☆002 「赤」と「黒」。
「あの馬鹿はいないわよね?」
「ニアですか? 彼女は第一砦の方にいます。何かと面倒なので、ノルンさんのことは伝えていません」
「じゃあ安心ね」
そう言うとノルンはエストの真正面に椅子を持ってきてどっかと座ったが、椅子が高すぎて、足が地面にきちんと着いていない。それでも構わず彼女は深く腰掛け、ふんぞり返るように腕を組む。
そのふてぶてしい態度に、エストは眉を顰めるようなことはせず、逆に微笑みを浮かべていた。
「それで? 頼みたいことってのはなに? こっちはさっさと馬鹿姉を探しに行かなきゃならないんだから、早くして」
「そうですね。では手早く。ここより先にあるカルネの街は聖王国と国境を接していることもあって、様々な商人たちが行き来しています。我々はそこに訪れる阿漕な商人などから、物資を頂戴しているわけですが、先日、興味深い書簡を一緒に手に入れまして」
「書簡?」
義賊を名乗る「紅猫」が奪った相手だ。碌な相手ではあるまい。興味をひかれたのか、ノルンの片眉がぴくりと動く。
「書簡はいわゆる受領書だったのですが、内容がちょっと。どうも大量のゴレムを受け取っているようなのです」
「街を任されているどこかの領主が注文したんじゃないの? 守衛兵のゴレムをたくさん配備する街もあるっていうし」
「いいえ。受領されたゴレムはどれも戦闘用。軍事用ゴレムです」
軍事用ゴレム。戦闘用に特化された工場製のゴレムのことである。軍機兵とも呼ばれる。
ゴレムの契約は一人一体。それが基本だ。ゆえに、国家や権力者たちが多数のゴレムを所持していても、それを一人で軍隊のように従えることはできない。
感応阻害のため、個体個体に細かい指示ができなくなるからだ。ただ移動させたり、同じ行動を反復させるだけなら可能だが、二、三体ならまだしも、それ以上の数を動かすとなると、強力な魔力を必要とする。
個人でそこまでの魔力を持つ者は稀であり、いたとしてもそれこそ無駄である。そこまで強力な魔力を持つのなら、一体の優れたゴレムに集中して操った方が、数倍の威力を発揮するからだ。
しかし、例外も存在する。それが軍事用ゴレム、軍機兵と呼ばれるゴレムである。このゴレムは数体でシンクロしており、一体のリーダーゴレムの指示のもと、独立した動きをさせることができる。
つまり、魔力の感応阻害を起こさないのだ。ゴレム使いからの命令を一度、リーダーである軍機曹が受け、そこから数体の軍機兵へと命令が下る。
このような命令系統で、軍事用ゴレムは統率された一小隊のように動くことができるのだ。しかし、それでもせいぜい上官機を合わせても五体が限界であり、やはり、きちんと契約された一人一体のパートナー型の方が臨機応変に対応できる。数を取るか質を取るかという話だが、そこは人それぞれだろう。
この軍事用ゴレムの小隊制を積極的に取り入れている国もあれば、一人一体のパートナー制をとる国もある。基本的に騎士団はパートナー制、軍隊は小隊制といったところか。
それぞれに長所短所があるのでどちらが優れているとは言い難いが、ノルンとしてはやはりゴレムをパートナーとして認識しているので、あまり軍事用ゴレムは好きではない。
「軍事用ゴレムの受領書……? 妙ね」
「気付きましたか」
我が意を得たりとエストが口元に笑みを浮かべる。
「この国、ストレイン王国も、その先の聖王国アレントも騎士団を有する国家だったはずよ。軍事用をゴレムを必要とするかしら?」
「そこです。引っかかったのは。そしてもうひとつ。この受領書の依頼人がサーズ・バクスター侯爵であるということです」
「サーズ・バクスター?」
「聖王国アレントで三大貴族と呼ばれているうちのひとつ、バクスター家の当主です」
