盾と報酬と、不法占拠の幼馴染。
アトリエでの肖像画騒動から、数日。
私の生活は、かつてないほど
「情報量」と「物理的ガード」にあふれていた。
「リナ様。右前方三十メートル、彫像の影に潜み、『深夜の凝視』のシミュレーションを行っている旦那様を検知。肉壁、展開します」
「……助かるわ、騎士くん(仮)」
新護衛騎士――
通称「肉壁くん」は、呆れるほど有能だった。
彼が私の前に直立不動で立つだけで、
父の熱すぎる視線も、物陰から「リナの涙保存用小瓶」を構える母の気配も、すべて、その鋼みたいな背中で遮断される。
「そこをどいてくれ! 私の愛しいリナの、美しい姿形を確認させてくれ……!」
「お父様、諦めて。今は騎士くんが視界の百パーセントを占拠してるから」
まさに鉄壁。
だが、この盾を維持するための費用は、私の「道徳心」だった。
「リナ様。防御成功の報酬として……あちらの死角で、左のふくらはぎあたりを一踏み、頂けないでしょうか」
どんどん踏まれたい場所の指定が際どくなっていくのは、気のせいだろうか。
……いや、たぶん気のせいじゃない。
でも、今そこを深く考えると負ける気がした。
無心を心がけて踏む。
「……はいはい。えいっ」
あっ、今ピンヒールで一点集中になった。
痛そう。
「……っ!! 素晴らしい。規律が、我が身の存在意義が……鋭く研ぎ澄まされる……!」
「そんなに嬉しそうな顔をされると、こっちの罪悪感の行き場がなくなるんだけど」
まともな顔をした変態に守られながら、私は深く息を吐いた。
もう嫌だ。
本当に、もう嫌だ。
けれど、その「もう嫌だ」の内訳が、
父の凝視なのか。
母の採集癖なのか。
この護衛騎士の報酬制度なのか。
もはや自分でも判別がつかない。
ふと、気づく。
ここ数日、一番の懸案事項であるはずのルシアンが、妙に静かだ。
いつもなら、私の心拍数まで数えに来そうな勢いで現れるくせに、今は自室――
といっても、邸の客間だけれど――
そこを「今日からここを俺の拠点にする。リナの部屋に一番近いから」と、事後報告一発で占拠し、そのまま勝手にルシアン部屋へ作り替えて、籠もりきりになっている。
不法占拠にもほどがある。
しかも、誰も止められなかった。
父は「リナの近くに男を置くなど」と怒りながら、
最終的には「だが、あの部屋からならリナの寝起きの動線を把握しやすいのか……?」などと意味不明な方向へ思考が逸れていった。
母は母で「客間の前を通る時のリナの表情、記録しておきたいわね」とか言い出す始末だった。
地獄か。
地獄なのか。
結果、まともに「それは駄目」と言い続けたのは私だけだった。
そして、その私の意見は一番軽く扱われた。
納得いかない。
(客間に勝手に魔法陣を描いて魔改造するなんて、あいつ、本当に……)
廊下の先にあるその部屋を思い浮かべるだけで、背筋が薄く寒くなる。
扉の隙間から漏れ出る魔力は、
日に日に重く、粘り気を帯びてきていた。
まるで、目に見えない泥が、じわじわと床を這ってきているみたいに。
しかも時折、不気味な銀色の光まで漏れている。
あれは絶対に、ろくでもない光り方だ。
優しい幼馴染が出していい色じゃない。
けれど、今の私には、ルシアンがそこでどんな「最悪」を練り上げているのか、知る由もなかった。
知らないほうが幸せな気もする。
でもたぶん、知らないままで済ませてくれる男でもない。
嫌な予感だけが、日に日に育っていく。
「リナ様」
「……なに」
「防御成功の報酬として……次は、右のふくらはぎあたりを一踏み、頂けないでしょうか」
護衛騎士は、きりっとした顔でそう告げた。
どうしてこの屋敷、全員こんなに真面目な顔でおかしいの。
私は再び、盛大なため息を吐いた。




