☆003 王冠激突。
「久しぶりだな、ノルン。また小さくなったんじゃねえのか?」
「余計なお世話よ。そっちこそ成長してないみたいじゃない。頭も胸も」
憎まれ口を叩き合う二人の間に、見えない火花が弾けた。
長い赤髪のツインテールを踊らせながら、石壁の上から義賊団「紅猫」の首領、ニア・ベルモットが飛び降りる。続いて赤の王冠、「ブラッド・ルージュ」も同じように飛び降りた。
「赤」と「黒」。二つの「王冠」。
最強クラスのゴレムが二体対峙する。
ニアが軽く指を鳴らすと、赤の王冠であるルージュが大地を蹴り、右拳を対面のノワールへ向けて撃ち放つ。
放たれたその右拳を、黒の王冠・ノワールは同じように右拳で迎え撃つ。拳と拳が激突した瞬間、周りにビリビリとした衝撃が突き抜けた。
「久し振りに会ったんだ。戦わずに帰るってのは冷てーんじゃねえか?」
「あんたみたいにヒマじゃないのよ、私は」
ニア・ベルモットは力を求めている。弱い者を護る、正しくまっすぐな力を。父親が遺した「ブラッド・ルージュ」とともに。
ゴレム使いの経験値を上げるには、場数を踏むのが一番だ。しかし、「王冠」ともなれば相手を選ぶ。戦闘特化の「天災」シリーズか、武装型の「聖剣」シリーズなどならそこそこ相手になるかもしれない。だが、やはり一番いいのは同じ「王冠」である。
「能力」無しで考えるなら、黒の「王冠」であるノワールが一番相手に相応しいとニアは思っていた。
まず、使い手が悪い人間ではない。口が悪く、ひねくれてはいるが、ノルンの性根は真っ直ぐだ。だから勝とうと負けようと深く根にもたない。文句はブーブー言うだろうが。
次に、互いの「能力」を知っている。故に、本気の能力が発動してしまうこともない。もちろん、夜ならニアもノワールにケンカを吹っかけたりはしなかった。
最後にお互い同年代だということ。向こうはあんなナリだが。純粋にライバルとして負けたくないと思える相手だった。
故にニア・ベルモットはノルン・パトラクシェに戦いを挑む。強くなるために。
ルージュの唸るような左ストレートが、ノワールに向けて繰り出される。ノワールはそれを躱し、マフラーをなびかせて、相手の側面へと回り込む。城壁をも破壊する蹴りがノワールから放たれるが、クロスした腕でルージュは難なくそれを受け止めた。
「ルージュッ! 第一装甲展開!」
『了解』
ニアの言葉により、ルージュの両腕の装甲が変形して一回り大きくなる。
ブラッド・ルージュ。破壊の炎と鮮血の拳を司る赤の王冠。
「くっ、小冠武装……!」
あの拳はゴレムの能力ではない。ルージュに備わった元々の装備である。
「小冠武装」と言われる、王冠の特殊補助装備。それがルージュの場合、両腕に装備されているのだ。
振りかぶった拳がノワールを襲う。寸前で躱されるが、叩きつけた拳はそのまま地面を大きく抉った。
拳の周りに強力な重力場とも言えるものが発生しているのか、その破壊力は数倍にアップしている。
素手でやり合うには分が悪い。かといってノワールの持つ剣では太刀打ちできないだろう。ノワールが腰に差している剣は、小冠武装などではなく、普通の剣なのだから。
あいにくとノワールの小冠武装は手元には無い。
「ノワール!『武器召喚』。No.09「シュレディンガー」!」
『了解』
ノワールの手の中に、小型の二丁拳銃が現れた。
「武器召喚」は王冠能力ではなく、普通の能力である。故に代償を必要としない。
取り出す武器も「再生女王」である姉の作品である武器類だ。
とはいえ、古代遺跡から発掘された武器類を再生したものだから、そこらへんの武器よりはるかに性能が高い。
中には巨大ハンマー「ニュートン」のように、王冠能力を使わなければ扱えないものもあるのだが。
