縁結びの主様。
ノエル視点
両親から受ける身体中の暴力の痛みよりも、
「何をしても愛されない」という心の痛みが、幼い私を少しずつ殺していった。
「部下が買い取ったものの、忌み子だと後でわかって、こいつは処分する予定だったんですよ~」
卑屈に笑う奴隷商に、『執事』と名乗る気品ある男が冷ややかに応えた。
「主様が、実験用として忌み子はすべて買い取ると指示を出されております」
「それはそれは!! まだ在庫は数匹おりますよ!! ぜひご一緒に!!」
「おら! さっさと歩け!」
「……っ」
執事様によって集められた私たち忌み子は、魔の森の外縁にある『養成所』という謎の施設へ連れてこられた。
「……おい、お前。……おい!! 聞いてんのか?!」
「……私に話し掛けてる?」
「お前以外に誰がいるんだよ!! さっき、男女でペアを組めと指示されていただろうが!」
青髪の少年が、苛立ったように私の腕を引いた。ブツクサブツクサとうるさい男だ。
広場に集められた私たちを見下ろし、執事様が口を開いた。
「我が主(ルシアン様)が望むは三つ。忌み子たる我らの『健やかなる成長』。絶対の『忠誠』。そして『死』だ」
その言葉に、少年少女たちがキョトンとした顔で執事様を見上げ、不安そうに身を寄せ合った。
忌み子たちを見回した後、執事様は柔らかい声で言い直した。
「我ら忌み子がいかに生まれ、何に価値を見出して生き、そしてどう主のために死を迎えるか、ということですよ」
そして、執事様が完璧な笑顔でさらに付け加える。
「過酷な訓練が始まります。早々と天に召されるなよ? お前たち」
その日から始まったのは、温かい湯浴み、腹いっぱいに食べることができる美味しい食事、そして文字通り血を吐くような『教養』と『戦闘訓練』の日々だった。
様々な分野で適性や育ち具合によって班が分かれていった。
名前はなくなり、ペア同士、番号などの名称で呼び合うようになった。
「奥方様より『名』を賜れるように励みなさい」
それだけが、養成所で生き残る理由になった。
一言で言えば「過酷」。
少し言葉を変えるならば「死ぬほどキツい」。
ある日、魔物討伐の連携訓練中に、私の意識が一瞬だけ逸れてしまった。
「ペアっ! 左から魔物だ!!」
ドガンッ!!
思い切り吹き飛ばされた私は、木に激突し意識が朦朧とする。
(いけない……ペアを巻き込む訳にはいかない)
「……にげ……て」
「バカをいうな! 俺を生涯ひとりにさせる気か!!」
青髪のペアの少年が、血だらけになりながら私の前に立ち塞がった。
そこで、私の意識は暗転した。
次に気が付いた時は、ベッドの傍らでペアの少年が私の手を握り、ボロ泣きしていた。
「……私、死んだ?」
「生きてますよ。異変に気が付いた他の部隊が到着するまで、あなたのペアが瀕死になりながら守り抜いたのですよ。感謝なさい」
執事様が呆れたように告げる。
「ほんっと、お前ドン臭いんだよ! もっと鍛えろよ!! 飯を食えよ!! 一緒に『名』を賜るんだろ!?」
「……わかった」
その宣言をしてから、私は変わった。
私は、いや、私たちペアの目標は『奥方様に名を賜ること』だと定め、互いの背中を預け合い、必死に生き抜いたのだ。
そして数ヶ月後。
「よく頑張りましたね。本日は主様より、精鋭部隊に命令が下ります」
広場にて、報告書を片手に優雅に腰掛けている主様。
執事様の手信号により、我らは一斉に跪いた。
「「主様へ拝謁いたします」」
「我が妻のために尽くし、そして死ね」
「「有り難き幸せにございます」」
執事様が一礼し、静かに告げた。
「他の者たちも順次整っております。明日、移動を開始させます」
……とうとう、その日がきたのだ。
翌日、転移した魔の森の最奥の地。
内心、戦々恐々として降り立ったその場所は、信じられないほど平和な場所だった。
主様と奥方様はとても仲睦まじく、奥方様は執事様に『セバス』という立派な名を、そして私たちに『ノア』と『ノエル』という素晴らしい名を授けてくださった。
