第19話『第一三橋頭保~土俵の鬼~』
土俵に上がってきた彼女は、赤く腫らした目でわたしを睨んだ。
「わかった。君が勝ったら謝るよ。死んでいった人達の為に弔いの舞も披露するってのでどうかな? お代無しでね」
「馬鹿にして! ロブもカートも死んじゃったんだよ! それで済むわけがないじゃない!」
そんな事言われてもね。
決して彼女を馬鹿にするつもりで言ったわけではない。わたしが彼女の為にしてあげられる事なんてそれくらいだ。
ナイフで襲われても許した。
気持ちを発散する場も与えた。
ルシーナがわたしに勝てたなら、謝ってもいいし、タダで踊りを披露するくらいのご褒美があっても良い。でも、彼女のために使ってあげられる温情はそれくらいだ。
「ルシーナ! いい加減にしろ!」
「ふん!」
見かねたゲハールに一括するが、ルシーナはぷいっと背を向けてしまう。
「反抗期? 一四歳って色々難しい年頃だよね」
「一三歳がうるせーよ! ったく……悪いな嬢ちゃん」
「いいよ。勝つのはわたしだから」
「絶対に負けない! 泣いて皆に謝らせる!」
威勢良くルシーナが仕切り線の手前で腰を落として身構えたので、わたしも仕切りの姿勢をととる。
ガルルル……
怒れる狼少女が、今にも飛び掛からんばかりに唸り声を上げる。
鬱屈した気持ちは抱えるよりも発散した方が良い。その為に始めた喧嘩相撲だ。
いいよ。その怒り、思い切りぶつけておいで。
手をついて、待ったなし!
はっけよい!
ばっちーん!
立ち合いの瞬間、強烈な衝撃と痛みがわたしを襲った。
ルシーナがいきなり張り手をかましやがったのである。
痛ったーーーーーっ!
マジで泣くかと思ったよ!
とはいえ、今ここで怯んだら負けだ。わたしは歯を食いしばって痛みに耐える。
ルシーナの手が再び迫る。どうやら、かなり熱くなってるみたい。
まったく──
張り合いは趣味じゃない。彼女には、少し頭を冷やしてもらおうかな。
わたしは身をかがめて二発目の張り手を躱すと、ルシーナの胸へと顔から飛び込んだ。
むにむに。
痺れる頬に、包まれるような柔らかい感触。良き。
「んっ……」
ルシーナの口から色っぽい息が漏れる。
もちろんそれで終わらない。わたしは、さらに身をかがめて彼女の股の間に片手を入れる。
一応言っておくけど、断じてセクハラではない。わたしは真面目に相撲をしている。
右手は前から、左手は外から。わたしはルシーナの張りのあるお尻の肉を掴む。そして一気にその身体をリフトアップ。ルシーナの身体はトム少年に比べれば羽のように軽い。じたばたと足掻く彼女を、わたしはギャラリーに向けて高らかと掲げ上げる。
「や、やめ……」
この後、訪れる運命を悟ったのだろう。可愛い声を上げるルシーナ。
や・め・な・い。
わたしは無常にその身体を叩き落とした。
「きゃん!」
渾身の吊り落としを受けて、黄金色の狼少女は仔犬のような悲鳴を上げる。
「ひでぇ……」
「鬼かあいつ」
ギャラリーの中からそんな声が聞こえたが知ったこっちゃない。
鬼で結構。狼を相手にするのに人間でいられるものか。
「頭は冷えたかな?」
「このっ!」
むしろヒートアップした彼女は、起き上がった瞬間飛びかかって来る。
礼節は守ろうよ。しょうがない子だなぁ。
低く、レスリングのタックルみたいにぶつかってきたルシーナの首を、脇と腕で絡めとる。
「力抜かないと死ぬよ?」
「っ!?」
恐怖で強張る彼女の首を捻るように投げる。首投げだ。
ルシーナの身体が反るように裏返えって土俵に倒れる。
木の字(尻尾があるから)になって荒く息をするルシーナ。
立て続けに土をつけられ、流石に心が折れたかと思ったけど、彼女の眼はまだ死んでいなかった。
土俵に拳を打ち付けて立ち上がる。
「もう一回っ!」
「もちろんいいよ」
仕切り直しだ。再び土俵中央で向かい合う。
「落ち着いて行けルシーナ!」
「正面から押して行けば勝てるぞ!」
「パンツ剥ぎ取ったれ!」
強制的に肝を冷やしてやったせいか、ルシーナも冷静さを取り戻したようだ。静かに息を整えながら腰を落とす彼女からは緊張感が漂ってくる。
……あとパンツを狙うのは禁止だからね。
手を着ついて──
はっけよい!
