10.そうして、乙女ゲームは始まらないのでした。
ふわふわと気持ちのいい何かに包まれている。魔力切れを起こした時は大抵、お酒をちゃんぽんしてオールで飲み明かした次の日の朝みたいな、最悪の気分になるはずなのに、不思議と今は不快感がまるでなかった。このままずっと微睡んでいたいような、ここから一歩も動きたくないような、そういう気持ちよさに包まれている。
ふと、なんだか胸元が暖かいような気がして、私は自分の胸に手を当てた。固い、何かの石の感覚が手に伝わる。そういえば、婚約者様からもらった石を、私はずっと首から下げていたのだと思い出した。内側から温もりが溢れるような感覚が心地よくて、私は意識を手放すことにする。
意識を手放した先で、夢を見た気がした。
――誰かがどこかで泣いている、そういう曖昧で輪郭のはっきりしない、夢を見た。
■
「起きましたか」
ふ、と瞼を持ち上げて最初に飛び込んできたのは、この世のものとは思えないほどに美しい男の顔だった。一つの欠陥もない、すべてのパーツが美しく整えられたその顔は物凄く不機嫌そうに歪められているけれど、それすらも美しさを引き立てる一つのスパイスになっている。長く伸びた美しい赤い髪は、薔薇の花のように深く鮮やかな色をしていた。
意識がはっきりしないまま、しばらくぼけー、とその顔を眺めていると、表情は更に不機嫌そうに歪んでいく。そのまま、綺麗な髪だなあ、と頭の片隅で考えていれば、やがて美人は深々とため息を吐いた。そして徐に右手を持ち上げたかと思うと、ぱちん、と指で音を鳴らす。
「……ん、あ、え、って、いったあ!」
音が聞こえた途端額に走った痛みに、私は勢いよく体を起こした。同時に意識が覚醒する。起き上がって視界に入った景色は、私の自室だった。ヒリヒリ痛む額を両手で押さえながら、私はベッドのすぐそばにある椅子に偉そうに腰をかけた美人に向かって叫んだ。
「キース! いきなり何するんですか!!」
「おそようございます、アリシア。ボケたポンコツの頭は正常な意識を取り戻しましたか」
美人な顔を不機嫌いっぱいに染めた私の教育係、キースは、不遜な態度でそう言った。
私があの館で意識を失ってから、どうやら丸一日が経っていたらしい。不機嫌な顔を崩さないキースの説明を聞きながら、私は自分がしでかしたことをはっきりと思い出した。前世の記憶にあったイベントのこと、誘拐のこと、そして助けてくれたリールという男や、エイミーのこと。
思い出すや否や「エイミーは!? リールは!?」と矢継ぎ早に質問をした私に、キースは「落ち着いてください」と仏頂面のまま私の頬をひねり上げた。容赦のない痛みに涙目になって「すみません落ち着きました」と慌てて謝れば、「いいでしょう」と一つ頷いて、キースが順番に事の顛末を話してくれる。
私が意識を失った後、色々と動いてくれたのはリールだった。
リールは私と別れてから、言っていた通り館に入ってきた気配の正体を確認しに地上に戻ったらしいのだけれど、結局地上で遭遇したのは敵ではなく、巡回中の騎士数人だったらしい。騎士たちは城で働いている人間から匿名で「今は使われていないはずの騎士の宿舎で妙な物音がする」と通報があったそうで、様子を見にきていたのだそうだ。そうして騎士たちと合流し、事情を説明したリールがあの部屋まで戻ってきたところで、ちょうど私は意識を失ったというわけだ。
倒れた私を城まで運んでくれたのもリールらしかった。一緒に来ていた騎士への指示も、私やエイミーを含めた状況の説明も、何から何までリールがやってくれていた。なんというか、リールに頼り切りで反省する。お礼も何も言えないまま、迷惑ばかりかけてしまったな、と、あのうさん臭い笑みを浮かべたリールの姿を思い出した。キースの話では怪我はなく、当初の予定通りこれからしばらく城に滞在するとのことだったので、あとで謝罪とお礼をしに会いに行こうと決める。
誘拐犯たちの身柄については、一緒にきた騎士が連行し、そのまま騎士団が引き取ることになったようだった。まだ事情聴取が始まったばかりらしいけれど、誘拐犯たちの正体はすでに判明していた。城下の下町を縄張りにしているゴロツキだという。こんなにすぐに身元が分かったのは、彼らが何度か軽犯罪で騎士団が捕らえたことのある札付きだったからだそうだ。
「……それで、エイミーは」
