☆004 アジトにて。
聖王都アレン。聖王国アレントの首都であるこの都は、雑多な人種と活気に満ち溢れていた。
「紅猫」の依頼を受けたノルンたち一行は、カルネの街でゴレム馬車に乗り込み、数日かけてやっと聖王都へとやって来た。
ストレイン王国の王都、シルエスカと比べると、幾分かこちらの方が発展しているように見える。何台ものゴレムが通りを行き交い、シルエスカとはまた違った、流行りの服を着込んだ娘たちが談笑しながらコレットたちの横を通り過ぎていく。
煉瓦造りでできた家並みの隙間から、遠くに王城が見えた。真白き壁と赤き尖塔。威風堂々とした城である。その城を歩きながらなんとなしに眺めていたコレットの横で、ノルンが堪りかねたように口を開く。
「とにかくまずは食事にするわよ。せっかく聖王都に来たんだから名物を食べないと損だわ」
「名物っスか。アレン焼きってお菓子があるっスよ。もちもちした生地の中に卵と砂糖、牛乳で作ったクリームをたっぷり入れて焼いたやつっス。めちゃ美味いっスよ。あ、あれっス」
ノルンの言葉に、アレンを案内していた義賊団「紅猫」の団員、ユニが通りに並ぶ屋台の一つを指差す。
その屋台には円形に窪んだ金型が並び、店員がそこに生地を流し込んで、その上にクリームを乗せていた。ある程度焼けてから金型をひっくり返し、二つの生地でクリームを挟みこむように焼いていく。やがて金型を開くと円筒形の焼き菓子が完成した。
ユニはできたばかりのアレン焼きを四つ購入し、ノワールとハヤテ以外に渡していく。
「あの、ユニ様? 私は必要ないんですけど……」
「あー、そういやそうだったっスね。つい普通に買ってしまったっス……」
困ったような表情を浮かべるエルフラウを見て、ユニは本当に彼女がゴレムなのかと何度も思ってしまう。
それほど隠すことでもないし、どうせ一緒に行動するならいつかはバレるということで、エルフラウが擬人型のゴレムであることは、旅立ってすぐユニに明かされた。
あまりの精巧さに初めは冗談だと思っていたユニも、様々な証拠を見せられれば、信じざるをえなかった。
「別に食べられないわけじゃないんだから、食べればいいのよ。どうせユニの奢りなんだから」
「あれっ!? いつの間に奢りになってるんスか!?」
ノルンの言葉に慌てるユニを見て、エルフラウはくすっと笑う。そしてそのままアレン焼きを口にした。エルフラウには食物をエネルギーに変換する機能はあるが、味を識別する機能はない。熱い食べ物で、カロリーが高いということはわかるがそれだけだ。
だが、二人の気遣いは嬉しかった。
そんなエルフラウを見ながらコレットもアレン焼きを頬張る。
「確かに美味しいですね。クリームがたっぷりで……太らないか心配になりますけど」
「あんたの場合、全部胸にいくわよ。そろそろ垂れてくるから、せいぜい気をつけることね……」
「なんでそういうこと言うんですかぁ!?」
瞳の光を消したノルンがぼそりとつぶやく。
行儀が悪いが、食べながら街中を歩き、通りの角にあるオープンカフェへと入った。ノワールとハヤテは店前の長椅子に腰掛けて、食事が終わるのを待っている。
テラス席についたノルンはメニューを開くと、食べたことのない料理を片っ端から注文した。
相変わらずこの少女はよく食べる。成長期といえば成長期なんだろうが、ひょっとして失った身長を取り戻そうとしているのかもしれないとコレットは思った。
ガツガツと食べ続けるノルンをよそに、自分たちの食事を食べ終えたコレットとユニは食後のコーヒーを、エルフラウは紅茶を飲んでいた。
店に入る前に雑貨屋で買った新聞を、コーヒーを片手にユニが読んでいる。
「特に変わった記事は無いみたいっスねえ。お? 近くパナシェス王家の王子が聖都にやってくるみたいっスね」
「パナシェス? ひょっとして『青』の王冠の?」
ユニの言葉にコレットが反応した。何体いるかもわからない「王冠」シリーズの中で、おそらく一番有名なのがパナシェス王家の所有する「青」の王冠、「ディストーション・ブラウ」である。
詳しくはコレットも知らないが、噂では完全なる防御、比類なき攻撃力、おまけに転移能力まで持っているとか。
だが、「王冠」である以上、その力に何かしらの代償を払っているはずだ。コレットは同じ「王冠」持ちのノルンへと視線を向けた。
「ノルンさんは『青』の王冠の契約者に会ったことってあるんですか?」
