忌み子の楽園。
セバス視点
王族の末息子としてこの世に生まれ落ちた瞬間、死産とされた者。
それが、私だ。
母(妃)はどうしても私の首の骨を折ることが出来ず、密かに母付きの老医官に託し、私の存在を『魔の森』へと隠した。
魔の森の浅い領域とはいえ、魔物は時間を問わず襲ってくるわけで……。武芸と医術に長けた老医官がいなければ、私は即座に天に召されていただろう。
だが、時は残酷だった。
「殿下……私の命も、尽きる時が参りました」
「だ、大丈夫だ。そなたを死なせはせぬ」
弟子として育てられた際に学んだ医術と、自身の溢れる魔力を重ねて、私は必死に彼の命を繋ごうとした。
「寿命には抗えぬもの。もうよいのです。殿下……どうか、健やかに」
意識が朦朧とした師匠は、私の母の名を呼び、「申し訳ありません」と虚空へ手を伸ばして、そのまま天へ召された。
忌み子。
身体の器よりも多く魔力が溢れ、ゆくゆくは魔力暴走を起こして魔物を呼び寄せ、絶命する存在。
街に入れば、万が一素性がバレた時点で即座に奴隷落ちだ。
ひとり寂しく朽ち果てるしかない我が身だったが、滑稽にも自死する気にもなれず。
私は日々、粗末な狩猟用の装備を纏い、魔の森で食料を獲って生き長らえていた。
だが、そんな私自身へも『忌み子の呪い』は容赦なく牙を剥いた。
「ぐ……あ……アアアアアア!!」
溢れ出る魔力が、身体をはち切れんばかりに膨張させる。
四肢が内側から千切れてしまいそうだ。
「……っ」
口の端から鉄の味が溢れる。息も絶え絶えに仰向けになり、私はついに死を覚悟した。
その時だった。
「……珍しい。毛むくじゃらの忌み子か」
頭上の木の上から、声が降ってきた。
トン。
地に降り立つ軽い音。そして、信じられないほど美しい男が、私を冷ややかに見下ろしてきた。
(ダメだ。逃げろ……)
「……ま、魔物が……くるぞ……にげ……ろ」
「ほぅ。自分への助けより、他者の心配か」
腕を組んで悩む素振りをしていた男は、美しい顔に冷酷な笑みを浮かべて私に言った。
「せっかく死ぬ間際なんだ。俺の魔導具の実験に使わせてくれ」
……は?
はぁ!?
有無を言わさぬ傲慢で図々しい態度で、男が取り出した金属製の首輪(魔導具)が私の首にはめられる。
次の瞬間。キーンという甲高い音とともに、暴走して荒れ狂っていた魔力が、みるみるうちに首輪へと吸い取られていった。
「なかなか良い速度で吸い取っていくな」
帳面にメモをとり、興味深そうに観察している男。
まるで意味がわからなかった。
……そこで、私の意識は暗転した。
(く、ここまでか……魔の森で意識を落とせば、魔物に食われて死ぬ……)
***
……トンテンカンテン。トンテンカンテン。
なんだ、この場違いな木槌の音は?
「……うっ」
「起きたか。水なら勝手に飲め」
地面に転がされたままの私の視界に、顔の横に置かれた水瓶が入る。
飲めと言われても……魔力枯渇と疲労で身体は動かない。声も上手く出せず、目玉を限界まで動かしてまわりを探ることしかできなかった。
「……やはり、もう少し広げるか?」
ブツクサと何やら呟く男がすっと立ち上がり、片手で魔術を展開した瞬間。
魔の森の木々がスパッと切断され、ドドーンと轟音を響かせて倒れ、周囲が一瞬にして広大な更地へと変わった。
(やめろ!! 魔物が音につられて集まってくるぞ!?)
だが、どれだけ時間が過ぎても、魔物に襲われる気配は全くない。
ただ、場違いな木槌の音だけが響く中、陽が暮れていった。
「なんだお前、まだ寝てるのか」
「……うご、けず……で……」
男は「はっ!」となにかに気が付いたように手を顔に当てると、腰のポーチから小瓶を取り出して……。
バシャアー!!
無造作に、私の顔面へ回復薬をぶっかけた。
「ふむ。まだ足りないな」
男はガッと私の顎を固定し、強引に口を開かせると、小瓶から液体をドクドクと流し込んできた。
「ゴホッ、ゴホッ!」
むせる私を見下ろし、男は淡々と言い放った。
「命と薬の対価は、貴様自身だ」
そうして私は、男に『執事』とだけ呼ばれ、ルシアン様を主として絶対の忠誠を誓う奴隷に堕ちたのだ。
「……愛しい妻の願いで、忌み子を集める必要があってな」
妻の願い……?
