勇者の末裔。
『勇者の末裔』といえば聞こえは良いが、その実態は、王国によって大量生産された勇者の予備でしかない。
「次!!」
冷酷な男の声が響く。
今日、十歳を超えた私たち末裔は、王国が管理する『聖剣』への適性を確認される。
適性ありと認められた者は、次の聖剣の担い手を繋ぐというお役目に就く。
非適性とされた末裔たちは、王国の各所へ振り分けられる。
だが、それがどこなのかを知る者はいない。
生きて帰ってきた者が、誰ひとりいないからだ。
「次!!」
私の番だ。
台座に鎮座する聖剣を目の前にして、喉がゴクリと鳴った。
どうか……非適性でありますように。
そして、配属先が……せめて、いつか逃げ出せる場所でありますように。
「非適性。Bへ進め」
胸の奥で、小さく安堵の息を吐く。
指定された場所へ向かうと、一緒に施設で育った親友のレイが駆け寄ってきた。
「スゥもBなんだね! 一緒で嬉しい!」
「レイ。覚えてる? この施設からいつか外に出られたら、一緒に旅をしようって話」
「もちろん! どこまでも付いてくよ!」
ヒソヒソと、私たちはまだ見ぬ外の世界に淡い夢をみていた。
だが、そんな希望はすぐに打ち砕かれた。
「お前たちB組は戦闘適性がある。よって王国の盾となるべく、極限まで鍛え上げる。心して励め!」
戦闘適性……?
それは、どういう意味……?
それからの日々は、外に出るなんて夢のまた夢だった。
相変わらず施設内に閉じ込められたまま、「地獄」を骨の髄まで叩き込まれることになった。
五年後。
十五歳になった私たちは、施設内の広場にある壇上を見上げていた。
「最終試験だ。各自ペアを組め」
B管理官が冷酷に言い放つ。
「スゥ! 私と組んでくれる?」
「レイ! 何当たり前のことを聞いてるの」
私たちは迷わず手を握り合った。
この試験を終えれば、ようやく外へ出られるはずだ。そんな淡い期待が、私たちの胸に湧いていた。
……。
「……はぁ……はぁ……っ」
……なぜ?
……どうしてなの?
「ほら、息の根を止めねば終わらぬぞ。手を止めるなら、両方ともここで処分するまでだ」
管理官の嘲笑うような声が響く。
「……はぁ……はぁ……」
「……っう。スゥ……大丈夫。あなたになら……やって!」
私に組み伏せられたレイが、血まみれの顔で力なく微笑んだ。
「うぁあああ!!!」
絶叫と共に、私は剣を振り下ろした。
私の手の中で、ただ一人の親友が赤く染まり、動かなくなった。
なぜなの……どうして……。
私たちが、一体何をしたというの?
「よし。これで試験は終わりだな。生き残った者たち、よくやった」
あちらこちらで泣き叫ぶ声と、嘔吐する仲間たちの嗚咽が響く。
私たちは、赤く染まった親友の亡骸を運び、床を清掃した後、冷たい水をかけられた。
それから、いつもと変わらぬ粗末な食事を、無言で口に運んだ。
「明日から、野外訓練に移る」
管理官の言葉に、絶望の底でわずかに顔を上げる。
……野外訓練?
つまり、外に出る。
この地獄から逃げるチャンスだ。
「だが、その前にお前たちに『奴隷契約』を施す」
ザワザワ、と動揺が広がる。
「ははは! 脱走しようと思い立つ、バカな末裔対策だ。お前たちの命は、王国のものだ」
……終わった。
私たちは死ぬまで、この地獄から解放されることはないのだ。
***
野外訓練に明け暮れる日々を経て、私たちは『王国の盾』として鍛え抜かれ、精鋭部隊としてある要所へ配属された。
「あの森がみえるか?」
「はい。とても広大な森ですね」
「『魔の森』だ。絶対の禁足地として、ひとたび足を踏み入れれば生きて帰ることは叶わない」
「それは……恐ろしいですね」
「ははは! 我らは、あの魔の森から溢れ出た魔物を狩り、この地を守護する絶対の盾だ。誇りに思え!」
先輩が豪快に笑った。
ガサリ……。
噂をすればなんとやら。
鬱蒼とした森の境界から、凶悪な魔物が姿を現した。
(来る……っ!)
私が剣の柄に手をかけた、その時だった。
魔物は境界線の手前でピタリと止まり、なぜか怯えたようにふいっと方向転換して、魔の森の奥へと全速力で帰っていった。
さらに、別の場所から他の魔物が現れては、同じようにスッと踵を返して森へ戻っていく。
「……帰って行きますね」
「……そうだな」
「私たちは、いつ戦う予定ですか?」
「あの境界を越える魔物が現れた時……そのはず、だな」
先輩と雑談するなかでわかったことは、かの勇者が得た聖剣の力により、この王国はすでに守護されているのだということだった。
……なら、私たちはなぜ、あの施設であんな地獄をみる必要があったの?
なぜ、レイは死ななければならなかったの?
胃がひっくり返るような激しい吐き気に襲われ、私はトイレへ駆け込んだ。
他の仲間たちも同様に、王国の理不尽さに思うところはあったようだ。
だが、奴隷契約に縛られた心と体は別物のように動き、ただ魔の森からの脅威に備え、虚無の監視をする日々が続いた。
ああ……誰でもいい。
この理不尽な鎖を、断ち切ってくれる者が現れてはくれないだろうか……。
そう毎日、虚空に向かって願っていた。
そんなある日のことだった。
魔の森の境界線から、ひょっこりと『人』が歩いて出てきた。
……は?
……ま、待って?
今、絶対の禁足地である魔の森の奥から、平然と出てこなかった?
その人物は、まるでピクニック帰りのような足取りで、スタスタと街道へ向けて歩いていった。
「せ、先輩!! 人が!! 人が魔の森からひょっこりと!! 見てください!!」
私は慌てて隣の先輩の肩を揺さぶった。
「はぁ? どこだ???」
「あそこです! 右手の森から今! 街道に向けて歩いてるじゃないですか!!」
先輩が目を凝らすが、不思議そうに首を傾げた。
「何にもいないぞ? お前、相当疲れてるな」
……え? 嘘でしょ???
どうやら、あの異様な存在は、私の目にしか映っていないらしい。
……ゾクリ。
背筋を冷たいものが這い上がる。
私はそっと先輩から手を離した。
「……そうですね。私、疲れているみたいです。今日は早めに寝ようと思います」
見なかったことにしよう。
そう思ったはずなのに、胸の奥のざわつきは、どうしても消えてくれなかった。
スゥ視点