仮にもそのマスターは一国の王子。さすがに面識はないかと冗談半分で聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「あるわよ。ニアと違った方向で面倒くさい王子だったわ。うっとおしいから二度と会いたくは無いわね」
パスタを口に運びながら眉を顰めるノルン。それを見て、コレットはまたか、と苦笑いする。やっぱり「王冠の契約者、まともな奴いない説」はあながち外れじゃないと確信する。
巷では「青」の王冠を操るパナシェスの王子様は、「調停者」と呼ばれ、無益な争いをその力で鎮めると聞くが、やはり噂は噂なのかとコレットは思った。
「ウチの首領も似たようなことを言ってたっスね。しつこくてうっとおしいって。頭にきたからぶんなぐったとか言ってたっスけど」
「ああ、すごくわかるわ。私も殴ったし」
一国の王子をそんなにボコボコ殴っておいて、よく無事ですんでいるなあとコレットは絶句したが、相手も「王冠」の契約者だ。まともな王子じゃないんだろうと想像する。例えば殴られて喜ぶドMとか。最悪王子だ。
「それであのアホ王子、いつ来るって?」
「ひと月後らしいっスね。聖王家王女の誕生日に合わせて来るみたいっス」
「じゃあそれまでにこっちの用事を片付けないといけないわね」
注文した全ての料理を食べ終えて、ノルンは置いてあった果実水を飲み干した。
「まずはうちのアジトに行くっスよ。そこで情報を手に入れるっス」
それを聞き、コレットがどんよりとした表情を浮かべる。そのアジトとやらは地下にあるらしい。いや、地下にあるのは別にいいのだ。コレットはそこに出るというネズミだけが苦手だった。
カフェを出て、ユニの案内で聖王都を歩いていく。
人の少ない裏通りを抜け、東地区へと向かう。東地区は貧民街とまではいかないまでも、あまり裕福ではない者たちが多く住む地区だった。
ユニたちはその寂れた町並みのさらに裏路地へと入っていく。行き止まりのそこには表の店の商品だろうか、大きな木箱が山のように積まれていた。
その木箱の隙間をくぐるようにして抜けると、木箱に囲まれた地面に大きなマンホールの蓋があった。
「ここから入っていくわけ?」
「そうっス。この都には昔の地下道がいくつもあって、隠れるにはうってつけなんスよ」
マンホールの蓋を開けて、ユニが地下へと下りていく。エルフラウがそれに続いたが、ネズミがよほど嫌なのか、次のコレットが躊躇ってなかなか下りない。
「……突き落とすわよ?」
「下りますよお!」
ビクビクとコレットが下りて、ノワール、ノルンと続き、最後のハヤテがマンホールの蓋を閉めた。
地下道はそこそこ大きな作りになっていて、ハヤテが立って歩けるほどの高さがあった。
昔、それこそ何百年単位での昔だろうが、廃棄された地下道が今だにこうして使えることにノルンは驚く。かつてはもっと大きな地下道を、ゴレム馬車のようなものが人を大勢乗せて行き来してたとも言われているが、その一部なのだろうか。
通路には魔光石の明かりがところどころに設置してあってそれなりに明るい。明るいがため、その姿をはっきりと見てしまう。
「うひぃぃ!?」
コレットが涙目で横にいたエルフラウにしがみつく。少女を驚かせた一匹のネズミが、チョロチョロと闇の中へと消えていく。
あまりにもビクビクと怯えるので、エルフラウがコレットの手を握ることになった。悲鳴が上がるたび、ノルンはうっとしそうにしていたが。
やがてユニはある一角の壁の前に来ると、そこらの石を拾い、コン、ココン、コン、コン、というあるリズムで壁を叩き始めた。ノルンたちが首をひねっていると、壁の一部に隙間ができて、横開きの扉のように壁にポッカリと通路ができた。
「さ、入るっス」
壁の奥に現れた通路に全員が移動すると、通路の陰にいた赤いバンダナをした二人の男が隠し扉を閉めた。二人とも「紅猫」の団員だろう。さっきの石を叩く音は開閉の合図だったわけだ。
隠されていた通路を進むと、そこらに「紅猫」のメンバーが座り込んで眠ってたり、小さな机でカードゲームをしたりする姿があった。
通路をまっすぐ進むと、やがて大きな金属の扉があり、その前に赤いバンダナを首に巻いた巨漢が立っていた。
「あ、ユニさん、お帰りなさい」
「ただいまっス。客人を連れて来たっスよ。大佐たちは中っスか?」
「ええ。さっき帰ってきたとこで」
そう言って巨漢の男は重い扉を開いてノルンたちを中へと導いた。
部屋の中には三人の男女が粗末なテーブルに腰掛けていた。