新しくお生まれになり、お仕えする事になったアレクサンダー様はとても可愛らしく、そのご成長を見守る日々に、確かな幸せを感じていた。
私たちは、魔の森最奥のこの地で「奥方様を守って死ぬ為」に鍛えあげられた精鋭部隊。
しかし、幾重にも張られた強固な結界内に危険が迫ることなどなく。
奥方様は、私たちと焼き菓子を作ったり、
「使用人たちへの替えの制服を作りましょう!」と言い出しては、日々裁縫に明け暮れたり。
「寝所のふわふわ感が足りないわ」と言い出しては、魔の森の素材を使用した最高級の寝具を大量に作り出し、精鋭部隊たちに健やかな睡眠を与えてくれたりと……。
『福利厚生』という名のもとに、休日や感謝祭、聖誕祭、食事メニューの改善まで――信じられないほどに幅広く、私たちに心を尽くしてくれた。
しかし、ある日。
他の部隊員たちが、突如胸を掴み、地面に転がり苦しみ出した。
……つまり。
あろうことか、奥方様へ『恋情』を抱く者が現れだしたのだ。主様が刻んだ呪印が、契約違反者へ罰を与えている。
主様の采配により、他のペア達は即座にこの魔の森の最奥から外されていった。
ペアの一人が倒れれば、連帯責任として組まれていたもう一人のペアもこの地を去ることになる。
私は恐怖を感じた。
この地に来る為に死線を潜り、鍛え上げ、精鋭として選び抜かれた証を失いたくない。
「ノア。奥方様に惹かれたら、赦さない」
「俺は、絶対にそっちへは転ばない」
なにその自信たっぷりな返事は。
「信じてるからね? ノアが地に転がったら、私がとどめを刺してやるわ」
「ノエルこそ、奥方様に恋情を抱いたら俺はショック死するぞ」
何を言ってるんだ、このバカは……本当に呆れてしまう。
「……なら、対策を決めるか?」
「どんな方法で?」
「俺たちは最強のペアだ。奥方様以外の者に強く意識を向ければ、呪印の反応を逸らせるかもしれない。互いに『ヤバい』なと思った時は、手を繋いで見つめ合えば、跳ね除けられるはずだ」
「バカじゃないの?」
だが。
そのバカにしていた方法を、私が実践することになった。
「ノエルはとても綺麗な顔立ちをしているわよね! いつもお世話になっているノエルにだけ、特別に作ったの! 受け取ってくれる?」
コテンと上目遣いで、手渡された名前入りのリボン。
(……呼吸を整えて、耐えるのよ)
奥方様に手を引かれ、椅子に座らされる。
優しく髪に触れられ、リボンを結んでくださる。
そして、両手に手を添えられて、「とても似合うわ、ノエル!」と満面の笑みの奥方様と至近距離で瞳が合った瞬間。
ブワッ、と全身の魔力が波打ち、鼓動が跳ねた。
「有、有り難き幸せに……ございます」
茶器を下げるという理由で、私は逃げるように急ぎ退室した。
……急がなければ。呪印が発動してしまう。
「ノア!! 助けて!!」
「ノエル!?」
訓練中のノアの腕を強引に引き、誰もいない空き部屋へ飛び込む。
ドン!! と壁にノアを追い詰め、その手に指を絡ませてぎゅっと握り、彼の瞳を至近距離で覗き込む。
その瞳にうつる、私の姿。
……きた。
胸を握り潰されるような痛みが襲う。
「……ぐっ!」
私が奥方様にあてられたことを、ノアが即座に察した。
「ノエル! ノエル!! 踏ん張れ!! 俺を見ろ!!」
次の瞬間、私はグルっと身体が反転し、壁に背を着かされていた。
「俺に集中しろ!」
唇に、噛み付くような荒々しい口付けが落ちる。
(はぁ……はぁ……んっ……)
少しづつ全身から力が抜けて、胸の激痛が落ち着いていく。
「……ノエル……ノエル」
私の名を呼び、ノアが何度も角度を変えて、深い口付けを繰り返してくる。
「っん、の……ノア……もう……ぁっ」
終わらない熱が、首筋へと降りてきた。
「……もう、いいわ」
ピタリ……。
ノアの動きが止まる。
はぁはぁ、と息が荒い私たちに、妙な沈黙が落ちた。
