出産ラッシュで領民が増えていく。
「……っ!」
ふと、温室で私のティータイムの準備をしてくれていたノエルが、顔を顰めてその場に踞った。
「まぁ! ノエル、大丈夫!?」
「お、奥様……恐れ入ります。破水かと……存じます」
「だから! 臨月まで働いていちゃダメって、あれほど言ったのにー! ルシアン、ルシアン助けてー!!」
私が即座に魔導具を起動して助けを呼ぶと、ものの数分で息を切らしたルシアンが現れた。
「リナ!? どうした!?」
「……申し訳、ございません……うっ」
「謝らなくていいから! と、とにかく分娩室へ急ぎましょう!」
バタバタバタ……!
平穏だった邸内が一気に慌ただしくなる。
「ノエルっ!? 大丈夫ですの!? 誰か、急ぎノアを呼んできてちょうだい!!」
エミリアが、私の代わりにテキパキと他の使用人たちに指示を飛ばし、彼らが風のように走っていく。
本当に、誰に似たのかしら。この有能さは。
数分後、血相を変えてノアが分娩室へ飛び込んできた。
「ノエル!!」
「……取り乱しすぎよ。うっ……私は大丈夫だから」
「医療班とノアは中へ。あとは任せておけ」
ルシアンの落ち着いた指示で、分娩室の扉が閉ざされる。
ホッとしたのも束の間。
「……っう、あ……っ」
今度は、廊下で待機していた別の侍女がお腹を押さえてうめき声を上げた。
「まぁ!! あなたも陣痛が来ましたの!? 誰か、彼女の夫を至急呼んできてあげて!!」
エミリアの的確な指示で、また別の使用人が弾かれたように走っていく。
「……すごいわね。ここ数日は、空前の出産ラッシュね」
「……ああ。次世代を担う者が増えることは、我が領地にとって大変喜ばしいことだ」
腕を組んで深く頷くルシアンに、私はジト目を向けた。
「……これも全部、ルシアンの強引な縁結びのおかげね!」
そうなのだ。
なかなか子宝に恵まれなかったセバスが一年前、伴侶と一緒に産まれたての赤ん坊を連れて挨拶に来た日、私は盛大にお祝いをした。
そして、何気なく「みんなの子供が増えてくれたら、この地もより安心ね!!」と笑ったのだ。
するとその翌日。
ルシアンは突如として、年頃を迎えた使用人たちを対象にした『強制カップリング騒動』を起こし始めたのだ。
『ノア。ノエルを伴侶として娶れ』
『そ、そんな! 本人の意志を無視して勝手に決めちゃうの!?』
『何を言っている、リナ。ノアはずっとノエルに想いを寄せているぞ。主として認めてやらないのか?』
『え!! そうだったの!? 気が付かずにごめんなさいね!』
私が平謝りすると、ノアは顔を真っ赤にして『……いえ、そんな、恐れ多いです』と傅き、ノエルは『承知いたしました』と無表情のまま頭を下げた。
『……ねえ、ノエルがあまり乗り気じゃないような気がしない!?』
『何を言ってるんだ、リナ。照れているだけだ』
『……お恥ずかしゅうございます、奥様』
『あ、あら! まぁ、もう私ったら! 二人とも本当におめでとう! ハネムーン旅行を、私たちからぜひプレゼントさせてね?』
……という経緯で、我が家では次々とカップルが誕生し、今日のような出産ラッシュを迎えているのだ。
「それにしても、外界でのハネムーン旅行ですか。少し憧れますね」
分娩室の前で待機しながら、アレクがふと笑みをこぼした。
「お兄さまも、お相手がいれば行けますわよ?」
「いや、ダメだろう? 俺の不在時に、王国から勇者がやってきたらどうするんだよ!」
「そんなの、エミが作った最新の防衛魔導具で一撃ですわ!」
エミリアがふんすっ、と得意げに胸を張る。
