理性の欠壊、銀の鎖
「……あぁ、そうか。やっぱり、壊さなきゃわからないんだね」
地を這うような、低い声。
粉砕された扉の残骸を踏み越えて現れたルシアンは、もはや幽鬼のような形相をしていた。
その手には、見たこともないほど重厚に輝く、銀色の鎖。
「……ルシアン……?」
魅了でぼんやりした頭のまま、私は彼の名を呼んだ。
けれど、ルシアンの紫の瞳は、いつもの優しい色をもうどこにも残していなかった。
「俺が少し、君のために最高の『檻』を磨き上げている隙に……そんな羽虫に、心を預けるなんて」
ルシアンが一歩踏み出すたび、床が氷結し、専属魔術師の足元を容赦なく砕いていく。
「ま、待て! 私は閣下に……ぎゃああああっ!!」
ルシアンが指を弾く。
次の瞬間、魔術師の悲鳴は唐突に断ち切られ、沈黙の氷塊へと変えられた。
あとに残ったのは、魅了でふらつく私と、冷えきった室内を支配するルシアンだけ。
「リナ……。君が悪いんだよ。君が、俺以外の毒を簡単に受け入れるから」
次の瞬間、ルシアンの腕が私の腰を強引に抱き寄せた。
彼の体温は、驚くほど熱い。
まとわりついていた魅了の霧を、彼の圧倒的な執着の熱が、無理やり焼き払っていく。
「いいよ。その不純物も、君の心も、全部俺が塗り潰してあげる」
じゃらり、と銀の鎖が鳴った。
彼の手の中で、私の自由を、逃げ道を、人生を根こそぎ奪い去るための「何か」が、鈍く光っている。
「リナ。俺と繋がろう? ほら、君の脈動が、俺の指先にこんなに愛しく響いてる……」
その瞬間、私は理解した。
ルシアンは今、自分の手で
「良き婚約者」という名の理性の扉を、永遠に施錠したのだ。