キースの説明が止まったところで、私は一番気になっていたことを聞いた。キースは私の問いに少し間を置いた後、静かに口を開いて言った。
「聖女候補、エイミー・クレランドは、微かな衰弱は見られましたが、健康状態に異常はなく、今は騎士団で簡単な聴取を受けています」
「……聖女、試験は」
「残念ながら、失格になりました」
淡々としたキースの言葉に、私は息を呑んだ。
「どうして、失格なんて……!」
「あなた方が助け出された時点で、聖女試験はすでに始まっていました。試験に参加できなかったエイミー・クレランドは当然、不合格になります」
「でも、不可抗力じゃないですか! エイミーは誘拐されてたんですよ!?」
「たとえいかなる理由があろうとも、これまでの歴史の中で一度失格になった聖女候補が再び合格になったという例は聞いたことがありません」
キースはあくまで冷静に私を諭した。思わずキースの方に乗り出していた私の体を抑えるように、そっとキースの手が私をベットへと押し戻す。
全快したはずの体が、ぼとりと重石を詰められたみたいに重たくなった気がした。思い出すのは、意識を失う直前、エイミーと交わした言葉だった。エイミーにとって、試験は命を懸けるほどにすごく大切なものだったはずだ。だから、エイミーがちゃんと試験を受けられるように、私が今度こそ力になると、そう約束したはずだったのに。
シーツの上で、手を握りこむ。やっぱり何も、できないのか。無力感に苛まれたまま俯く。
「アリシア」
俯いた私をキースが呼んだ。呼ばれるままに顔を上げると「情けない顔をしないでください」とピシャリと言われた。そして、強く握りこんだ手のひらに、キースの美しい手のひらが重ねられる。キースはそのまま何も言わず、ただ落ち着かせるように私をジッと見つめた。静かに凪いでいる錆色の瞳が、徐々に私を落ち着かせる。いつのまにか手が白くなるほど握り込んでいた手から、力が抜けた。
「……すみません、取り乱しました」
「いいえ」
冷静さを取り戻してそう言えば、キースは満足そうに笑みを返してくれた。
私は深く息を吐く。私が落ちこんでどうする。今辛いのは、エイミーだ。まずはちゃんと、今度こそエイミーと真正面から話すこと。そして話したうえで、エイミーのためにできることを、一緒に考えるのだ。
キースの手が私から離れる。さらりと揺れる長い赤髪の隙間から、キースのとがった耳が見えた。耳にたくさんつけられたピアスが光の加減で淡く光って見える。
私はそういえば、とふと思い出したことをキースに尋ねた。
「……今回私の体を治癒してくれたのは、キースですか?」
起きたとき、やけに体が軽かった。今も普段より何倍も気分がいいし、魔力もすっかり溜まっている。普段魔力切れをおこしたら三日は寝たきりだったのに、今回はたった一日でぴんぴんしているのが不思議だった。誰かが何かをしなければ、こんな状態にはならない。もしかして、と思ってキースに尋ねてみたけれど、予想に反して、キースは私の問いに首を横に振った。
「いいえ、私は何も」
「え、じゃあ、だったらどうして」
キースは静かに答えを告げた。
「あなたを治したのは、エイミー・クレランドですよ」
■
その後私は、とにかく怒られた。
キースと入れ替わるように部屋に来たミアには大泣きされながら怒られたし、次いで現れたルカスお兄様には重い拳骨を一発もらってたんこぶができたし、学園にいるはずのシリルお兄様はわざわざ城まで戻ってきてくれて、滾々と説教をされた。
随分と色々な人に心配と迷惑をかけてしまったようだった。あの時はああするしか思いつかなかったとはいえ、自分の行動を振り返って反省する。
訪れる人訪れる人に怒られ、しばらく大人しくしていなさい、と言われた私は、当分部屋から出ることを許されず軟禁状態になった。正直もう元気だったし、色々とやりたいことや調べたいことがあったのだけれど、あれだけ怒っていたお兄様たちを前にそんなわがままが言えるわけもない。勝手に動いたことへの「謹慎処分」として、私は部屋に軟禁されることを受け入れた。
それでもどうしても、早く会いたい人がいた。エイミーだ。キースの話を聞いて以来、エイミーがどうしているのかという情報はさっぱり入ってこなくなった。城から出て行ったという話こそ聞いていないけれど、彼女はもう聖女候補ではない。聖女候補ではなくなった彼女は、彼女がどう思おうとサクレから追い出されるのが規則だった。とにかく、今どうなっているのか早く確認がしたかった。私はルカスお兄様に土下座をする勢いで頼み込んで、一人だけ、という制約と、制限時間付きで、エイミーを部屋に呼ぶ許可を得た。
