ひつじが一匹。
選択肢は四つ。
1.寝たフリ(現状維持)
2.叫ぶ(警備を呼ぶが、修羅場確定)
3.起きて対話(リスク大)
4.即座に逃げる(物理的に無理)
悩む。
私は布団の中で、音を立てないよう頭をフル回転させて考える。
「救いたい」と口にするくらいだ。
いきなり殺されはしないだろう。
ならば、ここは「起きて対話からの逃げ」一択だ。
わざとらしく「……う、うーん?」と寝返りを打ち、微睡みから覚めた振りをしながら、そっと瞼を開ける。
ぼんやりとした月明かりに、目が慣れてきた頃。
至近距離で、ぴたりと視線が合った。
「……管理人さん?」
「お目覚めになられたのですね、リナ様」
そこにいたのは、五十代ほどの穏やかな顔立ちをした洋館の管理人だった。
「あの……どうやって部屋に?」
「緊急経路(かくし通路)がございます」
「……あ。なるほど。今、緊急事態ですものね」
そう。
管理人という侵入者が、私の寝室にいるという緊急事態だ。
納得しかけて、思い出す。
ここは鍵の掛かった私の寝室だ。
「リナ様が騎士に拐われたと聞いた時は、生きた心地がしませんでした」
「……ご心配をおかけしました」
それから、深夜とは思えないトーンで管理人の独白が始まった。
洋館の歴史。
地域の特産。
先代の話。
……長い。
そして、彼の瞳に宿る熱が、次第に形を変えていく。
「あなたに、食べていただきたいものが沢山。そう、沢山あります」
「わ、わぁ……! それじゃあ、明日にでも。……あの、そろそろ、一人で寝たいなって……」
本当に、出ていってほしい。
穏便に、今すぐに。
だが、管理人は私の言葉を遮るように、静かに、けれど逃げ場を奪うような声で囁いた。
「……魂の共有。わたくしめと、致しませんか?」
え……いやぁ……。
失礼ながら、管理人さんは五十代。
この世界の平均寿命は知らないけれど、
共有した数年後に心中なんて、笑えないわよ。
「ふふふ。まぁ! それはダメです!」
私はにっこりと笑う。
「私の魂は、誰のものにもなりたくはないのです!」
渾身の拒絶。
どうよ。これで諦めてくれないかしら。
管理人は、意外にも深く、満足げに頷いた。
私はわざとらしく欠伸をし、目を擦ってみせる。
「寝かせてほしいぞアピール」全開だ。
管理人はにこやかな笑顔を崩さず、
不意に手を伸ばすと、私の首筋をそっと撫でた。
ぞわり、と鳥肌が立つ。
引き攣りそうになる頬と喉を、必死に抑え込む。
「では、また明日。おすすめの果実をお持ちしますね」
そう言い残すと、彼はドアへは向かわず、
本棚のカラクリを起動して闇の中へと消えていった。
「…………っ」
身体から一気に気が抜ける。
私はそろりそろりとベッドを抜け出し、震える足で部屋を飛び出した。
廊下で控えていた護衛の騎士(※誘拐犯ではない、まともな方)が、血相を変えて駆け寄ってくる。
「リナ様! いかがなされましたか!?」
「お願い、ついてきて……!」
彼を伴い、私が向かった先は両親の寝室だ。
もう、この洋館は無理。
管理人にまで心中を迫られるこの土地は、
避暑地どころか「魔境」だわ。
「お父様、お母様……帰りたい。今すぐ、我が家へ帰りたいの!」
深夜の廊下に、私の切実な叫びが響き渡った。