ノワールの両手にある二つの銃から光の矢が放たれる。「シュレディンガー」は普通の銃ではなく、魔法銃だ。
放たれた光の矢をルージュは巨大になったガントレットで弾く。防護障壁が展開している両腕部分ならこういったことも可能なのだ。
ガントレットで機体前面をブロックし、突撃しようとしたルージュだったが、足元に魔弾を撃ち込まれ、その場で停止する。
立て続けに乱射され、ルージュは踏み込むタイミングを完全に失っていた。
「遠くからちまちまと……! 正面からこいっての!」
「殴られるとわかっていて、突っ込む馬鹿はアンタだけよ」
減らず口を叩きながら、ノルンは考える。互いに決め手が欠けている状態ではあるが、こちらの方が分が悪い。
あの「小冠武装」に対応できそうな装備がないわけではないが、どうしても王冠能力を使うことになる。
ノワールの能力は昼間に使用すれば代償は倍、効果は半減。こんな馬鹿らしい戦いで、せっかくの自分の時をまた失うのは、ノルンにとって我慢ならない。
一、二秒の使用であれば、一ヶ月ほどの代償ですむかもしれないが、それでもこの馬鹿にそんな代償を払うのは腹が立つ。
だからこの馬鹿と顔を合わせるのは嫌だったのだ。
「ああもう、面倒くせえ! 一気に決めろ、ルージュ!」
魔弾の雨をガントレットで捌きながら、ルージュがノワールに肉薄する。多少の被弾を気にもせず、真っ直ぐにルージュが突っ込んでいく。
至近距離まで迫ったルージュの渾身の一撃を、城壁を背にしたノワールが空中へと逃れる。そのまま城壁を粉砕したルージュが、今だ空中にあるノワールを見て拳を構えた。
「もらったッ!」
ニアが叫ぶ。空中では避けようがない。あとは落ちてくるノワールに一撃をくらわせるだけだ。
だがそれは、ノルンの考えたシナリオ通りの結果だった。
「ノワール!『武器召喚』、No.10「ニュートン」!」
『了解』
ノワールが持っていた二つの魔法銃「シュレディンガー」が消え、代わりに巨大なハンマー、「ニュートン」が現れる。
「なっ!?」
当然ながらこんなにも巨大なハンマーを、能力無しのノワールは扱うことができない。呼び出されたハンマーは振りかぶられることもなく、自然落下するのみ。そう。眼下のルージュ目がけて。
ズドォォォォン! と大地を揺るがす衝撃が響き渡り、破砕された石ころが辺りにバラ撒かれる。
土煙がもうもうと立ち込め、辺りの視界を遮る。一陣の風が吹き土煙が払われると、そこに互いに静止した状態の赤と黒の姿が現れた。
ルージュの右手はノワールの頭を掴み、ノワールの手に再び現れた魔法銃はルージュの首元に突きつけられていた。
「ち、相討ちか。しゃあねえ、仕切り直して、あ痛ッ!?」
不敵に笑うニアの頭上にエストの拳骨が落とされる。ゴッ、とかなり痛そうな音がした。
「それ以上は認められません。あなたたち二人がこれ以上ぶつかり合ったら、この場所がばれるでしょうが」
「い、今までばれなかったし、大丈夫だろ!」
「なんで、貴女は、そう、浅はか、なんです、か?」
「てっ!? 痛ッ! あたっ! あいっ! ちょっ! やめっ!」
リズミカルにエストのチョップがツインテールの頭頂部に炸裂していく。義賊団の首領である少女は涙目になってひたすら謝っている。それを団員たちは引きつったような苦笑いを浮かべて、ただ眺めていた。
確かに能力無しとはいえ「王冠」同士の激突は凄まじい。森の奥で結界を張ってあるといっても、周りに人の目がないわけではない。山の獲物を求めて猟師だって来るだろうし、木こりだって来るだろう。
先ほどのような衝撃を響かせていたら、街道を通りがかった旅人が不思議に思い、王国騎士団の耳に入らないとも限らない。
