専属魔術師と甘い霧。
ルシアンが部屋に引きこもり、不穏な魔力を垂れ流しているあいだに、邸へ新たな波乱が持ち込まれた。
「――お初にお目にかかります。リナ様のお父上に招かれました、専属魔術師です。リナ様」
父が「ルシアンを牽制するために」連れてきたその男は、線の細い美青年だった。
礼儀正しく、柔らかく微笑みながら、
彼は私の手を取り、手の甲に口づけを落とす。
そのまま、私の瞳をじっと覗き込んだ。
「……あぁ、リナ様。あなたの瞳は、実に見事な輝きだ」
その瞬間。
私の視界いっぱいに魔術陣が幾重にも展開し、
ふわりと桃色に濁った。
頭の中へ、温かくて甘い霧が広がっていく。
心臓が、トクン、と跳ねた。
「……あれ?」
なんだか、この魔術師さんが、すごく素敵に見える。
私の全部を捧げてあげたい。
もっと声が聞きたい。
この人の言うことなら、なんでも聞かなくちゃいけないような――。
「リナ様? 顔が赤いようですが。肉壁モードに移行しましょうか?」
肉壁くんの声さえ遠い。
父の声も、するりと耳をすり抜けていく。
これが『魅了』の魔術だなんて、
意識がとろけ始めた私には気づけなかった。
「さあ、リナ様。こちらへ。私があなたを、この息苦しい檻から連れ出してあげます」
魔術師が差し出した手に、
私が力なく指を重ねようとした、その時。
応接室のドアが、
バァーン!!! と吹き飛んだ。
「――不純物が。
俺のリナに、その汚れた手で触れるな!
死にたいのか、貴様!!」
ふわふわした頭の中に流れたのは、
私の幼馴染、ドア壊したな……。
直せよ、それ。あとで……。
……という、ひどくどうでもいいことだけが頭に浮かんだ。




