14.ユージーンは「良い人」ですか?
「本当に、申し訳ありませんでした!」
薬品の香りがする、白を基調とした部屋。王城に複数あるものに比べて絢爛さはないけれど、広さと機能性は充実しているそこは、騎士団用の医務室だった。医務室内にある丸い椅子に腰をおろした私は、90度の角度に勢いよく下げられた二つの頭に笑って首を横に振った。
「特に怪我もないので、大丈夫ですよ。頭を上げてください」
ユージーンとの会話の途中、私の方へ物凄いスピードで飛んできたのは、訓練用の剣だった。しかも強化の魔法が施された剣である。この目の前の若い騎士二人が手合わせをしていたそうなのだけれど、思いのほか白熱して、訓練場では使用に制限のある魔法を使ってしまったようで、剣が吹き飛んでしまったらしい。
当たったら大変だっただろうけれど、結果として剣は私にあたる前に弾き飛ばされたので結果オーライだった。一緒に歩いていたユージーンが、持っていた同じ訓練用の剣で弾き飛ばしてくれたおかげで私は無傷だったのである。
それでも私がこんな騎士の医務室にいるのはどうしてかというと、それには深くもなんともない死ぬほど恥ずかしい理由があった。単純な話、飛んでくる音とスピードにびっくりして尻もちをついた結果、そのまま腰が抜けてしまったのである。恥ずかしい。
「念のため医務室に」と言ったユージーンに大丈夫だと言おうと思ったのだけれど、顔を可哀そうなぐらいに青ざめさせた二人の若い騎士に懇願されてしまったため、本当に念のために医務室に来ていたのだった。腰が抜けて立てなかったので、ここまでユージーンに運んでもらったのも重ねて恥ずかしい。
これまでのことを思い出してしまって内心身悶えていると、椅子に座る私の隣に立っていたユージーンが「フィン、モーリス」とため息交じりに騎士の名前を呼んだ。
「殿下の寛大なお心に免じて、今回は公な罰則は行わない。ただし団長には報告するし、無断かつ使用が許されていない場所で魔法を使用した違反行為についての処罰は受けてもらうぞ。また追って連絡するから、お前らは先に訓練場に戻るように」
「は、はい!」
「わかりました……!」
顔を青ざめさせたままこくこくと何度も頷いた二人は、そのままもう一度私に頭を下げて逃げるように医務室から飛び出していった。うーん、何というか、私を見る目が過剰に怯えていた気がする。そんなに私が権力を笠に着て彼らをいたぶるように見えたのだろうか? 疑問に思っていれば、ユージーンがそれに答えるように口を開いた。
「王族に怪我をさせていたかもしれない、というのもそうですが、何よりあなたはオーウェン先輩の大事なお姫様ですからね。今回のことがバレたらあの人に殺されると思ってるんでしょう」
言いながら、ユージーンは私の前に置かれていた椅子に「よいしょ」と腰を下ろした。「オーウェン」という名前に、私は目を瞬く。なんだか久しぶりに彼の名前を聞いた気がした。
オーウェンは、騎士団に所属している騎士の一人だ。色々あって、彼とは親しくしている。オーウェンは騎士として優秀すぎるほどに優秀なのだけれど、私のことになると異様に過保護な一面があった。今回もしあの場に彼がいたら、と考えると、あの二人の青ざめ具合にも納得がいった。現在彼は魔物の討伐で遠征任務に出かけているので、「帰ってきても告げ口しないように」と念のため釘を刺しておけば「了解です」とユージーンは肩を竦めて笑った。
「それじゃあ殿下、腕を出してください」
私の正面に座ったユージーンが、「はい」と手を差し出す。
医務室には私とユージーンの二人しかいなかった。医務室にいるはずの医師があいにく不在だったためである。呼んでくる、とユージーンは言ってくれたのだけれど、この尻餅をついた時にできた擦り傷とも言えない微妙な傷にためにわざわざ忙しいところを呼んでもらって治療するのは流石に申し訳なくて断ったのだ。その結果「なら俺が治療しますよ」とユージーンが申し出てくれたのだった。
ユージーンは、光の魔法が得意らしい。治癒の魔法はかなり高度な魔法のはずなのに、今も顔色一つ変えずに魔法を編んでいる。
光魔法が得意、というと、どうしてもあの誘拐事件の時に見た「結界」が脳裏をよぎった。結界もまた、高度な光魔法の一つだった。
