第20話『第一三橋頭保~謝罪~』
わたしは祈ろう。散っていった命の為に──
わたしは歌おう。勇気ある者達を称える為に──
わたしは踊ろう。魂を天に送り届ける為に──
荼毘の炎に照らされながら、わたしは鎮魂の舞と歌を披露する。
物悲しくも壮大なメロディー。
誇り高い魂を忘れない気持ちを綴った歌。
残された者の気持ちを表現する舞。
それは、勇敢に戦い、無念の死を遂げた戦士達の魂を讃える鎮魂歌。OSGのイベントで流れる再入歌だ。
朱と群青に空の下。ARデバイサーが鳴らすサウンドと、わたしの声が緩やかに森の空気を震わせる。
ラストのフレーズを歌い終わり、深く祈りを捧げる。
勇者の魂よ、どうか安らかに──
炎を背に一礼する。
届いてくるのは、まばらな拍手とむせび泣く嗚咽の声。
鎮魂歌に歓声はいらない。
わたしの歌と踊りが彼等の心に届いたなら、それで十分。涙こそが最大の賛辞だから。
わたしは静かに輪を離れる。ここから先は、目いっぱい泣いて死者を悼む時間。部外者に居場所は無い。
OSGで戦っていた時は、彼らの側にいた。
例え死んでも、弔ってくれる仲間がいる。泣いてくれる仲間がいることで、安心して命を賭けることが出来た──
でも、今は──
クゥ……
そうだ。クルーガーがいたね。
「上手かったって? ありがとう」
クルーガーの首元を撫でると、大きな体で寄り添ってくれる。温かい。
「本当に踊り子だったんだな」
ゲハールだ。酒が入ってるのか、少し頬が赤い。
「見直した?」
「ああ。正直予想以上で驚いた。それに声も良い。歌手でもやっていけるんじゃないか?」
声が良いのは当たり前だ。何せわたしの声には人気声優の声が設定されている。
「そりゃどうも。わたしの故郷じゃ、踊り子は歌って踊れて一人前だったからさ」
戦場をステージに、バフとエールを届ける戦うエンターテイナー。それが踊り子だ。人は時にそれをアイドルと呼ぶ。
「最初に言った事を詫びる。お前さんは最高に良い女だ。もし二〇年若かったら、本気で口説いてたぜ」
どうやら頬が赤いのは柄にもなく照れていたかららしい。禿げの癖に中々可愛いところがある。
「あはは! その頃は髪の毛あった?」
「うるせ! ふさふさだったよ! 結構モテたんだぜ?」
「うーん。でもわたし、細くて可愛い方が好みだから」
ここにいるハンター達の中なら、リート少年みたいなタイプかな。
まあ、今後彼とのロマンスは無いと思う。
なんでも、わたしが見殺したハンターの中に、彼のお兄さんがいたらしい。わたしは仇みたいなもんだ。
「ふん! もしもの話で調子に乗んじゃねぇ! ほれ、これは報酬だ」
そう言って、小さな革袋を渡される。
ズチャリと音を立てるそれは見た目より重い。
「銀貨と銅貨で一〇万フォル入ってる。一応言っておくが、フォルってのは大陸西方で使われている貨幣だ。並みの宿なら朝晩二食付きで二〇日くらい泊まれるだろう。旅の足しに使ってくれ」
わたしが貨幣や物価を知らないだろうと、親切丁寧に説明するゲハール。脳筋のくせに気の回る男である。モテたというのも案外嘘ではいのかもしれない。
「タダで良かったのに。そういう約束だったし」
「あんなのは無効だ。仕事にはそれに見合った報酬を出すし、謝罪もいらねぇ。俺達にもプライドがあるからよ」
「そっか。でも、一曲だけにしては多くない? いいの?」
宿の相場から考えると、一〇万フォルは決して安くない額だ。
たった一曲。一〇分に満たないステージの報酬としては破格である。
「俺達からの気持ちだと思ってくれ。それだけの値打ちは十分にあったからな」
「そう? それじゃあ、ありがたく受けとるね。正直お金が無かったから助かったよ」
「おう。あとこれもだ。刻印なんて久しぶりだから時間がかかっちまったぜ」
そう言って渡されたのは、楕円の小さな金属プレート。表面には狼のエンブレムとわたしの名前が刻印されている。
これって?