とりあえず、戦闘が終わったことにコレットはその大きな胸を撫で下ろした。
ちら、と横を見ると、自分よりもホッとした表情で佇むゴレムの少女がいる。本当にゴレムなのか時折り疑いたくなるような仕草をするその少女は、おそらく想い人(?)の無事を喜んでいるのだろう。
「まったく……無駄な労力を使ったわ。ノワール、エルフラウ、行くわよ。これ以上変なことに巻き込まれないうちにね」
「なんだ、もう行くのかよ。飯くらい食ってけばいいのに」
自分の頭を撫でながらニアが声をかける。この少女に含むところはない。だからこそ、ノルンはこのニア・ベルモットという少女が苦手だった。
砦を出て行こうとするノルンに、今度はエストが声をかける。
「それではノルンさん、くれぐれもお気をつけて」
「何に気をつけたらいいのかわからないけど。とりあえず行ってみるわ」
ノルンが軽く手を上げてそれに応え、砦を出て行く。次いでノワールとエルフラウ、コレットにハヤテが続く。
「じゃ、副首領。あたしも行ってくるっス。定時連絡は5チャンネルでするっスから」
「わかったわ。あなたも気をつけて」
「了解っス」
にひっと笑ってユニがノルンたちのあとを追いかけて砦を出て行った。
それを見て、ニアが首を傾げる。
「? なんでユニのやつがあいつについて行くんだ?」
「聖王都までちょっとした道案内です。ユニは聖王都で休暇に入りますので」
エストは適当な嘘を並べ立て、ニアの疑問を受け流す。
「? よくわんかんねえけど、まあいいか。しっかし、やっぱルージュにだけ戦わせんのは性に合わねえなあ。どうにかして魔法とか覚えてえけど……」
この世界、魔法というものは一部の限られた人間にしか扱えないものだった。かつて古代文明時代には、人はその力を使い、様々な古代機体のゴレムを生み出したと言われる。
だが、その魔法は使える者と使えない者に、はっきりと分かれていた。さらに言えば、使える者もピンからキリまでいて、正直に言えば不安定な才能によるものであったのである。
そして魔法を使えるからといって、権力や地位を持てるかというとそうでもない。なぜなら「古代機体」のゴレムなら魔法使いに匹敵、いや、それ以上の働きができたからである。
故にこの世界の魔法使いとは「変わり者」と見られることが多い。軽蔑や忌避される存在では決してないが、廃れつつある効率の悪い技術を学ぶ者、という形で。
敵を吹き飛ばすなら大砲を使えばいい。空を飛ぶなら飛行艇を使えばいい。戦うのならゴレムに任せればいい。わざわざ苦労をして自分でしなくても、という概念が人々にはある。
しかしニアはそう思わない。かつて彼女が見た魔法の凄さはそんな考えを吹き飛ばすものであった。
彼女が出会ったその魔法使いは、山ひとつを己の力で吹き飛ばしてみせた(実際に吹き飛ばした瞬間は見てはいないのだが)。あそこまでは届かないにしろ、魔法は使い方次第で強力な武器になると確信したのだ。
それからニアは魔法の書物を手に入れて読んでみたりしたが、ちんぷんかんぷんでまったくわからなかった。やはり独学で学ぶには無理がある。
「魔法を覚えたら覚えたで、貴女は無茶するのが見えています。あまり覚えてほしくはないですね」
「ひどっ!?」
エストの言い草にニアが呻いていると、傍らの自分のゴレムも深く頷いていた。
「ったく、余計な労力を使ったわ。だからあの馬鹿と顔を合わせるのは嫌なのよ」
ノルンがぶつぶつと文句を言いながら山道を下りていく。
「自分勝手で横暴。おまけに人の話を聞かない。他人の迷惑を考えなさいってのよ」
ぷりぷりと怒るノルンを見ながら、それは貴女も同じでは? という言葉を飲み込んだ。まだ二人しか知らないが、王冠所持者というのは性格的になにかしら問題を抱えているのでは……と思ってしまう。
