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16.追試試験に出発しました。


 追試試験へと出発する日、ベネディクトゥス王国はいつも通りの快晴だった。空には雲ひとつなく、一年中咲き誇る花の甘い香りがそよ風に乗って鼻腔をくすぐる。出発の式を終えて空を見上げたエイミーが「呑気な国よね」とポツリと呟いた。



 追試試験に同行することになった、と告げたときのエイミーの反応は、少し面白かった。目を丸くしてぽかん、と口を開けたエイミーは、数十秒たっぷりと間を開けた後で「……どうして?」と首を傾げた。まさかついてくるとは予想もしていなかったらしい。私も無理やり同行を許可してもらった自覚がある。

 ユージーンについて調べたことと、私の見解を伝えたうえで、私が同行を強行した理由をエイミーに説明した。お兄様に許可をもらったあとに話したリールとの会話の内容も含めて、この追試試験では、何かが起きるような予感がしている。一緒に同行するメンバーがメンバーな以上、「何か」あったとき、エイミーを助けられる距離にいるのは大きい。

 私の話を聞いたエイミーは、少し考えるような表情で頷いた後で小さくと、「ありがとう」と言葉をこぼした。その表情にはどこか安堵の色もあったので、やっぱり今回の追試試験にエイミー自身も不安があるのだと思う。攻略対象含め、誰とも親しい関係になっていないエイミーの味方になって助けられるのは、まだ私しかいない。彼女がちゃんと試験に集中できるように、試験以外の不安要素は私がちゃんと解決してあげたかった。


 エイミーには直接自分からことの次第を説明しに行ったけれど、私が追試試験に同行する話は、公の発表で速やかに城中に通達されていた。当然ユージーンにもその情報はすぐに届いていて、ユージーンを含めた騎士たちに同行の挨拶に行った際、反応を確認しに行っている。けれどユージーンには特に変わった様子は見られていない。「ご一緒できるなんて光栄です、アリシア様」といつものキザな笑みと歯の浮くようなセリフを言ったユージーンは、通常運転だった。ユージーンについての問題は結局、追試試験に出発するその日まで、解決するどころか特に手掛かりをつかむこともできなかった。




 出発当日、追試試験開始に際する儀礼的な式は滞りなく行われた。祈りの場、女神オリビアの前に膝をついたエイミーが、旅の無事を祈る。聖女候補に支給される儀式用の白い衣装に身を包んで流麗に祈りの言葉を捧げるエイミーは、まるで物語のワンシーンのように美しかった。式に参加している国の重鎮や神殿の人間たちも、目を奪われたようにほう、とエイミーの祈りの姿を見ている。エイミーの作り出す静謐で神秘的な空気は、人を惹きつけるものがあった。

 定められていたいくつかの催しも問題なく全て終わり、最後に神官長が祈りの場中央に現れる。神殿の正装に身を包んだ神官長は、しわの刻まれた顔に優しげな笑みを浮かべてエイミーや旅の同行者に言祝ぎを告げた。神官長についてはこういう式の場で何度か見たことがあるけれど、優しそうなおじいちゃんという印象は変わらない。しかし恐らく、この聖女試験について一番詳しい人間は彼で間違いないのだろう。もし話せる機会があるのならば、聞いてみたい話はいっぱいあった。

 神官長の言葉が終わる。これで式は終了した。いよいよ追試試験に出発である。



「……本当に、無茶なことはしないようにな」


 出発の間際まで、ルカスお兄様はずっと心配したような顔で何度も何度も私に無茶をしないよう窘めてきた。やめるなら今だぞ、とか、何か少しでも危ないと思ったら自分を優先して逃げろ、とか、耳にタコができるほどに色々な注意を受ける。学校のため今ここにいないシリルお兄様にも、この間会ったときにはあれこれと注意を受けていた。兄二人は異様に心配性だと思うけれど、心配させている今までの私の行いもあるので、何も言えない。


「ルカスは過保護なんだよ。アリシアはアリシアの思う通りに行動したらいいと思うよ」


 兄の心配に顔を引きつらせている私に、リールは気楽そうに笑った。

 リールとは、あの日別れてから遠征の準備が忙しく、出発の日まで中々会えていなかった。今回の追試試験についてリールが何を企んでいるのかも探れていないし、何なら数週間前の非礼もまだちゃんと詫びれていない。リールはリールでいつも通りなので、私ばかりが気にしているような気もしている。思わずジッと顔を見つめてしまうと、「うん?」とリールが優しく笑って首を傾げる。そこにはとくに不穏な色は見えないのだけれど、どうにも胡散臭さは否めなかった。



「アリシア様はこちらの馬車をお使いください」


 必要な挨拶を済ませて、出発の準備をする一団に近づくと、騎士の隊服に身を包んだ大柄な男が、用意された馬車の扉を開けて私の名前を呼んだ。今回の旅で護衛騎士の隊長を務める、エステバン・ホワイトという男だ。追試試験の護衛騎士に選ばれた騎士は全員優秀な騎士だと聞いているが、特にこのエステバン隊長は、騎士としての経歴も能力も申し分のない実力者だと聞いている。出発前、挨拶のために私の手を取った彼の手は大きく、剣だこができて固くなっていた。厳めしい顔や言動からして、実直そうな人だな、という印象である。