「三級のハンタータグだ。嬢ちゃんの腕には全然見合わねぇが、年齢的にこれしか出せなくてな。勘弁してくれ」
「え? ハンターになるなんて言ってないけど?」
「嬢ちゃん身分証無いだろう? この先どうやって関所越えるんだよ?」
「えっと……飛んで?」
「密入国し放題だなおい!? とりあえず持っとけ。ハンターギルドのある町なら大抵それで入れるからよ。それに、第一三橋頭堡発行のタグはレアだぞ。紛失以外で発行したこと無いからな。しかも今後発行されることもねぇ! がっはっは!」
第一三橋頭堡ギルドマスター。ゲハール・アデランス。タグの裏面にはそう彫られている。
豪快に笑っているが、自分の城を失う彼の心境は決して穏やかではないはずだ。
「ありがとう。大切にする」
わたしはタグをありがたく受け取って、革ひものついたそれをOSGのクランタグと一緒に首にかけた。
「おう。なんかあったら言ってくれ」
ゲハールは下手なウインクを残して、ハンター達の輪の中に戻っていく。
まったく……
おっさんのウインクなんて見れたもんじゃない。でも、ゲハールの意思は伝わった。
後は任せたって──
それは、木の陰に隠れてこちらを伺っている黄金色の狼さんのせい。
「出ておいでよ」
わたしが呼ぶと、ルシーナがそろりと顔を出す。
発育の良い身体。顔立ちも綺麗系で大人っぽく見えるルシーナだけど、やっぱり一四歳の女の子。仕草や表情は年相応だ。
罰の悪そうな顔をして、もじもじしてる彼女においでおいでと手招きする。
「グリフォンが……」
ああ、クルーガーが怖いんだ。
わたしが刺されそうになった時、めっちゃ怒ってたからね。
「クルーガーは何もしないよ」
クァ。
クルーガーも彼女を安心させるように一声鳴く。
「……今、おいでって言った?」
ルシーナが不思議そうな顔をしてクルーガーを見る。
その様子にわたしは頷く。
「気囁を聞くのは初めて?」
「き、じょう?」
「うん。意志を気に込めて相手に飛ばす会話のことだよ。言葉が通じなくても意思疎通できる一種のテレパシーで、かつては言霊とも言われていたね」
「えっと……気って何? 何を言ってるのかわからない」
眉を八の字にするルシーナ。
あー、そういえば気のことを体内魔力って考えてるんだったねこの世界。そこから直さないとね。
「グリフォンみたいに頭が良い魔物は、体内魔力を使って自分の意志を相手に伝えることが出来るんだよ」
人間と対話できるのは、理性を備えた本当に知能が高い魔物だけだけどね。気囁でコミュニケーションをとる魔物は多いけど、魔物ってのは本来欲望のままに生きる生物だから、まず対話が成り立たない。
因みに、気囁に限らず頭に直接意識を送る伝心系の能力は、事故を誘発したり洗脳したり出来るめちゃくちゃ危険な力である。OSGの世界では特別な場合を除いて使用は禁止されていた。
「……最初からそう言って」
そんなこと言われても。
「それで何か用? 相撲の相手ならいつでも受けるよ?」
「そ、そうじゃなくて……」
もじもじするルシーナ。耳もぴこぴこ動いて可愛い。
「謝罪……」
あー。やっぱりそれか。
思うところがあって引き延ばしてたやつだ。
自分から言い出した事ではある。でも、ゲハールからしなくていいって言われてるし、そのまま流そうかと思ってた。
謝るのが嫌だってわけではない。
彼等は危険を承知で、魔物相手に命のやり取りをするプロフェッショナルだ。下手な謝罪は、彼等の誇りを傷つけることになる。
通りすがりの小娘に「助けてあげられなくてごめん」なんて謝られたら、彼等の面子は丸潰れだ。
それに心から謝るわけでもない。
自分の罪悪感に折り合いをつける為で、謝罪を口にしたとしても自分の為。死んだハンターの為ではない。
それはルシーナが求める謝罪では無いだろう。
まったく──
人と関わるってのは、本当に面倒くさい。
だけど、彼女がここへ来たのは催促の為ではなく、逆だった。
「謝罪……しなくていい。皆が死んだのはあなたのせいじゃないって、分かってる。私達が弱かったからって分かってる……それなのに、あなたを恨んでナイフで刺そうとした。酷いことも言った。だから、謝るのは私の方。ごめんなさい」
深々と頭を下げるルシーナ。
しかし、わたしにとってそれらは既に許した事である。
「いいんだよ。頭を上げて。えっと……怒られた?」
「うん。助けてもらえなくて文句言うなら、ハンター辞めて花嫁修業でもしろって言われた」
「そっか」
叱られてしぶしぶ来たのではなく、叱られた事で学び、自分から謝りに来た。素直な良い子って、こういう子の事を言うんだろう。
「私が、あなたくらい強かったらみんな死ななかったのに……」
顔を上げた彼女は泣いていた。泣きながら笑っていた。
理屈では分かっていても、心はまだ整理できてない。あまりにも切ない顔だった。
わたしはようやく理解した。
自分がどれだけ残酷なことをしたのかを理解した。
彼女の仲間を助けなかった。
自業自得と切り捨てて、見殺しにしたという事実から目を背けた。
彼女から仲間を奪ってしまった。仲間を失う辛さを、誰よりもよく知っているはずなのに!
「……ごめんなさい」
とてつもない後悔が押し寄せてきて、 言葉と涙が同時に溢れた。
「ごめんなさい。わたしは……わたしはあなたの仲間を死なせてしまった」
彼女の顔がくしゃっと歪む。
「今更!? 今更……そんなのいらないよ! 謝らないでよ! うわぁぁぁん!」
理性で押さえていた感情を爆発させる。
わたしとルシーナは抱き合いながら子供みたいに泣いた。
失った仲間の名前を上げながら泣いた。
わたしの上げた名前が多すぎて、途中から引かれてたけどさ。
前回までの相撲は何だったんだ!?




