帰宅したはずなのに安全じゃない
ガタゴトと揺れる馬車に身を任せていると、ようやく見慣れた王都の街並みが視界に入ってきた。
数々の誘拐――未遂を含む――を経て、ようやく辿り着いた邸の重厚な門。
門をくぐり、玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、私は肺いっぱいに実家の空気を吸い込んだ。
「はぁ……! やっぱり、我が家が一番だわ!」
冷たい氷漬けの森も、怪しい管理人の隠し通路も、ここにはない。
ふかふかの絨毯。
磨き上げられた調度品。
そして、私を害することのない馴染みの使用人たち。
ここなら、もう大丈夫。
そう思った。
ようやく「普通の生活」に戻れる。
そう確信して、私は晴れやかな気分で自室へ向かおうとした。
――はずだった。
「そっちの箱はリナのクローゼットへ。魔導書と研究資料は、窓際のデスクに並べておいてくれ」
「……え?」
聞き覚えのある、低くて甘い、けれど有無を言わせない声。
階段を上がろうとする私の視界の端で、ルシアンが当然のような顔をして使用人たちに指示を飛ばしている。
しかも、運ばれているのは――彼自身の荷物だ。
「ちょっと待って、ルシアン。何をしてるの?」
「何って。荷解きだが?」
ルシアンは手にした結晶体を光にかざしながら、事も無げに答えた。
「なんで私の屋敷で、あなたの荷解きが始まってるのよ。あなたの家、すぐ近所でしょ」
「リナ。君はまだ、事の重大さを理解していないようだね」
ルシアンが歩み寄り、私の肩にそっと手を置く。
その瞳は、深淵のような紫。
「いいかい。二日で三回誘拐された婚約者を、一人で寝かせる魔術師がこの世にどこにいる?」
ルシアンは穏やかな声で続けた。
「万が一、深夜に空間転移で連れ去られたら?」
「万が一、壁の隙間から侵入されたら?」
「それは……まあ、怖いですけど」
私が小さく答えると、ルシアンは満足そうに頷いた。
「だろう?」
そして、当然の結論のように言う。
「だから、俺が君と同じ部屋で寝る」
「君を二十四時間、俺の魔力膜の中に置く」
「これが現時点で最も合理的で、唯一確実な安全策だ」
そして、聖者のように清々しい笑みを浮かべた。
「正論だろう?」
あまりに堂々としたその態度に、一瞬だけ。
(……そうなのかな?)
と納得しかけて――私は全力で首を振った。
「却下!! 一人で寝かさない魔術師の方が、よっぽど事案だわ!!」
「リナ。俺は君の健康と安全をですね……」
「いいから、自分の家に帰りなさい!!」
帰宅して、まだ一分。
王都の「我が家」は、一瞬にして安全圏から――
ストーカーとの同居戦線へと変貌を遂げたのである。