 今回の旅の同行者は、私とエイミー、それからリールのほかに、護衛騎士の中から選ばれた小隊と、神殿側からも一人が同行する。神殿側から選ばれた今回の試験の試験官は、レオニーという。オカッパの頭に丸い眼鏡をかけた神経質そうな見た目の神官は、動きにくそうな神官服を身にまとっていた。エイミーは試験を通して関わりがあるらしく、出発前に何か話をしているのを見かけた。


 追試試験の場所であるクラーク子爵領までは、馬車で一週間ほど。聖女候補のエイミーと王族の私が同行するので野宿はせず、いくつかの街を経由して向かうことになっていた。私にとっては久しぶりの長旅になる。

 乗り込んだ馬車には、なぜか当たり前のようにリールも乗り込んできたので思わずえっと戸惑った声を出してしまった。リールは「なあに?」と不思議そうな顔をする。いや、だってまさか同じ馬車に乗ってくるとは思っていなかったから。というかどうして同じな馬車なんだろう。


「俺は君の護衛だからね。一緒にいて当たり前だろう?」


 そういう理屈なのだろうか? ニコニコと上機嫌に笑ったリールが、馬車についた小窓から空を見上げる。「呑気な国だよね」とリールはエイミーと同じ感想を言った。



■




 王都から出発して間もなくの道は、整備されて凹凸は少なかったが、子爵領が近づくにつれて道は徐々に悪くなっていった。整備されていないわけではないが、魔物の出現頻度が多いために荒れた道が多いらしい。途中何度か挟んだ休憩で見かけた神官のレオニーは、少し気分が悪そうにしていた。酔いやすいのかもしれない。この世界に酔い止めはないから、辛いだろうなと思う。反してエイミーはいつも通りのけろっとした顔をしていた。特に誰かと交流することもなく、持参していたらしい本を黙々と読んでいるエイミーは城で見かける姿と大して変わらない。


「普通、貴族のお嬢様にとってこういう旅はなかなか慣れずに苦労されるものですが、聖女候補様は平気そうですね」


 木陰で用意してもらった水を飲んで休憩していると、隊服の首元を緩めたユージーンが近づいてきた。暑いのか、髪はお団子のように頭の上でひとまとまりにされている。ユージーンの方から私に話しかけてくるのは旅が始まってからは初めてのことだったので、驚きながらも私は頷いた。


「そうですね、エイミーはなんというか、全然動じないですよね」

「ええ、本当に。まあ、貴族令嬢の護衛というのは何かと気を遣うので大変な印象がありましたが、今回は楽そうでよかったです」


 アリシア様も全然手がかからないですからね、とユージーンは笑って肩を竦めた。なんとも失礼な物言いである。まあ、私がこういうことを全然気にしないと知っているからこその言い方なのだろうけれど。

 旅が始まってしばらく、ユージーンの行動には細心の注意を払っているけれど、今のところ特に不審な点は見られていなかった。あくまで騎士の一人として職務を全うしている。何度かエイミーと話している姿は見かけてドキッとしたけれど、いつも通りの女受けしそうな表情と話しぶりで接しているだけだった。エイミーも迷惑そうな雰囲気ではあったが、これといって変わった様子はない。


「アリシア」


 暫くユージーンと話していると、不意に後ろからリールに声をかけられた。リールは私のところまで来ると、ユージーンに気付いて視線を向ける。ユージーンはリールの視線に優雅な仕草で騎士の礼をとった。


「聖女候補様の護衛騎士の拝命しております、ユージーン・バートンと申します」

「ああ、君が。噂はかねがね。優秀な騎士だそうだね?」

「いえ、まだまだ若輩の身ですので、先輩方から学ばせていただくことばかりです」


 謙遜するように笑ったユージーンを、ふうん、とリールはいつも通りの笑みを浮かべたまま、数秒眺めた。けれどすぐに興味を失ったように「それで、アリシア」と私に声をかける。リールが私と話し始めると、ユージーンは再度礼をとって私たちから離れた。


「なかなか面白そうな男だなあ」

「え?」


 ユージーンが離れたことを確認して、リールが呟いた。顔が楽し気に歪んでいる。


「アリシアは彼とは仲がいいの?」

「え、まあ、はい。騎士の中だと親しくしている方だと思います……」

「でも、疑ってる?」


 リールの言葉に私は口を噤む。

 親しくはしているけれど、怪しいと思っている。未だに何か確たる証拠はないのだから、彼は潔白だとそうエイミーに告げてもいいのだけれど、そう断言するには何かが引っかかって仕方がなかった。結局私の考えすぎで、ユージーンに何もないのなら、それでいい。真犯人は分からずじまいになってお兄様との約束を破ることになるけれど、それでも無事に追試試験が終わるのならその方がいいに決まっていた。


「リールは、どうなんですか?」


 何か、企んでいるんでしょう?

 この試験でリールが何を企んでいるか私はまだ教えてもらっていない。けれどリールも、ユージーンに何か思うところはあるのは間違いない。私がつかめていない証拠も、何かつかめている可能性だってあった。知っていることがあるなら教えてほしいという意味を込めてリールを見れば、掴みどころのないいつもの笑顔で躱される。


「アリシアはアリシアの好きなように動いてみなよ。それで何かあっても、絶対に君に傷一つつけないから」


 まるで何か起こると確信しているようなリールの言いぶりに、私は眉間にしわを寄せる。ユージーンも怪しいけれど、私にとってはリールも十分怪しい男だった。



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