「個人で軍事用ゴレムを手に入れたってこと? こんなにたくさん? なんのために……」
ますます怪しい。貴族が私兵団を持っていること自体はおかしくはない。また、人件費を減らすため、軍機兵を取り入れた、というのも有りといえば有りだろう。五体のゴレムを操るには五人のゴレム使いが必要だが、軍機兵ならゴレム使いは一人ですむ。
しかし、これが聖王国でも三大貴族と呼ばれる家ともなると話は別だ。
国の方針に逆らって軍事用ゴレムを揃えたところも怪しいし、人件費を渋るほど困窮してもいまい。そもそもこの数は私兵団としては多すぎる。これではまるで────。
「叛乱を企てている……?」
「のではないかと、私も思っています」
机の上で指を組み、エストはノルンをじっと見つめた。
国家転覆。武力による政権奪取。王位を簒奪し、新国家を樹立するとでもいうのだろうか。
「また大きな話になったわね。で? それと私がどう関係してくるわけ?」
確かに聖王国にとってみれば、国を揺るがす一大事になりかねない。しかし、ノルンは聖王国の生まれでもないし、知り合いもいない。所詮は他人事である。自分からどうこうしようとは思わなかった。
「叛乱が事実であれば、おそらく街は戦火に包まれるでしょう。罪も無い人々が犠牲となり、多くの血が流れるかもしれません」
「む……」
ノルンが口ごもる。確かにエストの言うとおり、あれだけの軍機兵を揃えているのだ。戦闘は折り込み済みだろう。聖王国の騎士団とぶつかるのは目に見えている。
街中で戦闘ともなれば、巻き添えを食う市民が出るかもしれない。いや、必ず出るだろう。そう思うと、ノルンはなんともモヤモヤとした気持ちになってきた。
「これを知った以上、我々は看過するわけにはいきません。直ちにその真偽を確かめ、それが事実ならなんとか阻止しようと思います。数ヶ月前まで我々は聖王国に潜伏していましたから、色々と伝手がありますし」
「で? 私にどうしろって?」
「そのお手伝いをしていただきたい。きちんと対価は払いますし、博士の行き先もお教えいたしましょう」
ひとつ息を吐くと、ノルンは椅子の上で腕を組み、背もたれにもたれた。地面に届かない足をぶらぶらと揺らす。
正直に言えば面倒だ。だけどここで断れば姉の行方はわからないし、このなんともモヤッとした気持ちのまま旅立たなければならない。
さらに言うなら、姉がもし聖王都に行っていた場合、どっちみち巻き込まれる可能性もある。なら、貰えるものは貰っておいた方が得なんじゃなかろうか。
ふと、傍らに立ち、何やら考え込んでいる巨乳メガネを見やる。
「そういや、あんたストレインの諜報員だったわね。ストレインとしてはどうなの、この状況?」
「わああああ──────────っ!?」
ノルンの言葉に周囲の赤猫たちが緊張した面持ちで、大声を上げたコレットに目を走らせる。義賊とはいえ彼らは犯罪者だ。国家の人間を警戒するのは当たり前である。
「ちょっ、そういうことをさらっとバラさないでほしいんですけど!」
「……ノルンさん、今の話は本当で?」
エストの目が微妙に細められる。アジトを国側の人間に知られるのはまずい。ここは本部ではないが、それでも放棄するにはまだ早すぎる。
さすがにノルンも空気の変化を感じ取り、ああ、と手を叩いた。
「大丈夫、ここのことは絶対に話させないから安心しなさい。いいわね、あんた。話したら町中にこれバラ撒くから」
ぴっ、と一枚の写真を懐から取り出し、コレットに見せる。
「ふゎあああぁ───────────ッ!!??」
コレットが目にした写真には、胸のサイズを巻尺で測っている自分の姿が写っていた。もちろん上半身は何も身につけてはいない。先日、また大きくなったような気がしたので、一人で測っていたところを撮られたらしい。