ガツンと頭の打ち合いから始まる三番目。
あっつ!
少しは落ち着いたかのように見えたルシーナだが、獣の荒々しさというのはそうそう抑えきれるものでは無いらしい。
正面からの頭突きの後、闘牛のように頭で押し合いながら、相手の出方を探り合う。ルシーナが腕を掴もうと狙っているけどわたしはそれを許さない。
のこったのこった!
ルシーナは何が何でもわたしを潜り込ませたくないのだろう。低い姿勢での頭の勝負が一〇秒、二〇秒と続く。
どうする? どうする?
このまま押し合えば力で劣るわたしは不利だ。でも、こちらの技を気にしてか、ルシーナは積極的に出てこない。
更に一〇秒ほどして、ついに焦れたルシーナが動いた。
頭のてっぺんに感じていた彼女の圧が消える。
相手の力を利用しての引き落としを狙ったのだろう。押して駄目なら引いてみろとはいうけれど、そんなのは予想済みだ。
当てが外れて無防備に立つルシーナ。わたしは易々とその後ろに回り込むと、彼女の腹を両腕でホールドして引き倒す。送り引き落としだ。
尻もちぺったん狼さん。
押して押して押しまくれば勝てたかもしれないのに、小賢しいことを考えるからである。
ギャラリーからは「ああ……」という落胆の声の後で拍手。わたしのことはヒール扱いだけど、取り組みの後はちゃんと拍手してくれるんだよね。
「わたし相手に駆け引きなんて一〇年早いよ」
そう言って煽ったらめっちゃ睨まれた。
四番目。
はっけよい!
お互い低く当たるのは同じ。肩で組み合いながら互いに有利を奪い合う。
肩で組んでいたが、少しずつ鎖骨から胸を合わせる形に上がっていく。そうなると力と上背に勝るルシーナが有利だ。
のこったのこった!
ルシーナの力にぐいぐいと押されていく。
力では劣勢、でもルシーナもわたしを押し切れない。
相手の全身全霊を受け止めての競り合い。これこそわたしが望んでいた勝負だ。
本当にまわしを締めていないのが惜しい。
まわしを取れればもっと上手く立ち回れる。
得意の上手投げでこの子を土俵に沈めてやりたかったし、がぶり寄りで正面から土俵の外へ寄り切ってやりたかった。
のこったのこった!
一分を超える力の攻防。やがてわたしは土俵際に追い詰められる。
「そこだーっ! 押し切れーっ!」
「いけーっ! ルシーナァァァァァ!」
ギャラリーの声援が高まる中、わたしを押し切ろうとするルシーナ。だが次の瞬間、彼女の身体が後ろにぶっ倒れた。
盛り上がっていた声が消えてシーンと静まり返る。ルシーナも一瞬の逆転が信じられないようで、倒れたまま目を白黒させている。
決まり手は呼び戻し。
呼び戻しは、相手の力の反動を利用して、投げ倒す大技だ。後ろにばったーんと倒れる様子から仏壇返しとも言われている。
軽いけど力押ししてくるルシーナには相性の良いから使ってみたけど、見事に決まった。
今の気持ちを一言で表そう。
快・感!
