表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤンデレ幼馴染に監禁されたけど、快適すぎた。  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/96

ただ、そのためだけに。


その一言で、室内の空気が明確に変わった。


セバスは静かに目を伏せる。

否やはない。

だが、続きを待っている。


「アレクが生まれて初めて、自ら執着を示した相手だ。それに――リナが救いたいと願った側の娘でもある」


セバスの睫毛が、わずかに揺れた。


愛しい妻。

その存在が関わるだけで、この一族のあらゆる判断基準は塗り変わる。

優先順位も、損得も、他人の運命の重ささえも。


ルシアンは卓上の別の資料を引き寄せた。

紙の上に、細かな術式線と補助式が幾重にも走っている。


忌み子たちの暴走を抑え、魔力の濁流を内側から整え、その身が壊れる前に繋ぎ止めるための魔導具。


愛しい妻が「忌み子を助けたい」と願ったからこそ、何度も何度も改良を重ねてきたものだった。


最奥だけではない。

浅い森の養成所でも、他の保護区でも、すでに何十、何百という忌み子たちに使ってきた術だ。


ルシアンの指先が、その線のひとつを静かに撫でる。

その眼差しだけが、わずかにやわらいだ。


「作るか」


低い声に、セバスが顔を上げた。


「……最新型を、でございますか」


「ああ」


ルシアンは設計図から目を離さない。

だが、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。


「忌み子を繋ぎ止める術なら、もうこちらに積み上がっている」


紙の上を滑っていた指先が止まる。


「浅い森でも、最奥でも、何度も使ってきた」


セバスは黙って聞いている。

主の声音が、説明ではなく、確信そのものへ沈んでいくのを感じていた。


「王国最大の切り札が、初代勇者の伴侶――救われぬまま保管されている初代魔王なら、答えは簡単だ」


ルシアンが、ゆっくりと目を上げる。


「救えばいい」


執務室の空気が、そこでわずかに張りつめた。


セバスの喉が小さく鳴る。

当然すぎるほど当然で、だからこそ途方もない結論だった。


王国は、勇者の願いを叶えると言いながら、何百年も初代魔王を救わず、ただ保管し、利用し続けてきた。

救済を餌に縛り、忠誠を言い訳に眠らせ、血だけを掠め取って兵へ変えた。


だが、ルシアンはそこに別の答えを見ている。


初代魔王は忌み子だ。

ならば救える。

救えば、初代勇者は必ずこちらへ傾く。


「初代魔王を救えば、初代勇者は仲間になる」


静かな断定だった。

だがその一言には、王国の喉元へ刃を当てるよりも、もっと深く、もっと後戻りのできない響きがあった。


セバスの胸の奥で、熱に似たものがゆっくりと広がる。


主は、ただ壊すだけの男ではない。

すべてを内側から食い潰し、王国の喉笛へ指をかけながら、それでも家族のため、妻のためなら、救うための術すら組み上げてみせる。


どこまでも冷酷で、どこまでも家族に甘い。

だからこそ、セバスの敬意は深くなるばかりだった。


「……坊っちゃまのために」


ようやく絞り出すようにそう言うと、ルシアンは小さく笑った。


「愛しい妻が、忌み子を助けたいと願った」


「アレクは平和主義を口にした」


その声音は、どこまでも静かだった。


そこでルシアンは椅子の背に深くもたれ、窓の外の闇を眺めた。

夜の底に沈んだ魔の森は、何も答えない。


「なら、静かに攻め落とせばいい」


真正面からぶつかる必要などない。

王国が自分で並べた盾を、王国の喉元へ向ければいい。


救えるものは救い、拾えるものは拾う。

その果てに残る国を、静かに呑み込めばいい。


アレクの言う平和主義とは、そういう形でも叶えられる。


セバスは、今度こそ深く頭を垂れた。


その双眸の奥に灯るものは、もはや単なる忠誠ではない。

世界を完璧に掌握しながら、なお家族の願いひとつで行き着く先まで変えてしまう主への、深く黒い敬愛だった。


「では、包囲は維持したまま」


「囲え」


ルシアンが言う。


「真実は知らせるな。知れば怯え、逃げ、壊れるだけだ」


机上の紙へ落ちた灯りが、わずかに揺れる。


「あの娘の周囲を、我が手の者だけで塗り潰せ。逃げ場のない網の中で、しばらく泳がせておけ」


セバスは静かに頷いた。


「アレクがどう手を伸ばすのか、見てみたい」


その言葉に、セバスの唇の端がほんのわずかに持ち上がる。


「……魔王軍、か」


ルシアンが、ふっと笑った。


息子が遊びのように口にした呼び名。

だが今やそれは、冗談では済まない響きを帯び始めていた。


勇者の末裔。

忌み子側の次代。

救うために手を伸ばし、呑み込むために囲う。


遊びのままでは、もう終わらない。


その笑みを見上げたセバスの双眸にも、わずかな愉悦が灯る。

主がこうして笑った後で、何も起きなかったことはない。


「承知いたしました」


一礼は深く、動作に一切の無駄はない。

そのままセバスは、影に溶けるように執務室を退いた。


扉が静かに閉まる。

部屋には再び、濃密な静寂が戻ってきた。


ルシアンは卓上の紙へ視線を落とす。


初代勇者。

初代魔王。

何百年も停滞した救われぬ願い。


その横に、アレクの名。

スゥの名。

新しく動き始めた小さな歯車。


「初代勇者も、俺と同族だな」


誰に聞かせるでもなく落ちた独白は、静寂の底へ沈んでいく。


愛した相手を生かしたい。

ただ、そのためだけに。


それだけで、男は眠り続ける。

それだけで、男は国を侵す。

それだけで十分だった。


ルシアンの指先が、紙の端を静かに押さえた。


そのための新たな魔導具は、すでに静かに組み上がり始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