「……おさまったわ。ノア、この『気を逸らす方法』、使えるわね」
私がニヤリと笑ってノアを見ると、彼は顔を真っ赤にして口元を覆った。
「……え? あ、有効でよかった……」
なんだかおかしかった。
それからの私たちは、奥方様の無自覚な魔力にあてられそうになる度に、隠れて口付けをすることになった。
そして、この方法は他のペア達へも広まり、地に転がる者が減った。
不思議なことに、ノアが奥方様の魔力にあてられることはなく、常に私からノアに助けを求めるばかりだった。
***
ある日、セバス様が伴侶を選ばれた。
「……これは、実験のためでもあります」
主様の指示により、セバス様に課せられた『実験』とは何だろうかと、私たちは訝しんだ。
数年後、セバス様にお子様が産まれた。
奥方様はそれはもう大層な喜びようで、領内はお祭り騒ぎとなった。
その、翌日のことだった。
「ノア。ノエルを伴侶として娶れ」
突然の主様の命令に、奥方様が慌てた。
「そ、そんな! 本人の意志を無視して勝手に決めちゃうの!?」
「何を言っている、リナ。ノアはずっとノエルに想いを寄せているぞ。主として認めてやらないのか?」
え!? そうなの!?
長年のペアである私が驚愕していると、奥方様が平謝りした。
「え!! そうだったの!? 気が付かずにごめんなさいね!」
ノアは顔を真っ赤にして、「……いえ、そんな、恐れ多いです」と傅き、ひどく慌てていた。
私は「承知いたしました」と無表情のまま頭を下げたが、内心では心臓の鼓動が荒れ狂っていた。
ノアが私の伴侶として、主様から正式に許可が降りたことに激しく動揺していたのだ。
「……ねえ、ノエルがあまり乗り気じゃないような気がしない!?」
「何を言ってるんだ、リナ。照れているだけだ」
私の隠した内心を一瞬で見抜いた主様の一言に、指先が震えた。
「……お恥ずかしゅうございます、奥様」
「あ、あら! まぁ、もう私ったら! 二人とも本当におめでとう! ハネムーン旅行を、私たちからぜひプレゼントさせてね?」
ハネムーン旅行?
ハネムーンとは?
後日、執事室にて。
「さて、奥方様より、お前たち二人に『外界』へ出るよう指示がでた」
「待ってください!! 私たちがこの地を外される理由を聞かせてください!」
私は青ざめて叫んだ。
「さらに鍛錬を積み、必ずお役に立ってみせます! だから……」
「待て。そうではない」
セバス様によれば、奥方様は私たちの為に『蜜月』……つまり、「一ヶ月間の初夜(休暇)」をプレゼントしてくれたのだという。
「……初夜」
「……外界で、一ヶ月」
私たちペアは顔を見合わせた。
そして翌日。
小さなトランクを持ち、主様と奥方様に見送られ、私たちは数年ぶりに外界へ出た。
「……出てしまった」
「……お小遣いまでもらった」
転移陣で、かつて過ごした養成所に降り立った私たちは、ノアに手を引かれ、砦街へ歩き出した。
「……行先に困ったわ」
すでに魔の森へ帰りたい気持ちに襲われる。
「ノエル。せっかくだから仲間たちに会いに行こう」
ノアの提案により、奥方様の魔力にあてられて最奥の地を外されたペアたちが働く商会の支部を訪ね、外界を旅することに決まった。
「死ぬほど忙しい……だが、商会の仕事はやりがいもあって楽しいよ」
「セバス様から通達があったの、伴侶となれと……あなた達も?」
「……ええ」
「奥方様の指示で、蜜月旅行中だ」とノアが答える。
「まぁ! では、はやくお子を孕んで差し上げてね?」
「そうだな。主様たちに良い報告ができるように励めよ?」
そうか……。
これが、セバス様が受けていた
『実験』――忌み子同士でも子を成せるか、その確認。
その日の夜。
ホテルの一室で、私は腹を括った。
「……さぁ、やるわよ」
「ちょ、ちょ、なにを!?」
こういうのは、勢いが大事だ。
私はスパーンと衣服を脱ぎ捨てる。
「欲しくないの?」
奥方様たちは、私たちにお子が出来るのを期待していらっしゃるのだ!
