ケンジとカオリの過去
カオリは過去の話をし出した。
三年前のキャンディ王国。
キャンディ城で生活するカオリとその兄、ケンジがまだキャンディ王国の学園に通っていた頃ーー。
五歳から十歳までキャンディ王国の子供達は城下町にあるキャンディ学園で勉学に励む。
そのキャンディ学園の生徒会長を勤めていたカオリは機械のように学園の雑務とケンジから与えられる仕事をこなしていたらしい。
血のつながりが無い兄弟、姉妹が多いカオリにはこのケンジという他国から人質交換のように渡されたケンジという男とはよく接していたようだ。
学園から生徒会室にある寮に戻る花に囲まれた道のりが、その時のカオリにとっての息抜きの時間だった。
カオリには自分の命をかける事によって勇者を生み出す能力『ロードオブパラディン』がある事をケンジに悟られていて、早く勇者を生み出す事を急かされていた。
ある日、カオリが学園の雑務を終わらせ帰り道を歩いていると、同じ生徒会委員の下級生の男子から告白された。
その姿を横目で見たケンジは、花を愛でる為、花壇に向かう道なので興味なさそうに視線を正面に戻そうとするが――。
下級生の勢いに圧されたカオリが、後ろに咲いていた一つのタンポポを踏みつけてしまった。
「あ……」
と言ったカオリは、少し離れている所を歩いていたケンジと目があった。
カオリはケンジの目を見て、ギクッ!としたが、ケンジの方は興味無さげに真っ直ぐ学園校舎の方に向かって歩いて行った。
魔法ではなく、文化としてまだまだ発展途上でもあり、おそらく大きく発展する事も無いはずの科学しか興味の無い自分の兄の唯一の趣味である花壇の花を潰した事に、カオリは強烈な罪悪感を覚えたらしい。
※
その日の夜、ケンジはキャンディ学園の花壇にスコップと植木鉢持ち、夕方にカオリが踏んだタンポポの場所まで来ていた。ザクッザクッ!とケンジは土を掘り返し、タンポポを植木鉢に移し変えた。
「よし、お前の面倒は私が見てやるからな。――!」
ケンジが人の気配がある方に振り向くと、後ろにはカオリが立っていた。
「ケンジ兄さんは花が好きなんだよね。夕方、初めてケンジ兄さんのあんな悲しそうな表情を見たよ。いつも研究にしか興味が無くて私のように人形のような顔しかしてなかったから驚いたんだ」
「花は好きさ。私の趣味はカオリに関係ないはずだ。早くロードオブパラディンの力を使い勇者を生み出せよ。そうすれば私は神に迫る研究さえ出来る事になるだろうからね……じゃあ」
植木鉢抱え、スタスタとケンジは歩き出す。カオリはケンジの腕をつかみ、
「待ってよ。タンポポの件は謝るわ。私もあのタンポポが気になってここまで来たんだから」
「わかったから、手を離してくれないか?」
「まだ、話はあるわ。ケンジ兄さんはキャンディ王国とシロップ王国が戦争をしないようにする為の人質。だからこそ私達は表面上だけでも、仲良くした方がいいんじゃない?その方が、シロップラボに入院しているケンジ兄さんの母も喜ぶと思うよ?」
「そうか、ならそうしよう。じゃ」
表情を変える事無く、ケンジはカオリの前から姿を消す。どうやら普段言いなりになっていた決死のカオリの言葉も、花を潰した事で聞こえなくなっていたようだ。
人質扱いになる息子を案じてキャンディ王国で生活するケンジの母親は、心臓の病でキャンディホスピタルの子会社、シロップラボに入院していた。
シロップラボは最近医療事故を隠ぺいした件が数件発覚し、経営状態が思わしくない。同盟国内で起こした事件はすぐにキャンディ王国国内に知れ渡り、シロップ王国の存続を危うくし、ケンジの母のシロップ王女の病を悪化させた。
時間があるときはケンジも母親の病室を訪れ、雑談をしていた。
ケンジの父、ケンタロウは魔法研究者で自身の魔法研究にしか興味がなく、シロップ王国一の美女と呼ばれた妻であっても興味をもつはずもなかったようだ。
自分の父のキャンディ王も昔は豪胆な男で自分の家族を顧みず、戦争ばかりを繰り返して自国の領土を拡げて世界にその名をとどろかせていた。だからこそ、似たような境遇のケンジを兄として慕っていたようだった。
その時のケンジは、学園・生徒会室・病室の三つが生活の基本だった。
カオリと表面上でも仲良くする事になってから、ケンジも多少ながら表情を見せるようになった。季節は変わり、冬になるとケンジの母親は病気で亡くなった。だがこれは、完全な医療魔法のミスで、シロップラボはキャンディ王国のマジックペーパーの記者に散々叩かれた。
その件でシロップラボは閉鎖され、シロップ王国はその領土をキャンディ王国とし、キャンディ王国がシロップラボを引き継ぐ形で経営をした。ケンジの父のシロップ王はシロップラボ関係者には妻の医療ミスに対しては何も言わず、今後のシロップ王国の存続の仕方しか述べなかった。
一ヶ月学園を休んでいたカオリが生徒会室を訪れると、ケンジは現実を忘れるように父から与えられた魔法研究仕事に没頭していた。長く伸びた髪は白髪が混じるようになり、目は廃人のようにマジックコンピューターのモニターに注がれていた。その時、ケンジの感情の糸が切れ、涙が流れた――。
「ケンジ兄さん!」
後ろからケンジに抱きついたカオリは、涙を流して強く抱き締める。
「……久しぶりだなカオリ。もう何週間、いや何ヵ月……私達は最後にいつあったんだっけ?」
夢遊病者のように視点も定まらず言うケンジを見て、意を決したカオリは、
「ケンジ兄さん……。今日、この時から私の全てを貴方に捧げる。キャンディ・カオリはシロップ・ケンジの奴隷よ。何なりと命じてください」
ケンジの白髪混じりの長い髪を自分の涙で濡らし、言った。
パチパチッと瞬きをしたケンジの目から涙がこぼれ、窓際にある白髪になったタンポポを見た。
「……じゃあ、あのタンポポを処分してくれ。あのタンポポは私だ。私はもう疲れたよ……」
カオリはタンポポのある前の窓を外に向かって開け放った。
ブオッ!と外の冷たい空気が室内に入り、白髪のタンポポは全て散った。
風に乗って消えるタンポポの最後を、二人はただ見つめていた。
けども、この全てはケンジの計算された罠だった。自ら人質となり、潜入したキャンディ王国の設備で父の魔法研究を超えるサイエンスウィザードを生み出す。
その研究結果が実る、これより一年後。
キャンディ王国はケンジの科学魔法サイエンスウィザードにより無数の災害などに襲われる事になり、カオリの兄弟達も始末された。そして衰退していくキャンディ王国を救う為にカオリは異世界を旅し、俺を見つけたようだった。