真っ赤になったコレットが、差し出された写真を奪い取り、ビリビリに破り捨てる。
「こっ、こんなのいつの間にっ!?」
「ふん、さらに大きくなったとか調子に乗ってるんじゃないわよ……? いいわね、ここのことを誰かに漏らしたら、それを町中にバラ撒いて、表を歩けなくしてやるわよ……?」
「きょっ、脅迫だっ! これは脅迫ですう!」
自分たちにとってありがたいことであるはずなのに、ノルンのあまりにも悪辣な遣り口に、若干引き気味の赤猫さんたちである。
「で? ストレイン側としてはどうなのよ?」
「うう……。うちと聖王国は昔はぶつかったこともありますが、最近は友好的な付き合いがありますし、叛乱はありがたくないですね。できれば阻止して欲しいところです。……ネガ返して下さいよう」
涙目のコレットを無視して、ノルンはまたも考え込む。
この叛乱が成功したとして、ストレインが黙っているだろうか。
もし聖王都から誰か王族が逃げ出して、ストレインへと亡命すれば、その王族に肩入れし、大義名分を持って聖王国へ攻め込む、というのもあるかもしれない。
「下手をすれば戦争が起こる……か」
「はい」
エストが小さく頷く。
そうなったら叛乱での被害など比ではない、もっと多くの犠牲者が生み出されるだろう。ノルンにとって関係ないと言えば関係ないのだが、なんとも気分が悪い。
そこへんまで計算しているであろう、目の前の女狐を睨みつける。
「ぐぬぬ……面倒だけど、引き受けるわよ。その代わりちゃんと貰うものは貰うからね!」
「もちろんです」
微笑むエストになんかいいように操られた気がして、ノルンは大声を出す。
「それと確認になるんだけど。この叛乱疑惑のことをあの馬鹿は知ってるの?」
「ニアですか? いいえ、話してません。話せばどうなるか火を見るよりも明らかですから。おそらく侯爵邸に単身乗り込んで行くでしょうね」
エストの答えにノルンではなく、コレットが首を捻る。ニアとは「紅猫」の首領、ニア・ベルモットのことだろう。
「なんでこのことを「紅猫」の首領に秘密にしてるんです? 赤の「王冠」を持つその首領ならかなりの戦力になるんじゃ?」
「戦力にはなるでしょうね。代わりに面倒も増えますが」
「コレット、あんた聖王都を火の海に変えたいの? 「王冠」の力を舐めるんじゃないわよ?」
真剣味を帯びた二人の声に、コレットは背筋に冷たいものを感じた。
「ニアはまだ「王冠」を使いこなせていません。力の加減ができない。まずは感情をコントロールできるようにならないと」
「王冠」の力は何かしら制約があるとはいえ、強大すぎる力だ。その力がひとたび暴走すれば、大いなる災厄となって襲いかかってくるだろう。
「そのおかげで「ルージュ」がやられて、エルカ博士に修復を頼むことになってしまったのですよ。少しは大人しくしてもらいたいものです」
「「赤」がやられた? なにやったのよ、あの馬鹿」
ノルンが目を丸くする。攻撃力だけならノワールよりも上である、あの赤の「王冠」をそこまで追い詰めるとは、まさか……。
「相手は紫の「王冠」。ファナティック・ヴィオラを持つ、「狂乱の淑女」です」
「ファナティック……聞いたことはあるけど。そいつと戦って負けたってこと?」
「負けたと言うか、奇襲された上で逃げられたという感じですね。ですが、正直助かったと思っています。あの王冠……「紫」とニアの「赤」は相性が悪い」
やはり。王冠を倒し得るのは王冠だけ。それならば「赤」がやられたというのも頷ける。
ノルンは「紫」には会ったことはない。しかし、噂だけなら聞いたことがある。
ある人曰く、町の住人全ての手足をもぎ、惨殺したとか。
ある人曰く、自らの片眼を自分でくり抜き、それを食べたとか。
