第79話 約束。
必死に素振りをしていたからか、背後から近寄る存在にギリギリまで気付かなかった。
ここの家主、ゾフィーだ。
「アキーラくん、精が出るね?」
「ゾフィー……、はは、そうなら良かったんだけどな。」
「違うのかい、邪神に勝つためにやってるんだろう?」
柔らかく微笑みながら、ゆっくりと話すゾフィー。
それはそうだ。
俺だって、負けたい訳じゃない。
だけど。
そう思い、再び素振りを始める。
素振りをしながら、今の思いを吐き出していく。
「正直言って、今の俺が勝てると思えない。あいつが何してるのか、今でも全然わかんねぇ。斬っても斬っても倒せる気がしない相手に負けたら終わりの一発勝負なんざ、正気の沙汰じゃねぇと思う。それでも、やらないといけない。何とか、俺が何とかしないといけない──」
「アキーラくん。背負いすぎだよ。」
「へ?」
素振りをやめて振り返ると、少しだけ苦笑いをするゾフィーと目が合う。
「アキーラくん、君はとっても強くなった。もう私が全力を出しても、きっと傷一つ付けられずに抑え込まれてしまうくらいには。だけど、それでも君は、ただの人なんだ。」
「ただの、人……。」
「そうさ。君にとっては何の関係もないこの世界のために、そこまで自分を犠牲にする必要なんてない。……君にとって大事なのは、なんだい?」
俺にとって大事なもの?
そんなもん決まってる。
ゾフィーにエルザ、フレイヤにフレイ。
ガルドさんだってそうだ。
俺が世話になった人が、悲しむ世界にはしたくない。
みんなが笑える世界であってほしい。
「何か、感じたかな?出来れば、その中に私がいると、とっても幸せだよ。」
「はは、最前列で手を振ってるよ。思わずファンサしちゃうくらいにな。」
「よくわからないけど、それなら良かった。」
嬉しそうに笑うゾフィーを見て、ドキリとしてしまう。
こいつこんなに可愛かったっけ。
いや、いかんいかん。
うつつを抜かす余裕はないのだ。
今は邪神に集中しないと。
「ねぇアキーラくん。」
「……ん?なんだゾフィー。」
「全部終わったらさ、どうするの?」
「どうする、って……何も考えてねぇなぁ。」
「私は色々考えてるよ。やりたいこともたくさんある。」
「おお、そうなん?」
プレッシャーだな。
わざとか?
「そう。ふふ、だから、よろしくね?」
わざとだな。
「しゃーねぇ。やりたいことリストでも作って、整理しとけよ。」
はは、負けられない理由が増えたな。
そんでもって、大切なことに気付かせてくれた。
素振りも大切だけど、こっちも大事だ。
俺の戦う理由。
確認しに行かないと。
それに気付かせてくれたゾフィーに感謝しないとな。
「すまん、ゾフィー。ちょっと行ってくるわ。」
「うん。気をつけてね。」
ゾフィーの館から出て、街を歩く。
足は自然とエルザの工房へと向かっていた。
今日は終わったのか、もう鉄を打つ音は聞こえてこない。
まぁ、いないならいないで、出直してくるしかないけど。
意を決して、ドアをノックする。
「エルザー!おるー!?」
もしもーし!!
しばらくすると、ドアの鍵が開けられて、中からエルザが出てくる。
「アキーラ?どうしたんだい?明日じゃなかったの?」
「すまん。でもちょっと、確認したいことがあってな。……入ってもいい?」
「…………そ、それって、その。」
「ん?出直したほうがいいか?」
「い、いやっ!全然大丈夫!は、入って!!」
「いつもごめんな、急で。」
「いつもだろ!慣れたよ。ほら、こっち。」
「おう、おじゃまします。」
エルザの工房へと足を踏み入れる。
相変わらずの鉄の匂いに、少しだけ安心しながら。
「……で、どうしたの?剣じゃないよね?」
エルザが入れてくれたお茶を飲みながら、何から話せばいいかと考える。
「あー、何を話せばいいのか、正直わからないんだけど……。俺実は、邪神と戦わないといけないんだよね。」
「はぁ?あんた、何言って…………本気、なの?」
冗談だと思ったのか、初めは眉間にシワを寄せていたエルザの顔が、俺の顔を見て少しずつ変わっていく。
「本気だよ。」
「……そ、それって、もし、負けたら……。」
「死ぬだろうな。」
「……それで、戦う前に最後の別れって、こと?」
「いや、違う。帰らないといけない理由を、ちゃんと自覚しようと思ったんだ。」
「……帰る、理由?」
「そ。どうなるかわからんけど、それでも、ギリギリで踏ん張れるとしたら、それがあるかどうかだと思ったからな。」
ジッと俺を見つめるエルザ。
「ホントだね?」
「俺は、そのつもりだ。」
「……わかった。それじゃあ、私はここで待つよ。ずっと。」
「ず、ずっとぉ?」
重くなぁい?
「ずっとだよ。あんたが戻ってくるまで、ずっと。おばさんになっても、おばあちゃんになっても、あんたをずっと待つ。」
「お、おう……。」
「だから、絶対に帰ってきてね。約束だよ。」
目尻に涙を溜めながら、俺にそう言ってくれるエルザの存在がとんでもなく輝いて見える。
「ああ、約束だ。」




