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挿話.笑う彼の話


 窓の外に見える空は雲ひとつない快晴だった。微かに空いた窓からは、花の香りと暖かな風が入り込んできている。この国は、雪が降らないらしい。気候の変化が少なく穏やかな国は、彼女が住んでいる国なだけあって酷く呑気な国だな、と思う。


「お前、ほんと勝手してくれたな」


 豪勢な衣装に身を包んだ男が、不機嫌そうな顔で頬杖をついている。睨むようにこちらを見ている男は怒ってはいるのだろうけれど、彼の人の良さを知っている自分としては、特になんの感慨もわかなかった。呑気な国によく似合う、優しい王子様だ。窓から視線を離して男に向ける。この国の王族特有の銀色の髪と、翡翠の瞳が日の光でキラキラと輝いて見えた。綺麗だな、と思って見ていれば、「聞いてるのか、リール」と男は強い口調で俺の名前を呼ぶ。


「そう怒らないでよ、ルカス」


 俺も、色々想定外だったんだから。いつものように笑ってそう言葉を続ければ、男、ルカスはますます顔を顰めた。俺が笑ってみせれば大抵の人間は扱いやすくなるのに、この兄妹は全然靡いてくれないので面白い。まあ今回は、彼がここまで怒る理由もわかるけれど。


「怒るに決まってるだろ! 大体何だ。お前がアリシアを助けたのは俺がお前に頼んだからってことになってる? 話を合わせろ? 勝手に俺たちの会話を盗み聞きした挙句、話も聞かずに出て行ったのはお前だろう! 俺がアリシアにつけた騎士も追い払いやがって」

「うーん、だって仕方ないだろう? ああでも言わないと、アリシアはすぐに信用してくれなかったんだから。怪しまれたくなかったし」

「アリシア!? お前もう呼び捨てにしてるのか!?」


 この国の第一王女だぞ! 俺の妹だぞ! と少しずれたところに引っかかったルカスに、俺は肩を竦めた。思えばもう随分と長い付き合いになるこの男は、頭の出来もいいし友人としても優秀なのだけれど、弟妹のことに関してだけはどうにもポンコツになるのが瑕だった。


「ルカスは過保護なんだよなあ」

「お前は何も知らないからそんなこと言えるんだよ。いいか、うちの妹はな、目を離すと何を仕出かすかわからないんだ。お前にわかるか? 一緒に庭で隠れんぼしてただけなのに、ちょっと目を離した隙に両膝から血を流したアリシアが笑って俺の前の現れたときの衝撃を!」


 あれは俺が10歳の時だった、とルカスは遠い目をして言う。

 まあ、確かに、ルカスの言うことはわからないでもない。彼女は確かにお転婆で、後先考えないところがあるようだし。

 はあ、とルカスは頭を抱えるように項垂れた。


「今回だってそうだ。アリシアは口では諦めた素振りでも、絶対に何か仕出かすと思ってたんだ。だから騎士をつけてたのに、どっかの誰かは勝手に追い払うし」

「だからそれは悪かったって」


 恨みがましげに言われて苦笑した。


「俺が接触するのにルカスの騎士は邪魔だったんだ。でもそれで彼女を守り切れずに危ない目に合わせたことは本当に悪かったと思ってる」


 その件については流石に俺も反省していたので、素直に謝った。

 地下の独房でぐったりと横たわった彼女の姿は今思い出しても心臓に悪い。自分にもまだ、驚いたり焦ったりする感情が残っていたんだなと思う。

 突然しおらしい態度になった俺に、ルカスは毒気を抜かれたように、まだ何か言いたそうだった口を閉じた。そして、少し顔色を変えて言う。


「……まあ、騎士を追い返したのは業腹だが、アリシアの魔力切れの件は、どのみち俺の付けた騎士が一緒でも対処できたかはわからないし、むしろお前がそばにいたおかげで色々とことがスムーズに行ったところもある。あまり気に病むなよ」


 アリシアと同じ色をした綺麗な翡翠の瞳が俺を見た。さっきまで怒っていた癖に、俺が柄にもなく落ち込んでいると思ったのか、その瞳にはもう俺を心配する色が浮かんでいる。相変わらず人がいい男だな、と思う。