ある人曰く、人間の臓物をコレクションしているとか。
共通して人々が話に上げるのは「狂っている」と、いうこと。
「あまり会いたい相手じゃないわね……」
「王冠」の力は絶大だ。それ故に、その力に取り込まれた者や、溺れた者もいる。「紫」もそういった人間なのかもしれない。
「っていうか、うちのお姉が「赤」を直したのね。よく材料が揃ったこと」
「ひょんなことから知り合った御仁に神金を譲っていただきましてね。色々と助けていただきました。不思議な方でしたよ」
「ふーん」
ノルンは興味なさそうに返事をしたが、神金を持っている時点でそいつを怪しいと感じた。国家レベルの希少金属である神金を持っているということは、何処かの国の回し者……それもかなり上の人間である可能性が高い。
あるいはどこかの組織に繋がる者かもしれない。そんなタイミングよく神金を提供するなど、何かしら裏がある。
どちらにしろ、今現在は「赤」に協力しようとしている輩がいるということか。この先も協力者でいるかはわからないが。
「それで? 私はどう動けばいいわけ?」
「とりあえず国境を越え、聖王国へ。そして聖王都でバクスター侯爵について色々調べてもらいたいのです。我々の方でも調べますが、いざという時に力を貸してもらえれば。多少荒っぽいことになるかもしれませんので」
なにせ、叛乱を起こそうという奴らなのだ。穏便に行くとは最初から思っちゃいない。
妙なことになったと、ノルンはため息をつく。ここの副首領は首領とは別の意味で苦手だ。いつの間にか手伝わされてしまっている。
まだまだ丁々発止と渡り合うには経験が足りないと、ノルンは痛感していた。
気持ちを切り替え、椅子から降りて、後ろに控えていた二人へと視線を送る。
「て、ことで聖王国へ向かうけど、いいわね?」
『御意』
「私はマスターが行くのであれば、何も文句はありません」
ノルンが連れの二人……もとい二体に声をかける。まあ、ノワールにしろエルフラウにしろ、反対するはずもないのだが。
「では、ここから聖王都近くまでは我々の馬車で送ります。連絡員にユニを付けますので」
「よろしくお願いしまっス」
ポニーテールに赤いマフラーの少女が、にひひと笑う。この少女がノルンらに同行し、聖王都での世話役となるらしい。
「聖王都にあるアジトはまだ見つかっていないはずなので、好きに使って下さい。地下道にある寝ぐらですが、なかなか快適ですよ。たまにネズミが出ますけどね」
「ネズ……っ……!」
エストの説明を聞いて、コレットが身を強張らせる。まだ共に旅をして短いが、彼女がネズミに弱いことをノルンは知っていた。が、タダで住居が提供されるのだから、それぐらい我慢しろ、と思う。ネズミの一匹や二匹なんだというのだ。
「さて、じゃあ聖王都へ向けて出発し……」
よう、とノルンが一歩足を踏み出そうとした、そのとき。
「ちょいと待ちな! あたしに挨拶無しでサヨナラたあ、みずくさくないかい、「黒」の!」
「げ……!」
朽ちかけた石壁の上に立つ、真っ赤な髪をツインテールにした少女を見て、ノルンが顔を顰める。
歳はコレットと同じくらい。赤いジャケットとショートパンツ姿のその少女の傍らには、真紅の鎧を纏った一体のゴレムが付き従っていた。
燃え盛る焔を象ったような意匠。そして放たれる王者の威風。コレットは一目でこのゴレムが「王冠」であると確信した。どことなくノワールに似ているのだ。その小さいボディも、堂々たる風格も。
と、いうことは、この不敵な笑みを浮かべるツインテールの少女こそ、この義賊団「紅猫」の首領、ニア・ベルモット。
「赤」と「黒」。
二体の「王冠」が今、コレットの目の前で互いに目を逸らすこと無く、対峙していた。