忌み子を欲しいなどと願う、物好きな奥方様もいたものだ。
それからというもの、魔の森の外縁には『養成所』として、様々な理由で拾われ、買われ、救われた忌み子たちが集められた。
そして数ヶ月後。
「ようやく、使える駒が揃ってきたか」
教養を身につけさせ、死よりも過酷な訓練で鍛え抜かれた私たち精鋭が、ようやく奥方様へお目通りできる機会がやってきた。
「我が妻のために尽くし、そして死ね」
ピリッと張り詰めた空気の中、主様が冷酷に言い放つ。
少しばかり昔話を交えつつ、今後の手順(計画)を話し合っていた時だった。
――主様の魔導具が鳴り響いた。
「リナ!? どうした、何かあったのか!?」
主様が焦って応答された魔導具から、のんきな女性の声が聞こえてきた。
『あ、ルシアン? 歓迎会とかしたほうがいいよね? 食材とお酒、足りるかな?』
「……仕える者共に酒など出すんじゃない!!」
『えっ! でも、福利厚生とか大事だし、仲良くしたいじゃない!』
「リナの手料理は俺だけのものだ! 奴らに食べさせる必要はない!!」
あの恐ろしく非情で合理主義の主様が、我らに見せたことも無いような甘い顔と慌てる声を出したことに、私たちは驚愕した。
通話を切り終えた主様は、深く頭を抱えていた。
……主様をここまで振り回す奥方様は、一体どのようなお方なのだろう。
翌日。
転移した先には、信じられない光景が広がっていた。
魔の森の最奥に位置し、幾重にも張られた強固な結界。
空にはドラゴン種、結界外にはヒドラ。Sランクはあるであろう凶悪な魔物たちがのんびりと闊歩している。
「領地」と言っても過言では無い広大な敷地には、四季を閉じ込めた巨大な温室。厩舎、農園、果樹園、湖、立派な使用人邸など。
そして、その様々な巨大施設に囲まれた中央にある、こじんまりとした平屋。
落差が凄すぎる。
「リナ! ただいま」
「ルシアン、おかえりなさい!」
玄関の扉が開くや否や、両手を広げている主様の胸に勢いよく抱きつく奥方様。
ちゅっ。くちゅり。
「はぁ……んっ……」
ちゅ、ちゅちゅっ、んちゅ……ぽんッ!
「る、ルシ……長いわッ!!」
……いきなり繰り広げられる濃厚な光景に、内心、驚き過ぎて完全に固まる我ら。
主様がスリスリと奥方様の首筋に擦り寄る。
「俺が、リナのためにどれだけ外で頑張ってきたか……」
「うっ。す、少しだけだよ!」
そこでようやく、奥方様とこちらの目が合った。
「ひゃあああ!!」
「どうした、リナ!?」
奥方様が悲鳴を上げた瞬間、バッと主様とすべての者が連動して警戒態勢に入る。
「……え!?」
「……ん?」
状況を察し、喉の奥でククッと笑い出す主様の声。
「ル、ルシアン! 人様の前でえちちな事はしちゃダメです!!」
そんな可愛らしいやり取りをされた後、奥方様は我らに声を掛けてくださった。
「えっと……この度は、わざわざこんな魔の森までお越しいただきありがとうございます」
大きなお腹を両手で支えながら、精一杯の笑顔で挨拶をされる奥方様。
我々はザッと一斉に向き直り、地面に膝をついた。
「「「拝謁が叶い、有り難き幸せにございます」」」
全員が揃って深く頭を垂れる。
「我が家の執事だ」
「初めまして、リナです!」
主様に“執事”として差し出された私は、失礼のないよう礼をとり、奥方様より名を賜るべく口を開いた。
「私めは無名のため、奥様より名付けを頂戴できますでしょうか?」
「あ、えっと……『セバス』なんてどうかな?」
セバス。
なんと良い名を与えて下さるのだろう。
「我が名はセバス。新たなる名に恥じぬ働きを、命に代えてもお約束いたします」
奥方様より『セバス』の名を賜ったその日から、私はようやく“執事”ではなく、セバスとして主家に仕えることを許された。
ともに選び抜かれた侍従と侍女にも奥方様は名を与えられ、皆、歓びに震えた。
初めてお顔を拝見した奥方様はとても美しく、そしてその身から溢れる魔力が異常なほど濃密で……。
(……忌み子?)
