温室と木苺。
私がうっかり「木苺が食べたい」とボヤいた、あの日から数週間。
私の夫、ルシアンは――本当に、温室を一から建ててしまった。
「……本気度が凄すぎて、ちょっと怖い」
完成するまでは危ないからと、温室への立ち入りを一切禁じられてきたけれど、外から眺めているだけでもその異様さは十分に伝わってくる。
今も中で様々な魔術的植物実験が行われているらしく、私は絶賛立ち入り禁止継続中だ。
「……信じられないくらい、生い茂ってるわね」
窓越しに見えるのは、もはや温室というより『ジャングル』だった。
木苺が食べたいと言ったら、庭にジャングルが出来上がる。
笑っちゃうけれど、これがルシアンの愛の形なのだ。
「よいしょ……」
安定期を過ぎた私の身体は、日々どんどんお腹が大きくなってきている。
それに伴って、骨盤のあたりがピキピキと痛み、動くのも一苦労だ。
体力作りのためにも、軽い運動や家事はできるだけやりたい。
渋るルシアンを説得して、やっと自由に動けている。
さて、そろそろ夕食の下準備を始めようかな。
悪阻がなくなった頃には「これまでの分、倍食べる!」と宣言していた私だけれど、現実は非情だった。
大きくなった子宮に胃が圧迫されて、倍どころか一人前の半分も食べられない。
結局、小分けにして回数を増やして食べるのが精一杯だ。
「……本当に、妊婦って大変」
スープの具材を刻みながら、私は独り言をこぼす。
これだって、まだ序の口なのだ。
産まれたらもっと大変になる。
二時間に一回、いや三十分おきに泣いて、何かを訴えてくる我が子に、寝る間も惜しんで自分の血肉みたいなおっぱいを与え続けなきゃいけない。
「ベビーシッター、欲しいなぁ……。でも、こんな魔の森に来てくれる人なんて、いるはずもないよね」
――カタン。
勝手口が開く音がした。
「あ、ルシアン?」
「リナ、待たせたな! 木苺ができたぞ!」
ルシアンが抱えていた籠には、溢れんばかりの真っ赤な木苺が山盛りに詰め込まれていた。
「すごい!!! これ、本物の木苺なの?」
「ああ。一通り毒味をしたが、味も成分も問題なく木苺だ」
ど、毒味!?
……まあ、そうよね。
ルシアンの魔術で急速成長させた植物だもの。
何かしらの変異があるかもしれないし、彼なりに慎重を期した結果なのだろう。
「植物の成長を促進しつつ、区画ごとに四季を固定させる魔術回路の調整に苦労したが……これで完成だ」
「わっ、すごすぎる! じゃあ、これからは季節に関係なく、好きな果物や野菜が食べられるのね?」
「ああ。欲しい苗や種があれば、俺がどこからでも手に入れてくるぞ」
「やったー! ルシアン、ありがとう!!」
嬉しくて、私はルシアンに抱きついてその頬に口付けを贈った。
ルシアンは誇らしげなドヤ顔を浮かべつつ、隠しきれない喜びを全身から漂わせている。
ああ、可愛いところもあるのよね、なんて思っていたら。
「リナ。君の負担を減らすために、奴隷を買ってこようかと思うんだが……何か希望はあるか?」
「………………は?」
私の感謝の余韻は、そのあまりにも物騒な提案によって、
一瞬で凍りついた。




