第12話 いにしえの帝国
帝国内務省を離れ、私は再びブランデンブルク中央駅のホームを踏んでいた。
ただし今回乗るのはガリアに向かう列車ではなく、むしろ逆向きの列車だ。
その列車が向かう先——それは隣国でありつい十数年前まではゲルマニア帝国の敵国であった国、エスターライヒ=ウンガルン帝国だ。
かつてこの国とゲルマニア帝国——の全身に当たるプロシア王国はゲルマニア一体における盟主の権利をめぐって争い、結果はプロシア王国の勝利により現在のゲルマニア帝国が形作られた。
そんな因縁ある国であるが、元を言えば同じ民族の国なので関係は改善している。
そんなエスターライヒに私が何の用があるのか、それは私の出自に関係する。
私が生まれたロートシルド家は今はガリアの貴族だが、元をたどればエスターライヒの家系だ。
それゆえ、父アンゼルムの有する銀行や金はそちらに未だにあり、一度訪問する必要があったのだ。
(……ここで待っていろと内務副長官には言われたけれども、本当に大丈夫かしら?)
私はベティッヒャーから受け取った乗車券を手に、ホームで待つ。
ここはオースデンテ急行という豪華列車のホームであるが、本来ならばここまで列車が止まらないと表記されている。
それでも待っていると、何やら後ろから呼びかけられた。
「失礼、麗しき方よ。ここは関係者以外は立ち入り禁止であります。乗車券をもう一度確認されては?」
「……そう言われましてもね。私はベティッヒャー内務副長官殿からここだと指定されたのですが」
「ベティッヒャー様から? もしやあなたがアリス様ですか?」
「いかにも。アリス・フォン・ヒンデンブルクですわ」
呼びかけてきたのは、がっしりとした体格でありながら正装をした男。
彼は納得したようなそぶりをして、またどこかへと戻っていった。
そして彼が戻ってきたとき、そこには仰々しい一行がいた。
15名の、正装に身を包んだ男たち。
関係者以外立ち入りの列車——まさか特別列車に便乗することになるとは。
そして彼らが姿を現すのと時を同じくして、列車も姿を現した。
赤茶色と濃紺の混成された客車と、その後ろに連結された暗緑色の2両の車両——そこには帝国のシンボルたる黒い鷲の紋章が鮮やかに刻まれていた。
最後尾たる暗緑色の列車は、私たちの前に静かに止まった。
列車を私が見つめていると、やってきた一行の一人から話しかけられる。
「君がアリス君だね。話は聞いているよ」
「お初お目にかかりま――という訳でもなさそうですね」
「はて? 私はアリス・フォン・ヒンデンブルク君に出会うのは、初めてだよ」
そう言いながら、私を見つめてくる立派な髭の男。
ヘルベルト・フォン・ビースドルフ、外務省の長官であり現宰相オットー・フォン・ビースドルフの長男だ。
彼には社交の場で何度か顔を合わせており、どうも認知されているようだ。
だが彼は自慢の口ひげを数度触ったのち、特に何も言うことなく車両に乗り込んだ。
それに合わせて私も乗り込み、ヘルベルトのお付きの人間に荷物を預ける。
ヘルベルトは用意された椅子に座り、私に椅子に座るよう手招きした。
「……なるほど、ベティッヒャー様が手配した列車というのは、外務長官の特別車両のことでしたか」
「はは、私と一緒では不満かね? フォン・ヒンデンブルク改めデ・ロートシルド嬢?」
「いえ、再会できて光栄に存じます。お父上はお変わりなく?」
「もちろん。年甲斐もなくよく食べ、よく飲み、よく働いておるよ」
ヘルベルトはお付きの者から葉巻を受け取り、火をつける。
それを見ていた私は、一本分けてくれないかと目線で合図を送る。
するとお付きの者は驚いた顔をしながらも、一本火をつけて渡してくれた。
「おや? 君も葉巻を吸うクチかね。ご令嬢にしては珍しい」
「葉巻を吹かすのが癖になっていましてね。ガサツな女に見えますか?」
「いや、そんなことは決して。むしろこうしてともに紫煙を燻らせる仲として嬉しく思うよ」
私は煙を口の中にため、ゆっくりと吐き出す。
葉巻を吸うのは前世からの癖であるが、令嬢という体ゆえに表立って吸うことはなかった。
しかし最近は令嬢でも吸う人が増えているようで、それは社会から女性の自立心の表れと扱われているらしい。
「ベティッヒャーの紹介だと言っていたが、内務省が一枚嚙んでいるように思えるが、ロートシルドの令嬢がその本拠地たるエスターライヒに向かうとは……何を内務省は考えているのだね?」
「それはヘルベルト様のご想像にお任せします。もっともすぐにご理解されるかと思いますが」
「まあ議会の目につくのが嫌な資金の調達だろう。それもロートシルドのご令嬢が動くほど巨大なものだ」
ヘルベルトは「当たりだろう?」という表情でこちらを見てくる。
私が肩をすくめると、彼は嬉しそうにニヤリと口角を上げた。
そして机の上に置かれたウイスキーを手に取り、乾杯をする。
「ヘルベルト様はエスターライヒに何用で?」
そう聞くと、彼は少し迷った表情をした。
もちろん外務長官たる彼が赴くということは、そうそう簡単に言えないことであるのだろう。
彼は少し言葉を探しながら、当たり障りない言葉を選んで回答した。
「私がエスターライヒに何をしに行くのか、それは君がなぜゲルマニアにいるのかということと同じ答えだと言っておこう」
「ガリアの崩壊の危機に合わせて同盟関係の強化ですか。革命の波紋が広がって飛び火しても困りますからね」
「まあそんなところだ。エスターライヒは多民族帝国だからどうもナショナリズムの高まりが懸念される。その予防的な措置をしに行くのだよ。父の命でね」
「ふふ。ゲルマニアの統一のためにエスターライヒをダシに使ったのはお父上なのにもかかわらず、ことが終われば同盟関係の強化ですか。何とも手のひら返しが上手ですわね」
ヘルベルトは苦笑いし、グラスに入っていたウイスキーを空にする。
――その後も12時間ほど、エスターライヒにつくまでに彼とは様々な会話を交わした。
そして次に土を踏むときは、そこはエスターライヒの領内であった。




