魔王神サターンの過去と現在
硝煙を纏った風が、大地を過ぎる。
その地区は荒廃していたわ。
住居は破壊され、大地は歪み、人間達もすさんでいた。隣国との戦争による末路であったわ。その互いの国が求めた永久王国になる為の呪いの秘宝〈ブータハート〉は、両国のどちらに渡る事もなく、ただお互いの遺恨を残したまま戦争は終結した。
隠れてブータハートを保持していた国王は、身内の誰かが国外に持ち出した事とし、秘宝調査隊を結成し国外へ派遣した。国王はブータハートの力がいつの間にか発動していない事すら気がつかなかったの。その魔力は歪んだ形で現れ、その世界そのものを変化させている事に誰も気付いていなかったわ。
まだ戦火が残る大地を、どこか気品のある少女は歩いていた。その少女は私。
私は殺した。
生きる為に殺した。
食料を持つ老婆を、水を持った少年を、赤子に乳をあげる女を――。
そして、生きる為に目に留まる物を全て食べた。全てを飲み込んだ。
廃墟となった住宅で水浴びをする少女を見つけ、コイツも生きる糧にしてやろうと思うとその少女の下半身には、男性の性器もついていた。これもブータハートの魔力の影響ね……。
少女にしか見えない両性具有のその人は、やがて酷い目眩に襲われた。
「くっ……あああっ! ……!」
浴槽に沈んだ少女は、水底から中々浮かび上がって来なかった。しばらくすると、少女の着ていた衣服のみが浮かんできたの。
そして、一匹の豚が浴槽から勢いよく飛び出してきた。
豚は濡れた身体をふるいもせず、自分の手を眺めていた。すると、その豚は人間の言葉を話した。
「……こ、この手は? 私の身体は一体……!?」
勢いよく浴槽の縁に登り、鏡を見た。鏡に映る姿は豚そのものなのは当たり前ね。
「な……何で豚の姿に? まさか、秘宝と呼ばれていたハート型の赤い石を飲み込んだから……?国王のワシが若返りの力を手にしたと思えば何故こんな姿にならねばならぬ!」
人間の言葉を話す猫は、目をまん丸としながら鏡の自分を見つめそう言った。
これはおそらくこの国の国王ね……。
「死ね国王」
そして、私はその国王の豚を喰らったわ。
それは魔王神となる魔力を秘めたブータハートそのものだったの……!
「ブータハートなんて物があるから、飲み込んで戦争の原因を無くそうと思っただけなのに……。本当にブータハートの力が発動していれば争いなど起きない事が何故皆わからないの?
でももう、この国にも居られない。この世の全てを変革して、私は魔王神として全ての世界を支配してあげるわ……」
そして、故郷の国を消した。
絶大な魔力を得た私には、もう何かに服従する必要なんて無くなっていたわ。
「私は魔王神サターン……この世の全て支配者よ」
そして消滅させた自分の国から旅立ったわ。
魔王神として、世界を征服しもう誰にも服従されない為にーー。
※
「……夢……か」
サターンタワー。
別名呪われた時計塔。
その最上階・傀儡カラクリの間。
月の微かな明かりが天井から差し込む光の下、カラクリにくくりつけられた勇者アデューの相棒のカオリが全裸のまま、うつむいた表情で微かに息をしているわ。身体には私に吸われた魔力の痕跡が赤く存在を訴えているわね。
少し肌寒いその室内のガラス天井窓に、私は視線を向けていた。
「……日付が変わるまで、後三十分を切ったわ。傀儡カラクリと生贄のカオリのリンクを開始するわ」
満月の光が射し込む傀儡カラクリの下で拘束されるカオリに、私の手が伸びる。すると、獣のような瞳のカオリの目が、私を捉えた。ここに来てこの胆力。
流石は勇者の相棒かしら。
「……悪く思わないでね。貴方はその辺の魔王よりも内在する魔力が高い。おそらく勇者をダンポコワールドへ召喚する時に、自分の命を勇者と折半して契約したせいね」
「別に悪くは思わないわ。戦争も殺し合いも、始めた瞬間から互いに悪だから。私がアナタを殺しても、お互い様よ。それに、アデュー君は必ず私を助けに来る」
「……美しき迷いの無い目。それが絶望に染まる時、貴女の魔力は全て私に還元されて私は深い眠りにつく事も無く活動出来るようになり、全ての世界は魔王神サターンの支配下におかれるのよ」
そう言うと、先端が針のように鋭い傀儡カラクリのリンク用ケーブルを持ち、カオリの背中に近づけた。左手でカオリの口を抑え、白く滑らかな背中に鋭利なケーブルのリンク先を勢いよく動かした。
刹那――。
バリンッ! という音が天井窓から響き渡り、その割れた破片が私に降り注いだわ!
「!? 何なの!?」
私はケーブルを手放し、部屋の端の方に向けて飛んだ。カオリに降り注いだガラス片は、傀儡カラクリの呪いの力によって弾かれた。壁際に居た私はリンク接続していないにも関わらず傀儡カラクリが反応した事に驚きつつも、カオリの前に立つ人物を見た。
一瞬の静寂の中に、赤いジャケットの学生服と呼ばれる服を着た少年が現れたわ……。
その少年はジャケットの襟を正しつつ、私の方を向いた。
「久しぶりだな魔王神サターン。こんな楽しいパーティーにカオリだけを誘って、俺を誘ってくれないなんてガッカリだよ。だから自分から出向いたぜ」
口調は明るいが、勇者アデューの瞳は鋭いナイフのように冷たかった。そして対抗するように一歩前に出た私は、
「ブヒブヒ。 パーティー券を渡そうと皆で街中探してもどこにも居なかったの。でも間に合って良かったじゃない……」
「クククッ……」
笑い声でアデューは答えた。
「フフフッ……」
笑い声で私も答える。
「クククッ……ハハハッ……」
「フフフッ……アハハッ……」
「クククッ……ハハハッ!」
「フフフッ……アハハッ!」
徐々に二人の笑いはエスカレートしていき――。
『ハーッハッハッハーーッ!』
「何が可笑しいの!」
悪魔のような顔で同時に高笑いを上げると、私は突然ブチ切れた。このアデュー勇者アデューの余裕っぷりが許せない……それにユイの姿も見当たらないし……。
そしてまた、空間に静寂が満ちるわ。
「楽しいさ。パーティーは楽しいのが当たり前だろう? サターンシティーのパーティーは違うのか?」
「……そうね。パーティーは楽しい。ではやよい、アタシと共に踊ってもらいましょうか。死のダンスを……」
満月の下の私は嗤った。




