※死の先でも、一緒にいたい。
「起きろリナ!! 囲まれてる!!」
「……ルシアン?」
ガバッと目を開けた私に、ルシアンは切迫した声で告げた。
「すでに『魔の森』へは入った。だが……」
「囲まれてる?」
「……ああ。そうだ」
私は慌てて身を起こし、隠し扉から抜け出してそっと馬車の窓の外を見た。
あ……これは、ダメだ。
暗闇の森の奥から、無数の光る眼がこちらをぐるりと囲んでいる。
可愛い小動物なんかじゃない。研究所の人間すら恐れる、凶悪な魔物の群れだ。
「……私たち、死ぬの?」
震える声で呟くと、ルシアンが私を背後からギュッと抱きしめてきた。
「……リナ。愛してる」
「……私も、ルシアンを愛してる」
ポロリと、自然に言葉がこぼれ落ちた。
あんなに「重い」とか「ウザい」とか言って、ルシアンから逃げ回っていたのに。
研究所という冷たい場所に囚われて、彼と離れ離れになって、やっと、自分が何を失いたくなかったのか思い知った。
一緒に逃げて、初めてお互いに愛を告げることが出来たのが、死の直前だなんて。
本当に、笑えないや。
「……私のせいで巻き込んでしまって、ごめんね」
「謝るな。これは、俺がしたくてやったことだ」
ルシアンの腕に力がこもる。
こんな絶望的な状況なのに……熱のせいか、さっきまで見ていた『結婚式の夢』の幸福感が、私の中から抜けていなかった。
「……私の夫は、ルシアンだけ」
その言葉に、彼の手がピクリと反応した。
「……永遠の愛を、誓います」
清らかであることが何より大事な世界でも。
もう明日がないのなら――。
「……死ぬ前に、私を抱いてくれる?」
私の願いに、ルシアンは深く、重く息を吐き出した。
「……誓う。俺は、リナだけを愛し抜く」
熱くて、甘い口付けが落ちる。
私とルシアンの荒い吐息が混ざり合う。
「……っ」
押し殺していた熱が、とうとう決壊した。
「……力を抜いて」
ルシアンの低い声と共に、魔力の波が雷みたいに私の身体の奥底を貫いた。
深く肌を重ね、熱と魔力が絡み合う中――ふと視界の端で、淡い光が瞬いた。
馬車の床や壁、そして私たち自身を包み込むように、複雑で禍々しい光の紋様が浮かび上がっている。
(……え? 魔術陣!? いつから!?)
「……っ!」
魂の奥底へ直接叩き込まれるような、圧倒的な魔力の奔流。
そして、私のすべてを呑み込んでいくルシアンの凄まじい熱。
……はぁ……はぁ……っ。
「俺を恨んでもいい……憎んでもいい……だから、俺の事だけを考えて……?」
頭の芯が痺れ、キーンと耳鳴りがする。
「そう。俺だけを愛して……俺たち二人だけの地獄へ落ちよう」
禁術を使ってでも、私の魂をルシアンに繋ぎ止めようとしている。
この極限状態の馬車の中に、あらかじめこんな陣を仕込んでいたというの?
その常軌を逸した執着は、もう隠しようがなかった。
死の先でも、一緒にいたい。
ルシアンがずっと抱えていた願いは、そのまま今の私の願いになっていた。
不思議と怖くはなかった。
「ルシアンとなら……良いよ」
私が泣き笑いのような顔で応えると、ルシアンは「……愛してる、愛してる」と壊れたように繰り返し、私をさらに強く、深く抱きしめてくれた。
……んっ。……あっ!
息が詰まる。容赦なく攻め立てられていく。
そんな中でも、ふと。
熱と魔力の奔流に溶かされながら、それでも私の冷静な部分が小さく首を傾げる。
(いつまで経っても、外の魔物たち、襲ってこないな……?)
窓の外をチラリと見ると、無数の光る眼が、一定の距離から決して近づこうとしない。
え? なんで?
グッと熱が押し上がった。
「……っ、も、だめ……魔力が……」
「……リナっ」
外には凶悪な魔物の群れ。
なのに馬車の中では、ルシアンの重すぎる愛情と魔力が私を満たしていく。
二人の熱と魔力の余波で馬車が激しく揺れる中、私は魔物の脅威とはまったく違う意味で、何度も『死にそう』になっていた。
ルシアンの熱に浮かされて。
……そして、限界を超えた私の意識は、ついに真っ白に途切れた。
……。
……。
(……うん。死んだな、これは)