 俺は、ルカスの言葉を「ありがとう」と上辺だけ笑って受け取った。確かに彼の想像通り俺は落ち込んでいるけれどそれ以上に、腹立たしさの方が圧倒的に大きい。

 己を戒めるように、倒れた彼女の姿を思い出す。怪我をさせない自信があったのに、危ない目には合わせないと思っていたのに、甘かった。俺の想像以上に彼女は馬鹿で無鉄砲で、そして、優しすぎたのだ。

 俺は笑顔を保ったまま、「そういえば」と思い出したような声色でルカスに尋ねた。


「例の調査の件は、それから何か進展はあったの?」

「ん? ああ。あの件ならお前の言う通りの結果になったぞ」


 話題を切り替えると、ルカスは途端に表情を変えて王太子としての顔になった。


「まだ調査中だが、アリシアが解呪した結界、やはりとても下町のゴロツキが張れるような結界じゃなかった」

「だろうね」


 想定通りの答えに頷く。アリシアはルカスやシリルのように豊富な魔力を持っているわけではないけれど、それでも人並みにはある。あそこまで彼女が消耗したということは、それだけ結界の精度が高かったということだ。あの時館でとらえた男たちに、あの結界がはれるとは思えない。


「貴族連中の洗い出しは?」

「それも調査中だな。何せエイミー・クレランドは今回の聖女試験でもとびきり優秀な聖女候補だ。本人のやる気はわからないが、このままいけば「愛の乙女」に選ばれる可能性は高い。彼女を蹴落としたい連中はわんさかいる」


 恥ずかしい話だけどな、とルカスは髪をかきあげてため息をついた。

 エイミー・クレランド。館の地下室で見かけた女の姿を思い出す。あの時俺が見た彼女の力は、確かに「奇跡」と言って遜色ない力だった。わざわざ「追試」を行うように手を回したのも、彼女の力が俺の目的のために利用できると判断したからだ。「追試」を行うことで、ますます聖女の座を狙っている貴族たちのやっかみは酷くなるだろうけれど、必要なことに躊躇している暇もない。一つ懸念があるとすれば、あの聖女候補のことをアリシアがやけに気にかけていたところだけれど。


「まあ、結界について詳しいところは今、うちの優秀な教育係が調べてる。今回の件、あいつかなり怒ってたし、真犯人はすぐに見つかると思うぞ」

「ああ、あのエルフの」


 ルカスの言う赤髪の彼とは一度会っていた。まだアリシアが目を覚ましていない状態で見舞いに行った際に部屋で偶然遭遇したのだ。挨拶を交わしていくつか会話をしてみたけれど、印象は良い。態度や言葉使いこそ丁寧だが、彼は俺を正しく警戒していた。優秀な人間だと思う。ああいう男はいざという時選ぶべきものを間違えないので安心できた。


 そこからしばらくルカスと細かい調整をいくつかした後で、俺は壁に掛けられた時計に目をやった。そろそろいい頃合いだろう、と俺は椅子から立ち上がる。


「それじゃ、俺はそろそろアリシアのお見舞いに行ってくるよ」


 そう言って笑うと、ルカスは予想通り「はあ?」と声を上げて、一瞬でまた最初の不機嫌そうな顔に戻った。


「アリシアは今謹慎中だ。俺の許可がない限り面会は認められないぞ」

「許可してくれてありがとう、お兄ちゃん」

「誰がお兄ちゃんだ!」


 許可もしていない、と今にも掴みかかってきそうなルカスをよけて、俺は部屋を退出する。閉めた扉の向こうで騒ぐルカスの声が聞こえたけれど、気にしないことにした。


 城の廊下を早足で歩く。自然と、今から会いに行く彼女の姿を思い浮かべた。

 ルカスには言ったけれど、今回の件、俺は本当に深く反省をしているのだ。想定外のことだったとはいえ、彼女を危険に晒したのは一生の不覚だ。反省は活かさなければ意味がない。今度は僅かな隙さえなく、上手く立ち回ると決めていた。そのための舞台もこれで整った。

 廊下は、部屋の中よりも花の香りをより強く感じた。倒れた彼女を抱きしめたときに感じた香りと同じで、つい口元がほころぶ。今から話す内容が、謹慎中で退屈しきっている彼女の朗報になればいいのだけれど。陽気な国の陽気な日差しが差し込む廊下を、いつになく軽い足取りで歩く。

 


 あとはせいぜい上手く立ち回って、彼女の好きなハッピーエンドとやらに仕立ててみせようじゃないか。



序章終了です。ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回更新から第一章の話になります。


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