手紙のお届け先。
「ひっく……。おい、綺麗な兄ちゃんだな~ぁ? ほら、ちょっと俺たちと『イイコト』しようぜ……」
酒臭い息を吐きながら、ガラの悪い大柄な冒険者が下品な笑みを浮かべて俺の肩に手を伸ばした、その刹那――。
ドッ!!!
「うぉっ!?」
「ぎゃっ!?」
「……っ!?」
絡んできた男を含む三人が、まるで見えない何かにまとめて薙ぎ払われたみたいに、突如として宙を舞った。
バッターン!!!
激しい衝撃音と共に、荒くれ者たちがギルドの硬い石床へ叩きつけられる。
彼らは白目を剥き、床の上でぴくぴくと規則正しく痙攣していた。
しーーん……。
騒がしかったギルド内が一瞬にして静まり返り、無数の視線が俺へと集中した。
俺は慌てて両手を頭の上に掲げ、全力で叫んだ。
「まだ何もしてません!! 俺は無実だ!!!」
ザワザワザワザワ……!
一拍置いて、ロビーに爆発的なざわめきが広がった。
カウンターの奥から、先ほどの受付嬢がひょこりと顔を出して激しく頷く。
「あ、えっと。はい……アレク様は本当に何もされてませんでした!」
「なんだよアイツら……勝手にすっ転んだぞ」
「ダサッ。新入りに色目使って自爆かよ」
周囲の冒険者たちが口々に嘲笑い、床の男たちを見下ろしている。
「ぴくりともしねえな……ったく、邪魔だな」
……ん?
待て待て待て待て。
アイツら、これ、意識を失ってるだけか……?
冷や汗が背筋を伝う。いや、俺にはわかる。
我が家の隠密が、ただの足払いだけで済ませるはずがない。
あのぴくぴく具合、絶対に急所まで綺麗に入ってる。
……これ以上、面倒事に巻き込まれてたまるか!!
「あ、あはは! じゃあ俺、急ぎの用事があるんで……もう行きます!!」
完全に挙動不審な声を残し、俺は逃げるようにギルドを飛び出した。
大通りへと戻ると、城下町の活気ある喧騒が再び俺を包み込む。
「……いや、助かったのは事実だけどさ」
小さく呟いてみるが、当然、虚空からは何の答えも返ってこない。
気配は完全に消えているが、護衛たちのドヤ顔が目に浮かぶようだ。
俺は大きなため息をひとつ吐き、懐から父上から預かった手紙を取り出した。
……ん?
改めて宛名の色褪せない高級な紙へ目を落とし、俺はふと、その家名の異常さに気が付いた。
気品ある飾り文字で記された紋章。
これ、どう見ても一般人宛てじゃない。
あきらかに、貴族宛ての手紙だ。
翻って、今の自分の姿を見る。
動きやすさだけを重視した、実戦用の超軽装。
「……これ、門前払い一直線じゃないか?」
悩みながらも、頭の中の地図に従って、俺の足は自然と高い城壁に囲まれた貴族街のエリアへと向かっていった。
美しく澄んだ水路に架かる、彫刻の施された石橋を渡る。
その先には、重厚な鉄格子の門と、磨き上げられた銀の甲冑を纏った門番たちが立ちはだかっていた。
「……当たって砕けろで行ってみるか」
意を決して進み出ると、門番が鋭い眼光で俺を圧した。
「通行許可証を提示せよ」
……あ、詰んだな。
許可証なんてあるはずがない。
俺は苦笑いを浮かべ、懐から一通の手紙を取り出した。
「持ってません。あの……代わりに、この手紙をしかるべき方へ届けてもらうことはできますか?」
父上から預かった手紙。
門番は不審そうに眉に皺を寄せ、手紙の宛先と、そこに捺印された差出人の紋章を確認した。
その、次の瞬間だった。
門番たちの顔つきが劇的に変わり、一斉に直立不動の姿勢をとった。
「はっ……!! 世界を股に掛けるあの『リナルシア大商会』の、ご、御本家様からでありましたか……! 大変な失礼をいたしました!」
「……へ?」
あまりの急転直下に、俺の思考が停止する。
「これより先、徒歩ですとかなりお時間がかかるかと存じます! 当門で管理しております馬車か馬、どちらをご用意いたしましょうか!?」
高待遇!!
