12.追試試験が始まるようです。
いきなり立ち去って、失礼だっただろうか。
自室へ戻るための廊下を歩きながら、先ほどのリールに対する自分の態度を思い出して肩を落とした。穏便に済ませようと思ったのに、結局嫌な言い方をしてしまった気がする。リールには悪気はなかっただろうし、そもそも兄に隠してまで誘拐事件の情報を教えてくれたリールに対する態度として、あれは間違っていただろう。次に会う時が気まずいな、と気が重くなる。
すぐに自室に帰る気にはなれなくて遠回りして帰っていると、少し離れたところで、見覚えのある顔が見えた。城の一室から二人の騎士を伴って出てきたのは、エイミーだ。エイミーは騎士に連れられて、サクレのある方角に向かって歩きだしている。そういえばこの辺りは騎士団のある一角が近いと気づいた。今日もまた事件の事情聴取だったのかな、と自然とそちらに足が向いた。
「聖女試験の追試試験について、説明を受けていたの」
キースと一緒に改良に改良を重ねた認識疎外の魔法をかけてサクレに入る。一人になったエイミーに声をかけると、エイミーは少し驚いた顔をした後、珍しく私を彼女の自室に案内してくれた。
まだ数回しか入ったことのないエイミーの部屋の印象は、とにかく「物が少ない」だ。白くて清潔なベッドと、物があまり入っていない棚、木で作られた小さな机と椅子。生活するうえで必要になるもの以外が完全に排除された部屋だった。どうぞ、と部屋の隅に片付けられていた丸い木の椅子をすすめられて腰かけると、エイミーは先ほど受けたという「追試」の話を私にしてくれた。
「追試試験の内容は、クラーク子爵領にある『汚れた湖』の浄化よ」
「湖?」
エイミーの話してくれた試験の内容はこうだ。
この王都から遥か北に、クラーク子爵が納める領地がある。その領地周辺は近年、魔王復活の影響を大きく受けている場所で、魔物の動きが活発な土地として有名だった。何回か国からも魔物の討伐隊が組まれて、活発化した魔物の大規模な駆除が行われているので私も知っている。つい数か月前にも子爵領の中にある小さな村の近くで魔物の討伐が行われていた。被害は最小限に抑えられたとの報告を受けていたけれど、どうやらその際に、村の生活の基盤である湖が魔物の瘴気に充てられて赤黒く濁ってしまったらしい。
「その湖を浄化して、元の姿に戻すのが追試試験?」
「ええ」
エイミーがこくんと頷いて言った。
「二週間後に出立する予定だから、準備をするようにと言われたわ」
なるほど、と私は頭の中にあるクラーク子爵領の知識を引っ張り出す。
「追試」がどういう基準で考案されているのか詳しいところはわからないけれど、まだ二次試験が終わったばかりの段階で行われる聖女試験としてはハードなように思えた。これぐらいやらなければ「追試」にはならないのかもしれないけれど。
「説明は受けただろうけど、あの辺りは凶暴な魔物の出現率も高いよ。騎士が討伐を行った後とはいえ、随分危険な試験に思えるけど……」
「ええ。だから念のために聖女の護衛騎士から小隊が組まれて同行してもらうことになってるらしいの」
護衛騎士も一緒なのか。それなら多少は安心なのかな、と言おうとしたところで、当のエイミーが、どこか浮かない表情をしていることに気付く。試験の内容に不安がある、というわけでもなさそうだ。どうかしたのか問うと、エイミーは少し言いずらそうに口ごもる。そして「あまり他言はしないでほしいのだけれど」と前置きをしてから言った。
「同行してもらう騎士の中に、ユージーン・バートンがいるの」
「ユージーン?」
私はエイミーの言葉に、黒髪を後ろで一つに縛った色男の姿を頭に思い浮かべた。確かに、彼は護衛騎士の一人だし、騎士の中でも腕は一流だ。今回の追試試験の護衛役として選ばれて当然の人選と言える。それの何が不安なのだろうか。
エイミーは更に言いずらそうにしながら言った。
「……ユージーン・バートンのことが、少し気になっていて」
「え!?」
気になっている!?
