二度目の口付け。
チュンチュン。
柔らかな朝日が差し込み、小鳥たちの可愛らしいさえずりが聞こえる。
チュンチュンチュンチュン。
チュチュチュチュチュチュチュチュンッ!
「……夏のセミ並にうるさいなっ!」
爽やかな朝の演出をぶち壊すような音量に、私はたまらず毛布を頭まで引っ張り上げた。
「結界の範囲を広げるよ」
すぐ耳元で、甘く心地よい声がした。
「……へ!?」
がばっと跳ね起きる。
そこにいたのは、私のベッドで、私の隣で、あまりにも自然な顔をして添い寝している絶世の美男子――ルシアンだった。
私は反射で掛け布団をめくった。
寝巻きのまま。
服の乱れ、なし。
身体の、特に下半身の違和感、皆無。
よし。平和な朝だ。
ほっと息を吐いた私を見て、ルシアンが面白そうに目を細めた。
「……もしかして、何か期待してた?」
「あえて聞くけど、何を?」
じとっと問い返すと、彼は途端に「そっ、それは! ほら!」と分かりやすく狼狽え、美しい頬をぽっと赤く染めた。
相変わらず、純情のツボが分からない男である。
「……お手洗いと身支度、してくるね」
私は呆れつつベッドを降り、そのまま洗面所へ向かった。
当然のように、後ろから足音がついてくる。
例によって、ルシアンも一緒だ。
顔を洗い、身支度を終え、リビングへ戻る頃には、ルシアンもすでに完璧な身だしなみを整えて待っていた。
ただ、銀糸みたいな長い髪の毛先から、ぽたぽたと水滴が落ちている。
「朝風呂? まだ髪、少し濡れてるよ?」
「あっ、忘れてた」
ルシアンがすっと指先を動かし、魔術を展開する。
ふわりと温かい風が舞って、彼の髪は一瞬でさらさらに乾いた。
ドライヤーいらずである。
「……本当に便利な世界よね」
感心して呟くと、ルシアンは少しだけ目を丸くした。
「リナが生きていた世界の話……初めて聞くな」
「そういえば、初めてだね」
熱にうなされていた時、彼は私が“本物のリナ”ではないことを知っている素振りを見せていた。
私は彼の顔を見上げた。
「ねえ、いつから気づいてたの? その……私が、偽物だってこと」
「初めからだよ」
ルシアンは、息をするのと同じくらい当たり前のことみたいに、即答した。
それから私たちは朝食をとり、食後のお茶を飲みながらソファに並んで座った。
私は、自分が生きていた現代の世界のこと。
そして、この身体に入る前に迎えた自分の死について、ぽつりぽつりと話した。
話を聞き終えたルシアンの瞳には、ひどく暗くて物騒な炎が揺らめいていた。
「……今すぐ、そいつを殺してこよう」
「いや、違う世界だからね? 手出しできないからね?」
本気で次元を越えて報復に行きかねない彼を嗜めつつも、私のためにそこまで本気で怒ってくれる姿を見ると、胸の奥がじんわり温かくなった。
そうか。
もしルシアンがあの世界にいたら、私の死因なんて彼が全部消し去って、私は死ぬこともなかったんだろうな。
あ、でも――
「私が死んだから、ルシアンに出会えたのよね」
ぽろりとこぼれ落ちたその言葉に、ルシアンがびくっと身体を震わせた。
彼は静かに私の隣へ詰め寄り、そっと私の頬へ手を添える。
絡みつくみたいな紫の瞳が、私をまっすぐ射抜いた。
「……リナ。この世界では、俺が必ずリナを守り抜くよ」
「ありがとう、ルシアン」
嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
すると、頬に添えられた彼の手が、するりと私の輪郭を撫でる。
あ……。
これ……。
「リナ。好きだよ」
美しい顔が近づく。
甘い吐息といっしょに、触れるだけの軽い口づけが落ちた。
二度目のキスだ。
「……っ、恥ずかしいッ!!」
私はソファの上で、じたばたと足をばたつかせた。
昨夜は熱のせいだった。
でも今は、完全にしらふだ。
破壊力が違う。
「嫌……だった?」
不安そうに覗き込んでくるルシアンに、私は慌てて首を振った。
「……ち、ちがっ。嫌じゃないよ。その……初めてがルシアンでよかったとは、思ってるけど……」
ぴたり、と。
ルシアンの動きが完全に止まった。
「……っ!!!」
次の瞬間。
ルシアンは右手で自分の左胸を強く押さえ、左手で顔を覆い隠すようにして天を仰いだ。
「……踏ん張れ、俺……!」
ぎりぎりと歯を食いしばり、必死に何かに耐えるような声が漏れる。
何を踏ん張ってるのよ?
……あ。
……あっ! そういう!! 理性の限界ってこと!?
一拍遅れて意味を理解した私の顔が、一気に沸騰したみたいに熱くなる。
私は両手で自分の顔を覆い、ルシアンとまったく同じ格好で天を仰いだ。
チュンチュンチュンチュンチュンチュン。
チュンチュンチュンチュンチュンチュン!!
甘すぎる沈黙をぶち壊すみたいに、外から小鳥たちの爆音が鳴り響く。
私は真っ赤な顔を覆ったまま叫んだ。
「……ルシアン! さっきの結界の範囲、広げておいて!!」