そういえば、ちょうど運よくユージーンと二人きりになれているな、と気づく。怪我の功名というわけではないが、治療してもらっている間に、先ほどの話の続きができないかな、と考えて私は口を開いた。
「……さっきの話に戻りますけど、ユージーンは聖女試験についてはどう思っているんですか?」
「え?」
ちょっと直球すぎた、と思って私は慌てて言葉を付け足す。
「いや、聖女試験の追試に同行するなんて、滅多にあることじゃないでしょう? そのことについてユージーンはどう思ってるのかなと、興味本位で」
「ああ、まあ光栄だなとは、普通に思いますけど。美人を正々堂々守る任務っていうのもテンションは上がりますし」
うーんそうですね、と少し考えた後でユージーンは言った。
「まあ、個人的にはなんだってあんなもんにみんな必死になってんだろうな、とは思ったことはありますけどね。ほら、蹴落とし合いとか色々あるじゃないですか」
女の子は好きですけど、ああいうドロドロしたもんは嫌いなんですよね、とユージーンは笑った。「蹴落とし合い」というワードが出て一瞬どきりとする。ユージーンの様子を確認してみたが、ユージーンはいつもの明るい笑みを浮かべていた。一般人程度に気になるがあくまで無関心、という感じだろうか。
思わずユージーンの態度について考え込んでしまっていると「せっかくなので俺からも一つ質問していいですか?」とユージーンから急に話を振られた。
「え、質問ですか?」
「ええ。機会があればずっと聞いてみたいと思ってたんですけど」
ユージーンはそう前置きをしてから言った。
「どうしてあんなすごいオーウェン先輩を、殿下は『専属騎士』にしないんです? 噂じゃ殿下がずっとオーウェン先輩の申し出を断ってるって話でしたけど」
ユージーンの質問に、私は少し驚いた。
『専属騎士』。それは王族が持つことのできる直属の騎士のことだ。騎士団とは独立しており、王族自身の判断と権限で任命することができる。任命され、それを承諾した騎士は、その後騎士としての人生と忠誠をその王族相手に捧げることになるので、おいそれと任命できるものではなかった。私にはまだ一人もいない。
急に質問されて驚いたけれど、隠すことでもない話だったので、私は正直に話すことにした。
「オーウェンは確かに強いですけど、強すぎるので、いつかこの国を出て隣国に嫁ぐ私の専属騎士にするわけにはいかないんです。彼を連れて行ってしまえば、国の戦力にかかわりますから」
「それでも殿下がわがままを言えば通りそうなものですがね。王族っていうのは想像以上に身動きが取りずらそうで大変そうですね」
ふうん、とユージーンは興味深そうな顔をした。その様子を見て、私も質問してみることにする。
「ユージーンはオーウェンと仲がいいんですか?」
「まさか。仲がいいなんて烏滸がましくて言えないですよ。雲の上みたいな人ですから。何度か手合わせをしてもらったことはありますが、なんというか、ああいう人が天才っていうんだなあって思います。初めてあの人に惨敗したときは、俺のこれまでの努力ってなんだったんだって、ちょっと自信も喪失しましたね」
ユージーンが苦笑する。
オーウェンは前世の言葉でいうところの所謂「チート」というやつだ。あの人はとにかく、強い。彼との付き合いは何だかんだ長いけれど、彼が誰かに負けたところを見たことがないし、想像もできなかった。
ユージーンは「でも」と言葉を続ける。
「まあ、憧れではありますけどね。騎士やってるやつなら、誰でもあの人に自信をぼろくそに折られますけど、でも同時に憧れるんじゃないですか? ああいう風に誰よりも強い騎士になったら、全部余さず守り切れそうじゃないですか」
そういうユージーンの表情は、何だか初めて見るものだった。事件を探る目的も忘れて、私は気づけば口を開いていた。
「ねえ、ユージーン」
「なんです?」
「ユージーンはどうして騎士になったんですか?」
「え?」
ユージーンは治癒していた手を一瞬止めた。何も考えずに思わず聞いてしまっただけだったので、我に返った私は慌てて弁解する。
「あ、いきなり不躾ですみません。ただ何となく、聞いてみたくなっただけなので、答えたくなければ全然」
「いえ、別にかまいませんよ。隠すほどのものでもない、単純な理由ですから」