なにそれこわい!!
実家の名前、この国の門番にまでどんだけ効くの!?
「あ、ば、馬車でお願いします……」
「かしこまりました! すぐにご用意いたします!」
ガタゴト、ガタゴト。
驚くほど揺れの少ない、ふかふかの馬車に揺られること数十分。
窓の外には、遠くから小さく見えていた真っ白な王城が、驚くほどの至近距離に迫っていた。
貴族街の最奥。ということは、お届け先は普通の貴族どころか、国の中枢を担う大貴族の邸宅だ。
キィー。ガタン。
心地よいブレーキ音と共に馬車が止まり、豪奢な白亜の邸の門番へと手紙が確認される。
敷地内に入ってからも、さらに馬車に揺られること数十分。
ようやく辿り着いた大宮殿のような玄関口で、上質な燕尾服を着た老執事が深く頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました」
旅装の軽装のままの俺。
普通なら不審者として捕まってもおかしくないのに、なぜかサクサクと、絨毯の敷き詰められた廊下を通って最高級の応接室までノンストップで通されてしまった。
カツカツカツカツ……。
静まり返った部屋の前に、廊下を急ぎ足で歩いてくる複数の靴音が響いた。
カチャリ。
扉が開き、老執事と共に、豪奢なドレスを纏った気品溢れる初老の貴婦人が入ってきた。
彼女は、ソファから立ち上がった俺の顔を見た瞬間、その美しい両目を限界まで見開いて絶句した。
俺は父上たちから徹底的に仕込まれた、完璧な美しい礼をとる。
「……っ。楽にして、お掛けなさい。……手紙を、見せてちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
俺がすっと手紙を差し出すと、控えていた使用人が、驚くほど手際よく極上の紅茶と焼き菓子をテーブルに並べた。
手持ち無沙汰になった俺は、香気溢れる茶に口を付ける。
その対面で、夫人が手紙に目を通した、その瞬間だった。
彼女の白い指先が、ガタガタと激しく震え出した。
バサッ!!!
夫人が美しい扇を広げて顔を覆う。
それを合図に、使用人がサッと彼女の側へと寄り添った。
夫人は扇の陰から、低く、しかし恐ろしいほど重い声で命じた。
「……すぐに、夫へ遣いを出しなさい。『今すぐ帰ってこなければ、死んでも死に切れないほどの後悔をすることになるわよ』とね」
めちゃくちゃ物騒な伝言を出したな、この夫人……。
俺が内心で冷や汗を流していると、夫人は扇を閉じ、今度はニコニコと弾けるような笑顔で俺に話し掛けてきた。
そこからは、怒涛のマシンガントークだった。
俺の好きな食べ物から、嫌いなもの、趣味に至るまですべてを質問攻めにされる。
「……それで、アレク。ご両親は息災かしら?」
「お気にかけて頂き、ありがとうございます。至極健勝に過ごしております」
「そう……! 本当によかったわ……。アレクと呼んでも良いかしら?」
「光栄です」
夫人は嬉しそうに目を細め、ポンと手を叩いた。
「では、次はあなたの滞在用の部屋を用意させなくちゃね!!」
「……は?」
滞在用?
俺、手紙を届けに来ただけなんですけど。
コツコツコツ。
カチャリ。
ノックの音とほぼ同時に、応接室の重厚なドアが勢いよく開け放たれた。
「孫が来ただと、本当か!?」
息を切らせて飛び込んできたのは、威厳に満ちた壮年の男性だった。
夫人が嬉しそうに立ち上がり、その男性の胸に飛び込む。
「ええ!! アレクサンダー!! アレクよ、あなた!!」
……孫?