「ノルンさんとウチの首領は相性悪いっスねえ。エルカ博士とは馬が合ってたのに」
「変人同士気が合うんじゃないの。ウチのお姉も馬鹿だし」
ユニの言葉に振り向くことなく、ノルンがキツイ言葉を返す。世界で五本の指に入るゴレム技師を捕まえて、馬鹿扱いするのは彼女くらいであろう。
「フェンリルがいなけりゃ旅なんかもできやしないわ。一人なら今ごろ野垂れ死んでいるわよ」
フェンリルはエルカ博士の護衛兼保護者である狼型ゴレムだ。人語を話し、その知識と気配りはもちろん、戦闘も一流という「王冠」クラスの力を持っている。
ノルンはこの狼型ゴレムには絶対の信頼を置いていた。彼が側にいる限り、姉に滅多なことは起こるまいと。
「いやあ、フェンリルさんがいても万全じゃないっスよ。実際、博士は呪いの魔道具の罠にかかって、昏睡状態に……」
「昏睡……? ちょっとどういうこと!? お姉になんかあったの!?」
振り返ったノルンがユニに詰め寄る。さっきまでの不満気な態度は消え去り、心配と怒りが混じった表情が浮かんでいた。
「い、いや、確かに呪いをかけられて昏睡状態になったっスけど、ちゃんと解呪してもらって元気になったっスよ! 問題ないっス!」
あまりの剣幕に焦りながらユニがそう答えると、ノルンはホッとしたように息を吐いた。
なんだかんだ口では文句を言いながら、その実、姉のことを心配している少女を見て、コレットは思わず笑みを浮かべてしまう。
それがまずかった。
「……コレット。あんたなに笑ってんのよ?」
「え? いや、お姉さん思いだなあって……」
「なっ、なに言ってのよ! あんな馬鹿姉、どうなっても構わないし! ただ放っておくと世間様に迷惑をかけるし、仕方なく、そう、仕方なく探してるんだから!」
眉を釣り上げてノルンが力説するが、真っ赤になった顔で言われても説得力がない。それがまたおかしくて、再びコレットは笑ってしまう。
「わっ、笑うにゃ──────ッ!」
照れ隠しなのか、ばちこーんっ! っと、ノルンの全力ビンタがコレットの大きな胸に炸裂する。大きな水蜜桃が、ぶるるんと揺れた。
「痛った────────ッ!?」
涙目でコレットがビンタを受けた左胸を押さえる。痛すぎる。紅葉の痕がができてるんじゃないかと心配するほどだ。
「右も出せ!」
「往復!?」
またされてはたまらないと両手で胸を完全ガードをしながら、コレットは逃げ出そうとする。逃がすかとばかりにノルンが飛びかかり、ガードの隙間から差し入れた手で、いつものようにもにゅもにゅと柔らかいそれを揉みしだいた。
「やっ、やめっ、ひゃあああああぁッ!?」
「なっ……前よりまた大きくなった!? くっ、あんたなんかしてるでしょう! 乳体操とかそんなの!」
コレットに背後からしがみついたノルンが、さらにもにゅもにゅと揉みしだく。
もにゅもにゅぷるるん、もにゅぷるん。
「……なんスか、これ?」
ユニは目の前で繰り広げられている痴態の説明を、自分の横にいたメイド少女に求めたが、彼女からは引き攣り気味の曖昧な微笑みが返ってきただけだった。
ちなみに残りの二人、というか二体、ノワールとハヤテもこめかみを押さえながら瞼を閉じて目を伏せている。
あえて止めないということは日常的なことなんだろうか、と、ユニは再びもにゅもにゅされているコレットへと目を向ける。……確かにでかい。
それを見てユニは自分の胸をペタペタと触る。ノルンよりはあるだろうが、コレットにはもちろん、隣のメイド少女にも及ばない。少し虚しくなってきた。ノルンの揉みしだく気持ちもわからないでもない。
「こんなんで大丈夫っスかねえ……」
一抹どころか、二抹三抹の不安を感じながら、ユニはため息をひとつついた。




