訪ねてきた者。
カン!!!
訓練場に金属音が響いた。
俺の渾身の一撃は、あまりにも軽く弾き返される。
キーーーン!!!
鼓膜を震わせる高音と共に、祖父の周囲に鮮やかな青白い魔術陣が展開した。
しまっ――!
ドーーーン!!!
直感のまま後方へと全力で跳び退き、爆風を回避する。
着地と同時に砂を蹴り、タタタタタ! と鋭く距離を詰め、長剣を斜め下から振り抜いた。
カキン! ガッ!!
「ははは! なかなかやるな、アレク!」
「……っ!」
祖父は笑いながら、俺の剣を軽く受け流した。
刹那、その指先から小さな魔術の光が弾ける。
ヤバい!
直撃したら腕が吹っ飛ぶ――!
俺は空中で身体を捻り、間一髪でその光球を回避する。
そのまま着地の勢いを利用して、長剣を祖父の喉元へと切り返した。
「おっと! 怖い怖い」
祖父は飄々とした笑みを崩さぬまま、首をわずかに傾けて刃を避ける。
完璧に遊ばれている。
息をつく暇もなく、視界の端で祖父の足がブレた。
くる――。
烈風を伴う鋭い回し蹴りが、俺の顔面を掠める。
上体を深く反らしてそれを回避すると、祖父が初めてその目を見開いた。
「ほう、これを回避するか!」
「父上と同じで、ほんと容赦無い!!」
俺のツッコミに、祖父は一瞬きょとんとした後、これ以上ないほど嬉しそうに目元を和ませた。
「その辺にしたらどうなの! そろそろ昼下がりよ!」
訓練場の端から、呆れたような、けれど温かい祖母の声が響いた。
朝食の席で祖父から手合わせを誘われ、軽い気持ちで引き受けたのだが、気が付けば太陽はすでに頭上を過ぎている。
じいちゃんは、父上の父というだけじゃない。
本人が、とにかく強い……!
隙があるように見せて、それはすべて罠。
こちらが手を出した瞬間には、すでに次の手が完成している。
どれだけ攻めても、彼の飄々とした余裕は一切崩れなかった。
はぁ……はぁ……。
「……さすが、です」
剣を納め、膝に手を突いて荒い息を吐く俺に、祖父が歩み寄ってカサついた手で俺の肩を叩いた。
「アレク。お前は対人向けではなく、魔物向けの癖が強く出ているな」
……そういえば。
実家じゃ暇さえあれば、結界の近くで魔物狩りばっかりしてたな……。
図星を突かれて苦笑する俺に、祖父の目が一瞬だけ冷徹な光を帯びた。
「対人での戦闘は、正攻法では勝てないぞ。本物の敵は狡賢く、こちらの情を揺さぶり、それでいてどこまでも残酷だ」
「……肝に銘じます」
重みのある言葉が、胸に深く突き刺さる。
祖父はすぐにいつもの破顔の笑顔に戻り、自身の衣服の土を払った。
「では、茶にするか」
「……はい」
***
「私が声をかけなければ、あなたたち、そのまま夜を越す勢いだったわね!」
庭園のガゼボ。
咲き誇る薔薇の甘い香りに包まれながら、祖母のマシンガントークが炸裂していた。
祖父は苦笑しながら温かい茶を飲み終えると、席を立ち、祖母の額にそっと優しい口付けを落とした。
「すまない、これより執務がある。アレク、またな」
そう言って、風のように去っていく。
「……逃げたな、じいちゃん」
思わずつぶやくと、祖母が楽しそうにクスリと笑い、今度は標的を俺へとロックオンした。
「ところで、アレク。あなたの理想は?」
「理想、ですか?」
「そうよ! 伴侶に求める、好みがあるでしょう?」
え……。
好み、理想……?
唐突な質問に、俺は思わず茶器を持ち直した。
前世の感覚で言えば、料理上手で、スタイルが良くて、顔はアイドルみたいで……なんて一瞬考えたが、すぐに馬鹿だ俺はと心の中で打ち消した。
「……挙げる理想の条件なんて、さして大切ではないですね」
「あら? 漠然としていては、見つかるものも見つからないわよ?」
「いえ。『この人だ! となる瞬間が、いつか必ず来る』と、父上や実家の執事たちが話しているのを聞いて育ちましたから。だから、あらかじめ決めた理想の女性像なんて、特に思い浮かびませんでした」
俺の言葉に、祖母は驚いたように目を瞬かせ、それからとても愛おしそうに目を細めた。
「そうね。……わかるわ。私もあなたの、あの不器用なじいちゃんと出逢った時、条件なんて関係なく、お互いに強く惹かれ合ったものだわ」
のんびりと茶を飲み終え、祖母と別れて自室へと戻る。
お湯を用意してもらい、汗と土をさっぱりと洗い流して着替えた、その時だった。
コンコン。
控えめなノックの音が響き、老執事が静かに頭を下げた。
「アレク様。当主様が、応接室でお待ちでございます」
じいちゃんが?
執務中のはずじゃ……。
それに、応接室?
いつも俺を可愛がってくれる私室ではなく、格式高い応接室という指定に、俺は微かな違和感を覚えながら廊下を歩いた。
カチャリ。
重厚な扉が開かれ、一歩足を踏み入れた瞬間、室内の奇妙な重苦しさに俺は足を止めた。
そこには、格式高い正装に身を包んだ一組の気品ある壮年の夫婦が、祖父母と共に向かい合って座っていた。
「お初にお目にかかります。アレクサンダーと申します」
俺は即座に表情を引き締め、父上譲りの完璧な美しい一礼を捧げた。
その仕草を見た壮年の夫婦が、息を呑むのが分かった。
「……アレク。失礼するぞ」
祖父が極めて低い声で呟き、おもむろに懐から見たこともないほど精緻な魔導具を取り出した。
キィィィン――。
鋭い駆動音と共に、部屋の床一面に巨大な魔術陣が幾重にも重なって展開していく。
これは……防音と遮蔽だけじゃない。
外からの探知や干渉まで断つ、最高位の認識阻害結界……!?
なぜ、屋敷の中でこれほどの強固な隠蔽工作を行うのか。
呆然とする俺を見つめ、祖父はこれまでに見たことがないほど冷酷な、王宮魔術師団長としての顔で静かに言い放った。
「ここで今から見聞きすることは、すべて――後でお前たちの記憶から抹消させる」
その言葉に、壮年の夫婦も悲痛な面持ちで深く頷いた。
「……え?」
記憶の抹消?
いや、後で記憶を消されるなら、そもそも今から聞く意味なくないか!?
……これから、記憶を消してまで何を聞かされるんだ?
俺の背筋を、冷たい戦慄が駆け抜けていった。