最近、我が家では子供たちを中心に『魔王軍団ごっこ』が大流行している。
アレクが『次期魔王』を名乗り、ノア、ノエル、セバス、そしてエミリアの四人を『魔王軍・四天王』に任命したのだ。
(ふふっ。子供の遊びへ真顔で『ハッ! 御意に!』なんて付き合ってくれるんだから。本当にみんな優しいわよね)
微笑ましく思いながらも、母親として一応注意しておく。
「……あまり物騒なことはダメよ?」
「もちろんです!」
「もちろんですわ!」
「俺は、平和主義を貫きますから!」
「ええ、低コストで効率的な撃退が基本ですわ!」
「……あのねぇ、二人とも。絵本で読んだでしょう? 勇者っていうのは、普通は『正義の味方』なのよ? やっつけちゃダメじゃない」
私が優しく諭すと、ルシアンが真顔で口を挟んだ。
「リナ。それは違うぞ? 勇者が目覚めれば、世界は焦土となりかねない。あれは王国が隠し持っている、理不尽な最終兵器(災害)だからな」
「うっそだー!!」
「この世界の常識だぞ? なぁ、セバス?」
「はい、主様の仰る通りです。我ら『魔王軍・四天王』としましても、奥様や領地を脅かす勇者などという厄介な災害には、全力でご遠慮願いたいですね」
セバスの言葉に、周囲で待機していた使用人たちも一斉に深く頷いている。
(えっ!? 待って、みんなのその真剣な顔……マジで言ってるの!?)
「……うそぉ。この世界の正義の味方って、正義じゃないの? もう『勇者』なんて呼び方、やめてほしいわ……」
私が前世の常識との違いにショックを受けていると、アレクが私の手を力強く握った。
「母上。俺は次期魔王として、必ずこの領土は守り抜きます! 四天王も精鋭部隊もおりますから、ご安心ください!」
「頼もしいけど、全力で『次期魔王』って自称するの、不安しかないから!!」
「ほら、ここで騒いでいては、中の者も落ち着かないだろう?」
「あ……それもそうね! ごめんなさい!」
ルシアンに窘められ、私たちは分娩室の前で静かに祈った。
***
しばらくして、分娩室から元気な産声が上がった。
ノエルが立派な男児を出産し、同日に陣痛を迎えた侍女の母子も無事だという報告が入り、領地は喜びに包まれた。
数日後。
ゆりかごの中で眠るノエルの赤ちゃんを見つめながら、私はぽつりと呟いた。
「……育児って本当に大変だからね。彼らも、子供の教育のために外界へ出るのよね。……すごく、寂しくなるわね」
「なぜだ?」
ルシアンが不思議そうに首を傾げた。
「このままここで育てたいと希望するなら、領地内に『学園』を建てる必要があるな。よし、すぐに取り掛かろう」
「そうね! 託児所や保育魔導具があれば、共働き家庭もきっと助かるわね!」
私が目を輝かせると、ルシアンは笑顔で前世の育児関連の知識を詳しく聞き出し、次々とそれを具現化するための具体案を練り始めた。
「……いつか、ここで生まれた子供たちが、この魔の森が『産まれ故郷』だと胸を張って言えるような場所にしたいよね」
「ああ。そうだな。リナが望むなら、最高の楽園にしよう」
ルシアンが私の髪を撫でて微笑む。
「……次期魔王へのプレッシャーがえげつない!!」
私たちのやり取りを隣で見ていたアレクが頭を抱えてしゃがみ込む。
「お兄さま! 泣かないでください、四天王のエミも手伝いますわ!」
「おお……俺の可愛い妹が、あまりにも頼もしい……!!」
遊びに本気で付き合ってくれる優しい使用人たちと、防衛力を極めていく夫、そして『ごっこ遊び』のスケールがどんどん大きくなっていく子供たち。
魔の森の楽園は、今日も平和で、ひどく賑やかだった。




