禁術はお断りします
まさか、自分の護衛騎士に「救出」という名の愛の逃避行を強制されるとは思わなかった。
それでもどうにか、私は無事に避暑地の洋館へ戻ってくることができた。
……本当に、いろんな意味で忘れられない避暑になったと思う。
思い返せば、ある意味では「避暑」に大成功していたのかもしれない。
寒かった。物理的に。
森で氷漬けになりかけたし、心もヒヤヒヤしっぱなしだったし。
そして、帰還早々――
待っていたのは二度目の乙女チェックである。
カーテンの向こうで女医が静かに告げた。
「お嬢様は、清らかです」
……当たり前なんだけど、心底ほっとする。
母はその言葉を聞いた瞬間、崩れ落ちるように私をぎゅっと抱きしめた。
「怖かったわね……もう大丈夫よ、リナ」
優しく背中を撫でられると、胸の奥がじんわりと熱くなる。
私は、また両親に心配をかけてしまった。
最近、本当に迷惑ばかりかけている気がする。
申し訳ない。
そんな殊勝な反省に耽っていると――。
コンコン。
控えめだが、拒絶を許さないノックの音。
「リナ。入ってもいいか」
父の声だった。
「はい」
扉が開き、父がいつになく厳格な表情で部屋へ入ってくる。
「大変な出来事に巻き込まれたばかりだが……大切な話がある。
君が高熱で倒れた、真の理由についてだ」
私は思わず背筋を伸ばした。
父の説明は、驚くべき内容だった。
どうやら、この身体に宿っている私の『魂』そのものが、根本的な原因らしい。
リナの身体が持つ魔力の器に対して、
私の魂が持ち込んだ魔力量は、どうやら許容量を大きく超えてしまっている。
その結果。
入り切らない魔力が――だだ漏れ。
しかもその魔力が、希少で濃厚な蜜のような性質を持っているらしいのだ。
つまり、周囲の生き物や人間を無自覚に惹き寄せてしまう。
どうぶつ王国状態になっていたあの森の現象も、
私の周囲に妙な情熱を持つ人々が吸い寄せられてくるのも――
全部、この『魔力漏れ』が原因。
父はそこで、一段と声を低くした。
「そこでだ。入りなさい」
カチャリ。
扉が開き、そこに立っていたのは――。
「……リナ」
案の定、ルシアンだった。
父は淡々と話を続ける。
「伴侶であるルシアンと君。二人の魂を結びつけることで、溢れる魔力の安定化を図ることに決めた」
……え?
決定事項なの?
私は恐る恐る、喉まで出かかった疑問を口にした。
「それ……世間一般では『呪い』と呼ぶ類のものでは?」
あの騎士くんが言っていた不穏な言葉が、頭をよぎる。
ルシアンが、珍しく即座に声を荒らげて否定した。
「違う! 魂を共有し、支え合うだけだ!」
……いやいや。
言い方を変えても、本質は変わらないわよ。
「えーっと……仮に私が、ぽっくり天に召されたら?」
ルシアンは、一厘の迷いもなく断言した。
「永遠に一緒だ」
あっ。
つまり――
一緒に召されるということですね?
道連れ確定。
ニコイチ(命)。
私は深く、深く頷いた。
「お断りします!」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
両親とルシアンが、揃って石像のように固まっている。
どうやら、私から拒絶されるとは夢にも思っていなかったらしい。
いや、どう考えてもダメでしょうよ。
その話は、結局――
一旦保留
ということになった。
……それにしても、重すぎる。
人の命を背負うのも。
背負わせるのも。
本当に、無理。
いや、普通そうでしょ?
……そうだよね?
正直、死ぬのは怖い。
でも、今こうして生きていること自体、ある意味ボーナスステージみたいなものだと思っている。
だからこそ。
誰かの人生まで巻き添えにして、道連れにするなんて到底できない。
――その日の夜。
洋館の寝室。
柔らかなランプの灯りの中で、私はベッドに横たわっていた。
緊張が解け、疲れが一気に押し寄せてきたのだろう。
まぶたが重い。
うとうとと、深い眠りに落ちかけたその時。
……視線。
誰かに、至近距離で見られている気がする。
ふっと、首筋に冷たい感触が触れた。
指?
そっと、なぞるような、執着に満ちた感触。
(……だれ……?)
耳元で、低い男の声が微かに囁く。
「ご無事で良かった……」
ルシアンの声じゃない。
「私の魂と結びつくことで、あなたを救いたい」
……いや待って。
それにしても。
禁術の話って、一家の極秘案件じゃなかったの?
なんでこんなに情報漏洩してるのよ、この家!!