突如として湧いたエイミーの恋愛フラグに、私は思わず立ち上がった。なんで、どうして、いつのまに!? というかまさかのユージーン!? と次々に疑問が湧き上がってくるけれど、「彼、前から少し様子がおかしいのよ」と続いたエイミーの言葉に私は静かに着席した。恋愛フラグではなかった。
「……おかしいって、どういうこと?」
「別に、何かされたわけじゃないわ。私が、勝手に思っているだけかもしれない。でも、」
彼、たぶん私が聖女になることを快く思っていないから。
私はエイミーの言葉に目を瞬かせた。ユージーンと言えば、私の中で女好き、女性には絶対優しい、というイメージがあるのだけれど。
「……エイミーがそう思ったのは、何か理由があるの?」
「いいえ、明確な理由はないわ。ただ、彼からは時々、そういう感情を感じたというだけ」
私は脳裏に、先日の誘拐事件のことが浮かんだ。エイミーもたぶんそれを思い出している。私は声を潜めてエイミーに尋ねた。
「その話は、私以外の誰かにはした?」
エイミーは首を横を振った。
「誰にも。ただの私の感覚にすぎない話だから」
私は顎に手を当てて俯く。
ユージーンは女性関係こそだらしないが、実力は確かだし、兄貴分気質なところもあって騎士団の中でも彼を慕う者は多い。何か具体的な根拠があれば別だろうが、エイミーの感覚だけを根拠に今の話をしたところで、多少注意はしてくれても大きく動いてくれるとは思えなかった。エイミーの感じた感情と、誘拐事件を紐付けるだけのものもない。
私はエイミーに視線を戻す。エイミーは相変わらず無表情だけれど、何か思案しているようにも見えた。
私はエイミーの目を見てしっかりと頷いた。
「わかった、任せて。私も自分で、ユージーンについて調べてみる」
エイミーは少し驚いたような表情をした。そんなに驚かれることを言ったつもりはなかったのだけれど、と困惑すれば、エイミーは「いえ」と戸惑ったように言葉を続ける。
「あなたは私の言うことを、疑わないんだな、と思って」
「えっだってエイミーは、嘘が嫌いでしょう?」
違った? と、首を傾げると、エイミーはさらに驚いたように押し黙った。
エイミーの性格はこれでも以前よりはわかっているつもりだ。エイミーは基本的に何事にも無感情だけれど、彼女が嘘をついているところだけは見たことがなかった。驚いているエイミーに「それに」と私は続ける。
「エイミーは、私になら話してもいいって思って、今の話をしてくれたんでしょう? 友達の信頼には、ちゃんと答えたいから」
ほかの誰にも言えなかった話を、私には打ち明けてくれたのだ。そのエイミーの信頼にちゃんと答えたいと思った。
私の言葉に、エイミーは微かに目を見開いた。そしてまた、よくよく観察しないとわからないぐらいに小さく笑ってくれた。
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それから少しエイミーとおしゃべりをしたあと、帰る間際になって、エイミーがちょっとそわそわしだした。美少女はそわそわしてても可愛いな、と思っていたら「あの」とどこか強張った顔をして立ち上がる。部屋の隅にあるスカスカの棚の前に立ったエイミーは、中から小箱のようなものを取り出した。そしてそれを私に差し出す。「あげるわ」と言われて中を開けると、それはクッキーの詰め合わせだった。
「これ、どうしたの?」
「もらいものだけど、よかったら持って帰って」
「えっいいの!?」
「私は甘いものはあまり食べないから」
エイミーは相変わらずそわそわしている。
彼女から物をもらうのはこれが初めてだった。何か理由があるのかと思って聞いてみれば、エイミーは私からわずかに視線を逸らす。言いたくなさそうに沈黙が落ちた。けれど辛抱強く待っていると、やがて少し声を落として続ける。
「……あなた、甘いもの、好きでしょう」
余計なお世話かもしれないけれど、今日のあなたはなんだか落ち込んでいるように見えたから。
そう言って、エイミーはふいと顔を背けた。
次の瞬間エイミーに抱き着いた私は誰にも責められないと思うのだ。
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字の報告とてもありがたいです。重ねてお礼を言わせてください。ありがとうございます。