脳裏に電撃が走る。
俺は慌てて立ち上がり、サッと完璧な一礼をとった。
「お初にお目にかかり、恐悦至極にございます。アレクサンダーと申します」
俺が本名を名乗った、その瞬間。
視界が反転し、俺の身体は強靭な腕によってガバッと力強く抱き締められていた。
「お前の祖父だ! 会えて嬉しいぞ、アレク!!」
「ルシアンに本当にそっくりで、私、最初に見たときは心臓が止まるかと思ったのよ!」
……俺の祖父母?
ということは、この人たちは父上の両親。
……つまり、とんでもない権力者!?
***
それからというもの、あれよあれよという間に、至れり尽くせりの最高級の部屋へと案内された。
薔薇の香りがする湯の世話をされ、気が付けば、格式高い家族が一堂に会する豪華なディナーへと参加するに至っていた。
長テーブルを見渡せば、そうそうたる面々が並んでいた。
祖父は、この王国の最高戦力たる王宮魔術師団長。
父上の兄であり、俺からすると伯父にあたる男性は王宮魔術師副団長。
伯母は、国内でも指折りの王宮治癒魔術師。
その隣には、俺より二歳上で、王立学園の卒業を控えた従兄まで座っている。
「これまで、色々と苦労したのではないか?」
祖父が温かい目を向け、切り出した。
「いえ、そのようなことはなく。毎日とても平和に過ごしております」
俺は、父上と母上の相変わらずの仲睦まじい様子や、十一歳になった妹エミリアの近況などを笑顔で話した。
もちろん、魔の森の最奥にある防衛情報などは、漏らさないように細心の注意を払って避ける。
「ふむ……。アレク、お前は父親に似て、非常に優秀で賢いな」
祖父がニヤリと満足げに笑みを浮かべ、伯父も優しく頷いた。
「安心しましたね。ルシアンがしっかりと育ててくれたようだ」
「ところで、アレクのお嫁さん候補なら、あの公爵令嬢の子はどうかしら?」
祖母が楽しそうにワイングラスを傾けながら提案する。
「アレクの十歳下だったな」
祖父が顎を撫でる。
まてまてまてまて!!!
嫁探しが完全にバレてる!!!
父上のあの手紙、一体何が綴られてたんだよ気になり過ぎるだろ!!
だが、今はそれどころじゃない。
「伴侶は……その、自分で探します!」
一同がどっと沸いた。
……だって、十歳下ということは、その令嬢、今六歳だぞ!?
魔の森のちびっ子たちと変わらないじゃないか!
俺は絶対にそんな幼子を狙うような趣味はない!!
犯罪者になりたくない!!
「アレクは、このまま王国に住まう気はないのか?」
祖父が真剣な眼差しをこちらに向けた。
「……いえ、俺には、いつか守らねばならない大切な領地がありますゆえ」
「ふむ。リナルシア大商会や、他の仕事まで引き継ぐには、やはりな……」
……って、じいちゃん、どこまで俺たちの裏事情知ってるんだ!?
冷や汗が止まらない俺に、祖父がいたずらっぽくウインクをした。
「もし気に入った娘がいたら、このじいちゃんにこっそり教えてくれ。裏から手を回してやるぞ?」
「ま! あなたったら物騒なことを。アレク、おばあちゃんに先に相談するのよ?」
その日の夕食会は、美味しい料理の香りと、家族の温かな笑い声に満ちていた。
気が付けば、俺まで普通に笑っていた。
だからこそ、与えられた自室のベッドに倒れ込んだあと、遅れて事態の重さに気付いて頭を抱える羽目になった。
「……え? これ、もし将来、我が家が王国を攻め落とすとしたら、俺、この優しいおじいちゃんおばあちゃんたちと全力で敵対することになるじゃないか……!!」
世界の半分を裏から牛耳る魔王軍の次期トップとして、俺はあまりにも重すぎる身内の事実に、ただただ枕に顔を埋めて悶絶するのだった。
叔父▶︎ 伯父。叔母▶︎ 伯母でしたm(_ _)m痛恨のミス!