ゴクリと喉を鳴らしたノアが、真剣な顔で私を見つめた。
「……そんなの、君とペアを組んだ時に、すでに思っていた」
「え? どういう意味?」
「お前を、ずっと死ぬ気で愛してたってことだよ」
その真っ直ぐすぎる告白に、私は反論の言葉を失った。
気が付けば、熱に浮かされたように彼を見つめていた。
そこからの日々は、ノアに熱を注がれ続けては意識を手放し、部屋に篭もりっきりになったのだった。
***
魔の森へ再び戻った時。
主様の采配により、他のペア達も続々と番となっていた。
福利厚生の一環として設けられたハネムーン旅行とやらは、
「希望した者は外界へ出ることができる」仕組みになっていた。
さらに、奥方様により、退職を希望する際は遠慮なく申請すれば、この地を去ることも許可されていた。
それはすなわち、奴隷契約の解除――主様の庇護下から外れることを自ら選ぶ、ということだ。
だが、未だに誰ひとりとして、その申請を口にする素振りすら見せていない。
どのペアも決して外界へ出ようとせず、与えられた夫婦の自室に篭もりきりになっていたようだ。
戻ってきたペア達の顔には、幸せそうな笑顔が溢れている。
「みな、主様による縁結びに感謝なさい」
セバス様が頷く中、奥方様が心配そうに私たちを見て回った。
「まぁ! あなた達! 無理やり伴侶にされているわけじゃないわよね!? 大丈夫!? ちゃんと断りなさいよ!? ねぇ!? 嘘はダメよ?!」
ひと組ひと組、縁結びされたペアに声をかけては、無理強いされてないかを真剣に確認される奥方様。
奴隷の私たちは、お仕えする主様や奥方様には決して嘘は吐けないようになっている。
「我らは、本当に幸せです」
みな、奥方様と主様に心からの感謝と忠誠を伝えている。
「……こっそりでいいのよ? 無理なら、私がルシアンを叱ってあげるから!」
「ノエルたちもよ!?」
「主様の采配に感謝し……うっ」
「どうしたの!? 大丈夫!?」
私が急に口元を押さえると、奥方様が慌てた。
「……子ができたようです」
セバス様が冷静に告げる。
「本当か!? ノエル!! ありがとう!!」
ノアが私を抱きしめ、喜びを爆発させた。
「私たちに、子が……」
信じられないような奇跡ばかりが起きる、この地で。
新たな命を宿した実感が、遅れて胸の奥へ満ちていった。
***
アレク様による定例の魔王軍団防衛会議。
「……お前たちを、そして産まれてくる子供たちを守るために、俺は強い魔王にならなければな」
アレク様が力強く頷く。
「……ええ。勇者どもが決してこの地へ至らぬように、ねじ伏せましょう」
ノアが頼もしく返す。
「養成所の訓練レベルを、さらに一段階あげましょうか」
セバス様が帳面にペンを走らせる。
「魔導具の材料がもっと欲しいわ!」
エミリア様が目を輝かせる。
四天王と次期魔王の頼もしい防衛会議の真ん中で、奥方様の透き通るような声が響いた。
「みんなー! そろそろおやつの時間よ~!!」
「……リナの手作りは、俺だけのものだと言っているだろう!?」
主様の怒声が響き、私たちは今日も平和な笑い声を上げた。
ノアがそっと手を差し出した。
「行こうか。愛しい伴侶さま?」
その手のひらに、手を重ねて立ち上がる。
「ええ。参りましょう」
私はやっとこの地で、渇望していた愛される歓びを知ったのだ。
誤字脱字を修正しましたm(_ _)m