ユージーンは小さく笑う。そして慣れたように片眼を閉じて言った。
「もちろん、かっこいいからですよ。騎士の仕事は女の子にもモテますからね。子供のころからずっと憧れていたんです」
言い終わるとほぼ同時にオーウェンが私にかざしていた手を離す。オーウェンの治療してくれた傷はすっかり塞がっていた。
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思いがけずオーウェンの話をしてしまい、結局肝心の話があまりできなかったことに気付いたときには、ユージーンは訓練場に戻ってしまった後だった。今日はあんなこともあったので、流石にこのあと騎士団の訓練の見学には戻りづらい。仕方がないので、今日は諦めて戻ることにする。
ユージーンは、話してみるとやはりこれまでの印象通り、悪い印象はどうしても持てなかった。ただ、隠しているだけ、という可能性も捨てきれないけれど。ユージーンは物腰が柔らかいし明るいイメージがあるけれど、本心を隠すのも上手いように思えた。彼と話をしている時、彼は私との間に一枚薄い壁を張っているような、そんな感覚があるのだ。でも。
ーーなんだってあんなもんにみんな必死になってんだろうな、とは思ったことはありますけどね。
でも、あの時の言葉は、本心だったんじゃないだろうか。特に不審なところはなかったはずなのに、どうしてかあの時のユージーンの表情が引っかかっていた。
帰り際に図書室に寄った。予定が狂って時間が余ったので、情報を集めようと思ったのである。
ひとまず、今度エイミーが追試試験で赴くことになっているクラーク子爵領について調べることにした。領地の特徴についてまとめられた本を開くと、領地とその周辺の地図が確認できる。そういえば、先ほど話題にも上がったオーウェンの現在の遠征先は、ちょうどこの領地から近かったことを思い出した。まあ、よほどのことがない限り、会うことはないだろうけれど。
いくつか資料を漁って、騎士団が行った過去の魔物の討伐記録も確認する。やはり子爵領付近には近年騎士団から何度か討伐隊が送られているようだった。魔物による領民の被害も他の領地に比べて多い。
どう考えてもかなり危険な場所なのではないか、という印象を持つ。しかも今回は、エイミーを良く思っていない可能性のあるユージーンも同行するのだ。もしバートン伯爵がエイミーのことを本気で邪魔に思って排除しようと動くのなら、サクレにいる時よりも格段にエイミーの守りが薄くなる追試試験を狙う可能性は高いのではないだろうか。今回偶然にも追試に同行することになったユージーンを使えば、エイミーの邪魔をすることは容易いことのように思えた。
私はそのまま、バートン伯爵についても調べてみることにする。けれど、当然だが公の記録では特に問題のある人物とは書かれていなかった。唯一気になるのはマリア・バートンの存在。そういえば、と私はページをめくる。確かちょうど彼女を養子に取る少し前のタイミングで、バートン伯爵の妻は病死していたんじゃなかっただろうか。それまでの記録では伯爵夫人に特に健康的な問題は見られていなかったようだけれど急に――
そこまで考えたところで、いや流石にこの話は今回の件には関係ないだろう、と私は自分で突っ込んだ。今は追試試験に関係のありそうなことを調べよう。読み飛ばしてページを捲る。
そのほかで気になったところといえば、ユージーンを護衛騎士に推薦した人物の一人にバートン伯爵がいるところぐらいだろうか。父親が推薦するのは特に不審なことではないけれど、ユージーンが護衛騎士になったことに伯爵も関わっているというのは、少し気になる。
「……うーん。やっぱり公の記録だとわかることが限られてるな」
このまま闇雲に調べても、大した情報は得られないだろう。できることとしたら、あとは社交界で噂レベルの情報を集めることぐらいだった。
だが、決定的な証拠は見つけられない限り、大人は誰も動いてくれないだろう。しかしこのままエイミーを一人で追試試験に行かせるのには漠然とした不安があった。こうなったら、私も追試試験についていってエイミーを傍で守るのが一番いいのだけれど。
「ルカスお兄様は許可しないだろうな……」
私はNOと言うお兄様がありありと想像できてしまって、肩を落とした。