一人は三十代。口髭を生やした隻眼の軍人然とした男。
もう一人は二十代。褐色の肌に長い黒髪の異国風の気配を漂わせる女。
最後の一人も二十代。細目の笑顔を浮かべたひょろりとした青年。
「無事についたようだな」
ユニを見てコーヒーを飲んでいた口髭の男がニヤリと笑みを浮かべた。
「相変わらず悪党じみた顔ね、あんた」
「おやおや、そっちこそ相変わらず手厳しいな、ノルン嬢」
再び凶悪そうな笑みを浮かべて男がコーヒーを啜る。その様子を見てコレットがノルンに尋ねる。
「知ってる人ですか?」
「そこの凶悪そうなオヤジが『大佐』、無愛想な女が『中尉』、ヘラヘラしたのが『軍曹』よ」
ノルンの大雑把かつ失礼な紹介に、軍曹と呼ばれた青年が、隣の女性に声をかける。
「えー、ヘラヘラしてるかなあ、僕?」
「鏡が無いのか、お前の部屋には。言われたくなければもうちょっとシャンとしろ」
軍曹の方を向くでもなく、中尉と呼ばれた褐色の女性は、あっさりとそう切り捨てた。それを聞いた軍曹が大袈裟に悲しんでみせる。
「軍人さんなんですか?」
「元、な。どこの国かは勘弁してほしい。我々は過去も名も捨てている」
コレットの質問に大佐が答える。騎士団ではなく、軍人というからにはある程度絞られる。すぐに思いつくのは南のガルディオ帝国か、魔工国アイゼンバウトあたりか。
「大佐は先代首領からのメンバーっスよ。今回は軍機兵絡みなんでこっちに回ってもらったっス」
「軍にいた頃は軍機兵も扱っていたからな。今回の作戦にはうってつけってわけだ」
軍機兵。ゴレムの契約は一人一体といった縛りから解き放たれた、軍事用ゴレム。軍機曹と呼ばれるリーダーゴレムを中継することにより、複数のゴレムを同じように操ることができる。
一体一体の能力は低くても、その数は侮れない。契約者の魔力量にもよるが、だいたい一人で五体ほどを同時に操れるという。
「それはあまり当てにならんぞ。俺たちのいた軍にも三体しか操れない者もいれば、九体を同時に操れる奴もいた。かなり個人差がある。平均したらそれくらいになるかもしれんがな」
大佐がコレットたちの認識を覆すような発言をする。
「それでその、なんとか侯爵? は、今どういった状況なわけ?」
「サーズ・バクスター侯爵。このアレントで三大貴族と呼ばれている一人だな。過去を遡れば王族との血のつながりもあるとの話だ。ま、かなり薄いし、他の二家も同じようなものだがね」
「バクスター侯爵はここ数年、いろいろと問題を起こしている。下級貴族との決闘や、密貿易の疑いとかな」
大佐に続き、中尉が口を開く。それを聞いたコレットが首をひねった。
確か貴族同士の決闘とは、やむにやまれぬ事情があり、さらに同階級の身分の者同士しかできなかったはずだが。
そこらへんを尋ねると今度はヘラヘラした軍曹が答えてくれた。
「確かにその通り。侯爵であるバクスター卿と決闘できるのは同じ侯爵だけだよ。だから正式な決闘ではない。世間では侯爵を逆恨みした下級貴族……士爵が逆上した挙句、侯爵に決闘を申し込み、それを受けて二人は決闘を行った、と言われている」
「なにか恨まれる理由でも?」
「侯爵の話では下級貴族の恋人が侯爵に懸想したと言うんだな。それを侯爵は毅然と突っぱねた。あまりの悲しさにその女性は川へ身投げ。士爵の凶行はそれを逆恨みしての行動だと。決闘を受けたのは貴族としての情けだとね。もちろん勝ったのは侯爵だ。負けた士爵はこの決闘で命を落とした」
結局は女絡みのスキャンダルが原因か。ノルンは冷めた気持ちでそれを聞いていた。正直、どうでもいい。
「ところがこれには別の噂がある。士爵の恋人を侯爵が手篭めにし、さらに殺したという噂が。士爵も決闘ではなくて、なぶり殺しにされたとかね」
軍曹がその時ばかりはヘラヘラとした笑みを消した。
「あくまで噂だ。しかし、侯爵はそういった噂が立つような男だということだ。また、王家にも不遜な態度を取ることもあるらしい。やりたい放題だな」
大佐がそう言いながら胸ポケットから葉巻を取り出し、先をナイフで切って咥える。
「そんなやつをなんで国は放っておくのよ。ここの国王は馬鹿なの?」
歯に衣着せぬ言い方というものがあるが、ノルンはもうちょっと着せた方がいいとコレットは思った。ストレート過ぎる。
「そんなのでも国の中枢に食い込んでいるからねえ。簡単に排除できるもんじゃなさそうだよ。ま、その王家の弱腰がこの男をつけあがらせたんだろうけどね」
「やっぱり馬鹿じゃない」
