俺がやるしかない。
ルシアン視点。
俺の子を宿したリナは、ただでさえ愛しいのに、今はもう直視できないほど眩しかった。
たとえ、その唇から――リナの言うところの『虹』を吐き出していたとしても、俺にとっては世界で一番愛おしい存在であることに変わりはない。
「……また、虹だしてくる」
「……オェッ」
苦しげにトイレへ駆け込むリナ。
その背中を見守ることしかできない自分の無力さに、胸が締め付けられる。
「……リナ、俺が変わってやりたい。俺が虹を肩代わりできればいいのに」
「……ふふ、ルシアン。気持ちは嬉しいけど……安定期まで、あと少しだから」
リナの悪阻は、好物が真逆に反転してしまったようだった。
あれほど肉を好んでいた彼女の口癖は、今や「悪阻が終わったら倍食べる」だ。
弱りながらも「倍食べる」と言い切る俺のリナは、なんて可愛いんだ。
「……無性に今、木苺が食べたいな」
リビングのソファで横になっていたリナが、窓の外をぼんやりと眺めながら呟いた。
今は季節外れ。
当然、庭にも森にも木苺など実ってはいない。
「ごめんね。無理なことを言っちゃった……干した木苺、あったかな」
「……! リナ、待っていろ。俺が、俺が今すぐ木苺を作ってやる!」
リナは高度な治癒魔術を使える。
あの生命力に満ちた魔力なら、植物だって一気に育つはずだ。
「無理しなくていいよ?」
「リナ。しばらく俺は温室にこもるが、何かあれば遠慮なく呼べ!」
愛しい妻の額に口付けを落とし、俺は立ち上がった。
俺は今から、リナのためにこの敷地内に『四季』を創り出さなければならない。
「え? 温室ってなにー!?」
背後から聞こえるリナの不思議そうな声を後に、俺は地下へ向かった。
地下に鎮座する巨大な魔力石に触れる。
まずは結界範囲のさらなる拡張。
魔力石は今、リナのチャージのおかげで満タンだ。
この状態なら、俺が少しずつ省エネ化の研究を重ねていることもあり、約一年は維持できる。
「……面積を倍に広げれば、土地は足りるか」
よし、着工だ。
まずは魔術で周囲の不要な木々をなぎ倒し、資材になる木は残しながら、更地へ変えていく。
設計図は頭の中にある。
我が家の勝手口から廊下をそのまま伸ばし、全天候型の屋根と窓、要所に強固なセキュリティのドアを設置する。
温室は春夏秋冬の四区画に分ける。
中央にはリナがくつろげる東屋と、我が子が産まれた後に遊べる庭も必要だ。
ゆくゆくは、ここでリナと子供と一緒に……。
「……しまった」
思考に耽っている場合ではない。俺のリナが木苺を待っているのだ。
温室のガラスをはめるのは後回しだ。
まずは『春』の区画を最優先で形にする。
***
「……シアン……ルシアン!」
「リナ?」
ハッと顔を上げると、そこには心配そうに俺を覗き込むリナがいた。
「もう! 何回呼んだと思ってるの、晩ご飯できたよ」
「もうそんな時間か……」
「というか……ルシアン、これ、今日だけでここまで作ったの!?」
温室の巨大な基盤と、組み上がった複雑な枠組みを見て、リナが目を丸くしている。
「すまない。魔力の調整に手間取って、今日中に木苺を実らせるのは無理そうだ」
するとリナがコロコロと鈴を転がすように笑い、俺の首に腕を回して抱きついてきた。
「ルシアンが私の夫でよかった! 大好きッ、愛してる!」
「……っ、俺もだ。俺も愛してる、リナ」
ぎゅっと、壊さないように、けれど力強く抱き締め返す。
ああ、抱きたい。
今すぐリナをベッドへ連れ去り、その甘い香りに溺れたい。
だが、我慢だ。
今はリナの身体と、俺たちの宝物をいちばんに考えなければならない。
「……リナ、俺がやるしかないだろう?」
「それは何を? 温室のこと?」
「すべてだ! 買い出しも、家の防衛も、美味しい食事の用意も、全て俺に任せておけ」
「ふふ、頼もしいね。……もしかして、出産時も?」
「……俺だ!!」
俺が即答すると、リナは困ったように眉を下げた。
「そこは、産婆さんのところへ連れて行ってよ」
「それは無理だ。絶対に認めん」
「えー!? どうして?」
リナ、君は分かっていない。
この世界は、君が思うより遥かに汚れていて、危険だ。
そんな無防備な状態で結界の外に出してみろ。
一発で王国の残党や、君の魔力を狙う良からぬ輩に絡まれ、大惨事になる未来しか見えない。
俺は、温室の完成を目指しつつ、出産と助産の知識を極めることを心に誓った。
リナと子供は、この俺の手で守り、俺の手で取り上げる。
「さすが、ルシアンだね! 何でもできちゃうんだから」
「当たり前だろう。君のためなら、俺は神にだってなってみせる」
リナの賞賛の言葉を全身に浴びながら、
俺は次の工程――産院個室の設計へと意識を飛ばした。