そうして目覚めてから5日経つ頃になって漸く、私は待ち人に会うことができたのだった。
部屋の前まで騎士に案内されたらしいエイミーは、部屋の前で何か話した後、一人で私の部屋に入ってきた。部屋に入ったエイミーは相変わらずの無表情だったけれど、キースが言っていた通り怪我も体調を崩している様子も見られないことに安心する。
エイミーは部屋に入ってきても、暫く扉の前で立ち尽くしたままずっと無言だった。「どうぞ」と恐る恐る勧めた椅子に腰を下ろしてはくれたけれど、何も言わず、目も合わせないまま、俯いている。
「……ええっと」
何から話せばいいのか、と私は俯くエイミーの旋毛を見ながら考えた。話したいことはいっぱいあって、この5日間の間にちゃんと整理していたはずなのに、いざエイミーを前にすると話す順序がわからなくなる。沈黙が重い。言葉がまとまらない。けれど、とにかく今思っていることを伝えるしかない。私は覚悟を決めて口を開いた。
「エイミー、ごめんなさい!」
がばりと頭を下げた私に、エイミーが息を呑む気配がした。
「…あなたに話したいことは色々あるのですが、まず最初に謝罪をせてください。これまでのわたしのあなたへの態度は、本当に失礼だったと思います。あなたの事情も何も知ろうとしないで、勝手に友達面をして、すごく、自分勝手だった自覚があります。許してほしいとは、言えません。けれど、もし叶うのなら、てうわっ」
話し始めた私を遮るように、突然、エイミーの手が伸びて下げたままの私の頭を抑えつけた。急に顔をあげられなくなっておたおたする私に、エイミーは小さな声で言った。
「……喋らないで、そのまま、聞いてください」
どこか必死そうな声だった。頭を抑えつけられたままこくこくと頷けば、エイミーの手から力は抜けて、手のひらが頭に乗っかっているだけの状態になる。そのまま暫く無言が続いたけれど、エイミーに言われた手前顔を上げることもできずに、私はエイミーが話し始めるのをジッと待った。
長いようで短い時間が経った頃、やがてエイミーが口を開いた。
「私にとって、聖女試験は生きていてもいい理由を見つけるためのものでした」
ポツリ、ポツリ、とエイミーが言葉をこぼし始める。自分のこと、聖女試験のこと。エイミーも言葉がまとまっていないのか、脈絡がない。次に言う言葉を考えながら話しているようで、口調はゆっくりだった。
「ずっと昔から、私は、私が生きていてもいい理由を、探していました。なんだってよかった。ただ私が、納得できる理由が用意されているのなら、それを見つけたかった」
エイミーの顔は見えないけれど、声色からはあの時のような絶望した色は見えない。私は黙ったままエイミーの言葉に耳を傾ける。
「聖女の力が発現したときは、嬉しかった。もしかしたらやっと、私が生かされた理由が見つかったんじゃないかって。この国の聖女に選ばれて、聖女としての使命を果たせば、私はこの地獄みたいな悪夢から目覚めることができるのだと、信じていました。だからどうしても、聖女に選ばれたかった。聖女になることしか、希望がなかった」
エイミーはゆっくりと、けれど堰を切ったように、饒舌に話した。もしかしたら、ずっと誰かに話したくて、けれど話せないまま胸の中に閉じ込めていたものを、今見せようとしてくれているのかもしれない。エイミーの話はちぐはぐで、前後関係がわからない、要領を得ないものだったけれど、彼女の悲痛な思いは確かに伝わってきた。どれだけ、聖女試験にかけていたのかということも。
「本当は、誰も巻き込むつもりはなかった。あなたを、危険な目に合わせるつもりなんて、なかったの。本当に、ごめんなさい。あの日、あなたが魔力を失って倒れたとき、私はやっと思い知ったわ。生きるための意味なんて、探すべきじゃなかった。希望なんて求めるんじゃなかった。どうせなら、そう、どうせならさっさと」
死んでいればよかったって。
頭を抑えつけられているから、エイミーの手のひらが震えているのはすぐにわかった。声も、少し震えている。あの時、魔力切れを起こして意識を失う直前で見た、エイミーの焦ったような表情を思い出した。エイミーはやっぱり、優しい女の子なのだという印象は、間違っていなかったと思う。