奥方様も、我らと同じ忌み子でいらしたのか。
その後、部隊は割り振られた要所へ従事していき、様々な、常識では考えられないほど高度な魔導具などに日々驚愕することになった。
さらには、奥方様は気さくな方で、声を掛けてくださったり、差し入れだと手作りの焼き菓子を頂いたり……。
しかし、産室(分娩)に主様とお二人だけで挑まれると知った時は、我々は血の気が引く思いがした。
無事にご誕生されたご子息アレクサンダー様へ、忠誠を誓う儀式の際もそうだった。
奥方様はあまり世の常識に疎いのか、主様が「これは普通だ」と、普通では無い事柄も我らと共に肯定すれば、「え!? そうなのね!!」と素直に受け入れてしまわれる……。
なるほど。これはいけない。騙されてしまう。
外界へお出になれば、即座に毒牙にかかってしまいかねない危うさだ。主様が過保護になるのも頷ける。
そして、ある日のこと。
何人かの部下が、唐突に胸を抑えて苦しみ、地を転げまわり出した時には、私の全身から冷や汗が噴き出した。
主様が我々に刻んだ『奴隷の契約』には、明確な罰則が組み込まれている。
……つまり。
彼らは奥方様へ、決して抱いてはならない『恋情』を抱いてしまったということだ。
奥方様の魔力にあてられたものは、即座に離脱させることで回復する。
過去、奥方様はそれはもう苦労されたと聞く。
さもありなん。
地に転がり悶える者の口からは、「……汗を舐めたい」「……耳に触りたい」「二の腕プルプルしたい」だの、おかしな言葉しか出てこない。
……性癖か? 気持ち悪いな。
「……やはりか。苦しんだものは養成所……いや、商会の支店で働かせろ。奥には入れるな」
主様は、初めから見越していたように采配し、新たに入れ替わった部隊員が地に伏す度に、慣れた様子で配置換えの指示を出していった。
その配置換えの指示を、私が任され始めた頃。
「セバス! これ、貴方のために作ったの! いつもありがとう!!」
奥方様から下賜されたのは、『セバス』と名が刺繍された手作りのハンカチだった。
……これは、ダメでしょう。
うっかりと奥方様の満面の笑みと瞳を直視してしまった私は、その夜、心臓を握り潰されるような痛みで転げ回ることになった。
(このままでは、この領地から飛ばされる……!)
私は自身で鏡の前に立ち、必死に『自己洗脳』を開始した。
「私は男性が好きだ。主様が好きだ。主様が、好き……」
すると、胸の痛みがスッと引いてきた。これはいける。
そして、その日から……我が主様の圧倒的な麗しさに、無意識に鼻血が出てしまう日々がしばらく続いた。
「……セバス。最近、お前気持ち悪いぞ」
「はっ! 申し訳ございません! 今しばらく、洗脳の完了をお待ちください!」
「……よく耐えたな」
主様の言葉を聞いて、私が奥方様への想いを殺すために必死に努力していることをわかった上で、まだそばに置いてくださっているのだと知り、私は感極まってまた鼻血を噴き出した。
「きぁあ!! セバス!! 大丈夫なの!? ……ルシアン!! 働かせ過ぎじゃないの!? ブラックな職場はダメだからね!?」
治癒魔術を即座に展開され、癒してくださるお優しい奥方様。
その直後、ギリッと主様に睨み付けられた私は、心の臓が止まるかもしれないほど震え上がった。
「……セバス。数日以内に、伴侶を迎えろ」
「まぁ! 恋愛相談だったの? それはお邪魔しちゃったわね」
「リナ。セバスに声を掛けるな! 今後、名前も呼ぶな!」
「急な無茶振り!!」
夫婦漫才のようなやり取りを前に、私は深く一礼した。
***
魔の森は、忌み子の楽園。
外の世界で受ける迫害もなく。
魔力暴走で命を落とすこともなく。
様々な『福利厚生』という奥方様の指示により、快適で充実した奴隷としての日々を過ごせている。
「……伴侶探し、か。……伴侶を得ることができる人生が、私にも来るとは」
私は、密かに笑った。
生きていてよかった。
主様と奥方様、そしてお二人に産まれたお子様たちに、この命の限りお仕えできて本当に私は幸せだ。
母上、師匠。
私はこの快適な楽園で健やかに生きております。
空を見上げた結界の先、二匹のドラゴンが雷や火を吐いて熾烈に戦う姿に、思わず笑みが溢れた。
「……平和だな」




