第84話 消えないように。
鼓動に合わせて、削られた右足がズキズキと痛む。
クソ、ただでさえレベルで負けてるってのに、早々にハンデを背負っちまったぞ。
「アキーラさん?どうしたのかしら。なんだか楽しくなさそうね?せっかく二人っきりなんだもの、楽しみましょう?」
「はっ、ホストの心構えがなってねーんじゃねぇの?こっちは客だぞ。もてなせよ。ちゃーんとな?」
「うふふ、心配しないでね?たくさん、たくさん、もてなしてあげるから。あなたの体も、魂も、全てが消え去るまで、ずっと──」
邪神の言葉が終わるのとほぼ同時。俺の周囲を大量の火球が囲む。その炎の向こうに、目を細めながら俺を見るあいつの姿がチラリと見えるが、それどころじゃなかった。
「ぐ、おおおお!」
少しの間を置いて、俺に向かって飛んでくる火球を必死で捌く。
右からくる火球を剣で逸らし、後ろからくる火球をしゃがんで躱し、前からくる火球を戻した剣で受ける。
「らあああああ!」
炸裂する火球が視界を埋め尽くす。心眼を全開にするために目を閉じて、左からくる火球を上体を反らして避ける。少しずつ、少しずつ、手が取られていく、詰将棋のような感覚。
「うふふ、頑張ってね?ほら、次が来るわよ?」
上体を反らした俺の顔目掛けて、上から火球が降ってくる。必死で体を左へと回転させ、身を翻すようにして避ける。もう余裕はない。
「うーん、これで終わりかしら?思ったより早そう。とっても残念だわ。」
冷たい声が聞こえる。何となく点けていたテレビ番組が拍子抜けだったときのような、肩透かしだったような、そんな感じ。あら、意外とつまらなかったわね。言葉にすれば、そんな感じだろうか。心眼の探知範囲、前方から大量の火球が迫る。
「次はどうしましょう?もう、フレイヤを殺して次の世界に行こうかしら?」
大量の火球が炸裂する──
「終わっちゃったわね。せっかく招待したのに……はぁ、次は何をしようかしら?」
「──何勝手に終わらせてんだよ。」
「あら?」
爆発した火球の煙に紛れ、邪神へと剣を振るう。渾身の一撃。届けと祈りながら、全力で振るう。
肉を斬る感触。
骨を断つ感触。
剣が抜けきり、すかさず次の太刀へと。
何度も何度も何度も何度も。
斬る、斬る、斬る、斬る。
呼吸の続く限り、剣を振るい続ける。
邪神の体がバラバラになり、元の形を推測することすら難しくなった所で、ようやく剣を止めて酸素を体に取り込む。
「はぁ、はぁ、はぁ、こ、これで、どうだ!ボケぇ!」
危ないところだった。アイテムボックスに入れていた馬車、あれを出すのが間に合わなければ、死んでいただろう。
「──でも、そのおかげで隙が……。」
「すごいわぁ!アキーラさん、諦めてなんてなかったのね!?ごめんなさい!勝手に、もう終わっちゃったなんて、あなたに失礼だったわ!」
「〜〜〜〜っ!」
だから!なんで!生きてんだよ!
目の前の肉片としか言いようのない物体から、歓喜の声が上がる。
脳みそが理解を拒む。終わっててくれと、悪い夢だろうと。
グジュグジュと、ミンチを手で捏ねたときの音が響く。
少しずつ、少しずつ、肉片から女性の体へと、逆再生のように巻き戻っていく。
「うふっ、うふふふふふ!次はどうやって、私を殺すの?ねぇ、教えて?アキーラさん?」
「うああああああ!!」
破れかぶれの剣。スキルLvとか、技術とか、そんなものが関係ない、ただ振っただけの、刃も立ててない雑な剣。
「うーん、これじゃ、普通の人も死なないかも?」
避けない。防がない。
ただ何もせず、剣を体で受け止める。骨の折れる音。変な形にひしゃげる左腕、飛び出す骨と、変わらない笑顔。
「う、うぐ……。」
「痛いわ、アキーラさん。でも、まだ何か隠してるのよね?ねぇ、早く見せて?もう無いなんて、言わないでね。興醒めよ?」
そう言いながら、左腕にめり込んだ剣を右手で優しく掴んで、俺へとそっと返す。壊さないように、丁寧に。
「ねぇ、本当に終わりなの?違うわよね?それとも、もっと痛めつけないとダメ?」
──危な
「ごはあっ!」
折れたままの左腕で俺を叩く。予備動作も何もない、腰の入っていない打撃を浴び、ふっ飛ばされる。
本気じゃない。だからこそ、痛いで済んでいる。
「ぐ、う、お、おぇぇ……。」
内臓がひっくり返ってるみたいだ。今日腹に入れたものが全部、口から飛び出していく。
「はっ、はっ、はっ、も、もう……。」
俺に何が残ってる?
アイテムボックスにはもう何も入ってない。頼みの剣は通じないし、通じたところで倒せる気がしない。
経験値がブーストされたからって、今この場で意味なんて、何もない。
鑑定なんて、今更、なんの意味がある。
「は、はは……せっかくだ。最後に自分でも、鑑定して……。」
意味なんてなかった。
多分、これから先、何年経っても、納得いく理由は言えないと思う。
「──鑑定」
アキーラ・リンリン
ワタシのワガママで連れてきて、ゴメンなさい。どれだけ謝っても、許されないことだと思う。だから、許してって言うつもりはないわ。でも、絶対に生きて帰ってきて。じゃないと、ワタシが許さないんだから。
「は、はは……謝るのか、怒るのか、どっちかにしろよ……。」
消えかけていたロウソクに、火が灯る音がした。