私は、頭の上に乗ったエイミーの手に、自分の手を重ねた。キースが私にしてくれたように。ハッとしたように引っ込められそうになる手を強く握って、頭の上から降ろす。ゆっくりと顔を上げた。エイミーは泣いても怒ってもいなかった。いつもの無表情で、けれどその瞳に激しい感情をにじませている気がする。
「エイミー」
彼女の名前を、できるだけ丁寧に呼んだ。
「私は、エイミーのことを、もっとちゃんと、知りたいって思ってる。これからたくさんお話をして、できればたくさん遊んだりして、そうしてあなたを知っていきたい」
エイミーは首を横に振った。
「無理よ」
あの日鉄格子越しに話した時のように、エイミーは頑なに私を拒む。けれどあの時とは違って、私とエイミーの間に鉄格子なんて邪魔なものはないし、手だって握れていた。
今この瞬間、私はちゃんとエイミーに言葉が届く距離にいた。
「エイミー、私は、必ず、あなたの力になってみせるよ」
だから私は、いつかの時と同じ言葉をエイミーに言った。
「エイミーが生きたいと思える場所を、一緒に探す。聖女試験のことも、なんとかできないか一緒に考える。聖女試験のほかにだって、エイミーが生きたいと思える理由を、見つけてみせる」
「そんなもの、ずっと探しても見つからなかった」
「必ず見つける。必ず、あなたの力になってみせる」
私の言葉にエイミーの瞳が揺れる。「どうして」と音にならずに唇だけ震えさせたエイミーに、私は笑った。
「私はあなたと、お友達になりたいの」
エイミーが、目を見開いた。信じられないと言うように見開かれた瞳には、やっぱり感情がたくさん溢れている。エイミーは首を横に振る。けれどもう、「無理よ」と否定の言葉は言わなかった。ただ唇を震わせて、何度も首を横に振る。
「……馬鹿じゃないの」
エイミーはそれ以上の返事をしなかった。表情も変えないまま、黙っている。けれど確かに、エイミーは私の手を握ったままで、振り解かれなかった。私はそれが答えだと思うことにした。
そのあと、私とエイミーは約束の時間が来るまで、ずっと手を離さなかった。
■
エイミーは、誘拐事件の捜査の関係で、まだ暫く城に残れそうだと言っていた。とはいえあくまで期間限定だし、猶予はあまりにも短い。
なんとかしてエイミーをもう一度聖女候補に復活させることはできないか、と考えていた私のところに、朗報を持ち込んできたのはリールだった。
「追試?」
「そう」
私の問いに、リールは爽やかに笑った。
あと数日で謹慎が解けるという時になって、リールはけろっとした顔で私に会いに来た。謹慎中の私に会うにはお兄様の許可が必要だと思うけれど、リールはなんてことないような顔で「ちゃんともらったよ」と笑っていた。
リールは元気そうだった。無事だという話はキースから聞いていたけれど、あのうさん臭い笑顔を浮かべたリールを自分の目で見て、私は漸く安心できた。「色々やることがあって、お見舞いが遅れてごめんね」と笑ったリールは、やはりどこか嬉しそうな声色だった。心配されるのが嬉しいらしい。
リールが大事な話がある、というので、ミアに紅茶を入れるよう頼んで、私たちは来客用のテーブルに向かい合って座った。そうして話し始めた内容が、冒頭の話である。
「聖女試験の追試、なんて、聞いたことがないですけど」
用意されたお茶菓子に手をつけながら、私は首を傾げた。
「うん。本来なら一度失格になった聖女候補がもう一度試験を受けられることはないよ。どれだけ理不尽でも、本人に責任はなくても、過去何度かあった聖女試験の中で、失格した聖女候補が復活した例はない。でも、」
紅茶が注がれたティーカップを優雅な仕草で持ち上げたリールは、こくりと一口飲んでから、ソーサにカップを戻す。リールは私を見据えて言った。
「今回の、エイミーの君を治したあの力。あの力に、聖女試験の総試験監督が興味を持ってくれたみたいでね。俺は目の前で直接見たけれど、あれは今までの聖女試験でも記録にないほどの、『奇跡』だった」
何せ、魔力がすっからかんになって再起不能になった人間を一瞬で治癒して見せたのだから。リールはニヤリと笑った。
「総試験監督は期待されているんだよ。もう一度彼女の力を試すチャンスをくれるほどに。