熱戦を制した喜びを全身で表したいのを理性で抑える。
わたしは今、凄く変な顔をしていると思う。
やがて、ギャラリーから大きな歓声と拍手が湧く。
「すっげぇ!」
「あいつ絶対踊り子じゃねーだろ」
「力士だろ」
踊り子だってば。
ギャラリーの歓声の中、蹲踞して手刀を切る。
行事がいないから、自分ひとりで勝ち名乗りだ。
「もう一回!」
立ち上がったルシーナが再び挑んでくる。
「はいはい。何度でも!」
わたしも異論はない。
ただ、こっちは九番をとり終えて、流石に疲労が溜まってきている。特に直近の二番は三分を超える大相撲だった。
勝ち続けてはいるけど、余裕の勝利ってわけでもない。なんせこっちは身体の小さな女の子。力と体格で遥かに勝るハンターを相手に、実は毎回ギリギリだった。
猛獣のように暴れるルシーナを抑えるのも──
リート少年を押し切ったのも──
トム少年を持ち上げてみせたのも──
全ては合理的かつ、緻密なメカニズムによるもの。
無駄なく、ミスなく。全神経をすり減らし、全身の筋肉を駆使する。常にありったけの全てを注ぎ込み、合理の歯車を嚙み合わせることで、ようやく得ていた勝利なのだ。
こうして疲労を感じ始めていたわたしに対して、ルシーナの方は気力も体力もまだまだ十分な様子である。
白い肌も、金色の髪も土まみれだけど、金色の瞳は強い生気を放ち、尻尾をゆらゆら揺らしている。
もしかして、楽しんでいる?
だったらいいな。揺れる尻尾を見てそう思った。
相撲はやっぱり楽しまないとね!
少しだけ軽くなった気持ちで向かい合う。
手をついて、待ったなし!
はっけよい!
あ……やば……
疲れのせいか、浮かれのせいか。立ち合いの瞬間、自分が焦りすぎていたことを理解した。
いつものように相手の懐に入ろうとしたが浅い。また、ルシーナも動きが少し鈍かった。その結果、わたし達はお互い腰が高い状態で組み合うことになった。
不味いな……
必勝パターンで噛み合っていた合理の歯車が、外れたのを感じてわたしは焦った。
もしも、まわしを締めていたらもろ差しを許していた状態。力と体格に分のある相手にそれを許せばほぼ負け確である。
歯車を修正しようと腰を落とそうとするが既に時遅し。わたしはわき腹をしっかりホールドされて、彼女の胸の中に完全に捕らえられる形になった。
ルシーナはわたしを締め上げながら土俵の外へ運び出そうとする。
わたしは見苦しく、藻掻きながら、締め付ける腕の間に自分の腕を割り込ませて。何とか拘束を解くことに成功する。
しかし、俵を踏む感触がもう後がないことを伝えて来る。
あと一押し。体重をかけてわたしを押し倒してくるルシーナを抱き込み、わたしはうっちゃろうと体を捻る。
彼女の片足が浮く。
引っこ抜けるか!? 倒されるか!?
「あっ!?」
その時だ。足の裏にあった感触が消えた。
勢いよく地面に押し倒されたわたし。
重なるように倒れ、背中にざらついた地面の感触。
わたしは負けたのだ。
「土俵が……」
「時間切れだね。すっかり忘れてた」
見ると土俵が跡形もなく消えていた。クレイクリエイションでの制作物は専用フィールド意外だと二〇分で消えるのだ。
「今のは無効?」
「ううん、土俵が消える直前、わたしの足は俵を踏み超えていたから、君の勝ちだよ」
わたしが負けを認めると、ハンター達から歓声が上がった。
読んで頂きましてありがとうございます!
これにて相撲回は終了です。皆さんはどんな決まり手が好きですか? よろしければ感想で語って言ってください。今後も何卒宜しくお願い致します。