軍曹の説明に、腕を組んだノルンが断言する。軍曹は苦笑しながら肩をすくめてみせた。
大佐はマッチで葉巻に火を付けて、ゆっくりと燻らすように紫煙を鼻から抜けさせる。
葉巻は肺に入れず、その香りを楽しむものだが、楽しんでいるのは本人だけで、ノルンはうっとおしそうにパタパタと手を振って煙を払っていた。
「そんな侯爵が軍機兵を大量に購入したという。しかも秘密裏に。間違いなく奴は何かを企んでいる。それがなにかはまだわからないが……」
「あんたたちはクーデターとか言ってなかった? 王様を殺して自分がその次の王様にー、ってやつ」
「簒奪ですか?」
「そう、それ」
ノルンがコレットに視線を向ける。その可能性は確かに高い。しかし、そう話は簡単ではない。
「たとえ侯爵が反旗を翻しても、聖都には聖騎士たちと、ナイトゴレム部隊がいる。そう簡単に簒奪など成功するものではない。しかも、バクスター侯爵はどっちかといえば国民にも上級貴族たちにもあまり人気はない。媚を売っているのはその他の下級貴族たちだけだ。自殺行為としか思えん」
「あんたらの思い過ごしじゃないの? 軍機兵のことだって、私兵団として買い求めただけで、さすがにパートナー制のこの国じゃバツが悪いから、隠していただけとか」
「そう簡単ならいいのだがな。……ひとつ気になることがあってな。侯爵の屋敷に出入りしている妙な男がいる。フードで顔を隠し、何者かはわからない。何度か尾けたが撒かれてしまった。俺たちが、だ。只者ではない」
手練れの軍人であった彼らを撒くのは容易では無いはずだ。確かに怪しすぎる。なにか重要な鍵を握っている人物なのかもしれない。
「そいつをとっ捕まえて吐かせる?」
「そんなことをして肝心の侯爵に警戒されてもな。うまいこと尾けて、何者かを突き止められればいいのだが」
中尉が舌打ち混じりにそんな言葉を吐く。それに対して、ノルンが腕を組んだまま、なんでもないことのように、皆に告げた。
「要はそいつに気が付かれないように監視できればいいんでしょ? 簡単よ」
「……なにか方法があるっスか?」
ユニの言葉にノルンが首肯する。
「うちの馬鹿姉はそういったものを作るのが得意だから。ノワール、【武器召喚】。No.11『フランクリン』」
『了解』
ノワールの手の中に、直径40センチほどの銀色の円盤状のものが現れた。それは上下に二枚の皿のように分かれると、上部の円盤がノワールの手を離れ、ふよふよと宙に浮き、空中を漂い始める。
「ノルンさん、これは?」
「偵察円盤『フランクリン』よ。ノワールの手にある方の円盤を見て御覧なさい」
コレットがノワールの背後から、円盤を覗き込むと、鏡のように磨かれた盤面に、何かが浮かび上がった。
それは宙に浮かび上がったもう片方の円盤から、こちらを見下ろした映像であることがわかる。
「これは……!」
「これなら気付かれずに追跡できるでしょう?」
大佐たちもノワールの背後に回り、映し出される映像を覗き込む。ノルン以外の全員がそちらに行ってしまったため、映っているのは彼女だけだが。
「しかし、あんなもんが浮いてたらめちゃくちゃ怪しくないですかね? 俺だったら撃ち落としますよ?」
空中に浮かんでキラキラと銀色のボディを反射している『フランクリン』を見上げながら、軍曹が眉を顰める。
「大丈夫よ。ほら」
ノルンがノワールに合図を送ると、空中に浮いていた円盤が、ふっ、と消えた。
「あ! 消えたっスよ!?」
ユニが驚きの声を上げる。他の者も忽然と消えてしまった円盤のいた辺りに視線を巡らせるが、一向に見えはしない。しかし視線を下へ向けると、ノワールの持つ円盤は部屋の中を上から映し出していた。
「別に本当に消えたわけじゃないわ。人間の目を誤魔化す機能がついているのよ。詳しい仕組みは知らないけど」
姉であるエルカが作った作品がどういう仕組みであるのか、ノルンにはさっぱりわからない。が、ほぼすべての道具を使いこなすことはできる。
銃の仕組みがわからなくとも、引鉄を引けば弾が発射されるということさえ知っていれば、敵は倒せるのだ。
「……確かにこれなら奴を追跡できるな。よし、ノルン嬢、力を貸してくれ」
「いいわよ。だけどその前にここじゃないまともな宿を提供して。煙草臭いのは苦手なの」
ノルンの言葉に大佐が苦笑しながら頷いた。しかし、誰よりもそれを喜んだのは、ノルン本人ではなく、ネズミと関わり合いにならずにすんだというコレットであったのは言うまでもない。




