればわかります。それに比べてお嬢様は変わってしまいましたね。ガリアの王妃予定者が、今やゲルマニアの外務長官殿と同じ列車でこちらを訪問されるとは」
「いろいろと変われるのは若者の特権よ。爺も、若い時はそうだったでしょう?」
爺——それは長年我がロートシルド家につかえる執事だ。
私が幼いころから教育を受け、身の回りの世話をしてくれていたのも爺である。
そんな爺は今、アンゼルムが不在の銀行での職務の代理を任されていた。
そんな爺らに出迎えられ、私は黒塗りの車に乗り込む。
そして駅の車寄せを出発した私たちは、そのままリングシュトラーセと呼ばれる、かつての城壁を破壊して最近作られた環状道路を走る。
新興の銀行であるアンシュタルト銀行も、このリングシュトラーセ沿いにあるのだった。
リングシュトラーセ沿いに見える町々は、同じ文化圏と言えどもゲルマニアとは大きく異なる。
白亜の壁に青銅葺きの屋根の建物が並ぶその町は、かつてのウィーンにそっくりだ。
国民劇場や国会議事堂を眺めていると、車は銀行前に停まった。
5階建て・石造りの銀行には連日のように多くの客がいた。
彼らは近代化を進めつつあるこのエスターライヒにおいて、新たに開業する資金を求めているのだった。
そんな彼らを横目に見ながら私は銀行の奥深く、父の書斎へと赴いた。
「お嬢様。喉は乾いておられますか?」
「そうね。それとお酒ばかり飲んでいたから、少し頭が痛いわ」
「……ではこれを」
爺はコップに杖を向け、ブツブツと何かをつぶやく。
すると驚くべきことに、杖から水が現れてコップが満たされた。
それを見た私は、懐かしい光景に思わず笑みがこぼれる。
「まだ魔法が使えるのね。本当に信心深い人であること」
「……私は変わることができない古い人間ですから、お嬢様。どれだけ最近の人が信仰を忘れて科学を信ずるようになろうとも、私は最後まで信仰を捨てるつもりはありません」
「それは大変結構。しかしその結果、ガリアやエスターライヒといった宗教にどっぷりとつかった国は近代化が遅れているわ。どちらが正しいのかはその人の価値観による。でも私は科学を信じることにしたわ。神の気まぐれによる力ではなく、人による計算も制御も可能な力に」
「その割にはお嬢様、ベルトのバックルに『神は我らとともに』と刻まれているように見えますが。人は信仰を捨てたといっても、神を利用することは忘れていないようですね」
爺は鋭い指摘をしながら、私にコップを渡してきた。
……全く、老い先短いというのにどこまでも頭が回る、変わらない爺だ。
喉を通る水は、懐かしき時代の味がした。
「……お嬢様には、少し見ていただきたい部屋がございます」
爺は静かにグラスを受け取り、私を書斎のさらに奥へと連れていく。
そこは私も一度も入ったことがない、ごく少数の人だけが入ることができる部屋だ。
仰々しい鉄の扉を開けると、そこには信じることができないような光景が広がっていた。
「ここは……金の保管庫か」
「そうです。各国が通貨を発行するために必要な金準備の融資をするための金庫。ここにある金は、世界で流通している金の35%を占めます」
「まさに、この光景そのものが我がロートシルド家そのもの、ということか」
「ご理解いただけましたか? お嬢様にはお父上様より銀行の金を好きに使うことができる権利を与えられた。それが一族が積み重ねてきた歴史そのものを使うということ、ご理解いただけましたか?」
爺は鋭い目で私を見つめ、無言の圧力をかけてくる。
世界中の金の35%——それはただただ金持ちだということではない。
数個の国の経済を破壊させることだってできる、経済の破壊兵器だ。
「覚悟の上よ、爺。私はロートシルドの人間。そのことは誰よりも分かっているわ」
「……分かりました。ではお嬢様のお好きなように銀行の資金をお使いください。しかしお願いがあります、爺からの無理なお願いではありますが」
爺は口を開こうとするが、どうも言い出せないようだ。
だが決心がついたのか、彼はゆっくりと口を開いた。
その言葉は、私の心を強く打つことになる。
「再び、あの時のようにジュリー様とお二人でおられる姿を、この爺に見せていただけませんか?」
「……そうだな。いつかはジュリーを連れてこよう」
「私は老い先短い人間です。私が死ぬのが先か、ガリアが滅びるのが先か――。アリス様、貴方はお優しい方です。きっと義理であろうと妹であるジュリー様をお見捨てになることはないと信じておりまする」
「爺……」
それ以上爺は口を開くことはなく、私たちは書斎へと戻った。
その後私は一人で書斎にこもりつつ、爺が整理した書類に目を通しながらゲルマニアへの融資について、また今後の自分の動き方について考えを巡らせる。
私の頭の片隅には、ジュリーの笑顔がちらついていた。