ただまあでも、普通に復活させことはできないっていうことで、救済措置として彼女に『追試』が課されることになったってわけ」
いい話でしょう、とリールが楽しそうに言った。
私はリールの話を聞いて、サクレの責任者であり、女神を祭る神殿を守護する立場にある神官長の存在を思い浮かべた。厳格で、古き伝統を重んじる、公正な神官長だと聞いている。
確かに、魔力切れを起こした私を一瞬で治癒したエイミーの力はすごいものだと思う。実際にエイミーの力を目の当たりにしたリールも、あれは特別な力だと言っている。けれど、たとえそうだとしても、あの神官長がこんな例外を認めるとは、到底思えなかった。
私はにこやかに笑っているリールを思わずまじまじと見る。
そもそもの話、リールはやけに、聖女試験に詳しすぎる気がした。試験の内部や仕組みをよく知っている様子である。確かにリールの話は、ギリギリ一般人でも調べればわかる範囲ではあったし、リールは留学生で、この国のことをよく勉強してきているのかもしれないけれど。
どうにも拭えない違和感からリールをジッと見つめれば、リールは微笑みを浮かべたまま表情を変えずに私を見ていた。
「……何か、したんですか?」
言ってから、いや、リールに何かできるはずがない、と自分で否定する。だって、ありえないことだ。他国からきているリールにうちの国の、それも聖女試験の内容に口を出せるわけがないのだから。
「うん?」と首を傾げたリールに、私はなんでもない、と首を横に振る。
リールは、いい人だ。そこに疑いを持つべきではない。何より、これは間違いなく「朗報」に違いなかった。エイミーがもう一度、聖女になれるチャンスが回ってきたのだから。
私はカップに残っていた紅茶をグビリと飲み干した。紅茶は少し時間が経ったせいか少し渋い味がした。
■
謹慎処分が終わってすぐに、私はサクレに向かった。厳重に認識疎外の魔法をかけて、いつもの図書室に向かう。エイミーは、やはり図書室の隅にある同じ場所に腰を掛けて、本を読んでいた。表情は相変わらず無表情だ。けれど、変わったこともある。
「エイミー!! 追試の話聞いた!?」
「……ええ、聞いたわ」
一つは、本から顔を上げて会話をしてくれるようになったこと。そしてもう一つは、互いに敬語をやめたこと。
もともと取れかけていた敬語は、あの日エイミーが部屋を訪れてくれた時をきっかけに、仲直りの記念と言うことで私から外すことを提案した。私は王女らしく話すことがとても苦手だし、エイミーも敬語をなくした方が話しやすいようだったので頷いてくれた。
私は、本を読むのを中断してくれたエイミーの前に座る。エイミーの瞳が真正面から返されることが、とても嬉しかった。
エイミーは相変わらず謎だらけで、無表情だし、滅多に感情を表に出さない。けれど私とエイミーは確かに友達だった。少しずつだけれど、エイミーとの距離を縮めていける気がしている。
私はあの日と同じように、エイミーの手を取る。そしてとびきり明るく笑って見せた。
「聖女試験、一緒に頑張ろうね! 今度こそ必ず、エイミーの力になって見せるから」
そう告げれば、エイミーは呆れたような顔をして言った。
「……あなたって、本当に、変な人ね」
そう言うエイミーの顔は無表情で、けれどよく見れば頬は微かに緩んでいることに私は気づいている。だけど指摘すればまたいつもの無表情に戻ってしまうので、私は何も言わなかった。言わないまま、もう一度笑った。
乙女ゲームは始まっていない。ヒロインもいない。ラブパワーがなければ、魔王の復活を止められずに、世界は滅ぶだろう。
けれど、それはゲームの話だ。この世界は現実で、今目の前にいるのはエイミー。
きっと、何か方法があるはずだ。エイミーを幸せにして、世界も救える方法が。私の前世の記憶は役に立たないかもしれない。魔王復活を止められなかった苦い思い出もある。けれど、結局諦めるのは、私の性格上向いていないのだ。
必ず、私が見つけてみせよう。エイミーにとっても、私の大切な人たちにちとっても、そしてこの世界にとっても、「ハッピーエンド」を手に入れてみせるのだ。
拝啓、婚約者様。
今日もこの常春の国ベネディクトゥスは、快晴です。
紆余曲折あったけれど、私はやっとエイミーと本当の意味で、お友達になれました。
お読みいただきありがとうございました。
ここで、序章が終了になります。
次回、一話だけ挿話を挟んで第一章に入ります。




