第8話 平家④─鹿ヶ谷の陰謀─
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殿下乗合事件以来、伝統や格式を無視した平家への不信感が高まっていった。
それに追い打ちをかけて、白拍子の祇王と仏御前の一件、重盛が延暦寺の強訴を武力で鎮圧したことなどが重なり、白河院以来の院政やそれ以前の摂関政治を善とする保守派のヘイトを買っていた。
都の郊外に鹿ヶ谷という場所がある。
現在では京野菜の鹿ヶ谷かぼちゃで知られているが、当時はまだ鹿などが住まう山深い場所であった。
そこにある静憲(信西の息子)の山荘に、後白河院をはじめ、藤原成親や俊寛、西光といった院近臣が集まっていた。
「最近の平家の行状は、あまりにも目に余る……」
低い声で、俊寛は言った。
彼の知る清盛は、悪人ではない。師仲の一族であるとわかっていても、まだ子供であるという理由で助命をしてくれた。それどころか、自分に高度な教育を施してくれたりしてくれた。いわば大恩人なのだ。
が、熱病にかかって以来清盛の様子がおかしい。以前の彼は、武士にしては気弱で優しい男だった。敵にも情けをかけるほどに。熱でおかしくなってしまったのだろうか? あるいは、何かに取り憑かれてしまったのだろうか? わからない。でも、このままでは、恩人の清盛が、そして、平家が、この国が間違った方向へ行ってしまう。それを、何とか止めないといけない。その一心で、俊寛はこの集会を提案した。
「同じく。ほんと、平家由来の平氏が多い。私も平氏なんですけどね……。あ、私は違いますよ」
参加していた平康頼は、冗談めかしく言った。
事実、今の人事は平家が握っている。ゆえに、西園寺家や徳大寺家といった、藤原氏の名門、村上源氏などの清華家レベルの公家からは、誰も要職を務める者は出ていない。
緊迫していた場が少し和んだ。
その空気に便乗し、同志の一人である藤原成親は、
「それはそもそも、法皇様が平家を甘やかしすぎたことが原因なのではありませんかな?」
と言った。
「法皇様の前で何を言う!!」
空気の読めない発言をする成親に、静憲は言った。
「といっても、その平家は皇室の外戚。悪いようには言えん……」
仕方なそうに俊寛は言った。武家である平家。だが、その平家は今や皇族の遠縁。外戚としてはだが、往年の摂関家ほどではないが、今の皇統のそれとは近しい関係にある。
「まあ、その責任の一端は私にもある。その平家の力をどうにか削がねばならん」
苦々しい表情を浮かべながら、法体の後白河院は言った。
「何かいい方法はありますかな?」
俊寛は意見を募った。
意見としては、「日宋貿易の権限を皇室と折半する」や「重盛を使って仲たがいさせ、平家を分裂させる」といったものが出た。どれも、財政や強い一族の結びつきという平家の強みを削ごうというのである。
さらに過激なものとしては、
「各地の源氏や平家に不満を持つ勢力に院宣を送り、決起を促す」
という過激な意見も出た。
酔いが回ったのか、そこからさらに飛躍して、
「比叡山延暦寺の大衆を討伐するという名目で兵を集め、六波羅を陥落させる」
という意見まで出た。そしてそれを採用し、実行しようと盛り上がっていたときに、西光が酒の入っていた瓶子を倒してしまった。
とくとくと、素焼きの瓶子から白く濁った甘ったるい酒が床にこぼれ落ちる。
「瓶子が倒れた!!」
西光はつぶやいた。
「おお、これはめでたい」
隣にいた成親は囃し立てた。
瓶子と平氏。読みは同じである。その「へいし」が倒れるのは、何と先行きのいいスタートだろうか。
「滅多なことを言うでない。内通者がここにいるかもしれないんだぞ」
苦い顔をした静憲は西光の言動をたしなめた。確かにここにいるのは、平家のやり口に不満を持った同志。だが、いくら「同志」と言えど、中には内通者だっているかもしれない。力関係が逆転したとき、何かの形で後白河院を見捨てる者がいたら、このことを誰かが言うだろう。
「酔いが回ってつい口が滑って……」
西光は酒で赤く染まった顔をさらに赤く染めながら持ち上げ、そのまま、持っていた鉄扇で瓶子の首を叩き割った。
一同は盛り上がった。突然起きた先行きのいい偶然と、西光のパフォーマンスが重なって。
むろん、静憲や俊寛のように苦々しい顔で見ている者もいるが。
その後は猿楽やら管弦のあそびで盛り上がり、宴は夜通しで行われた。
(見苦しい宴だ。やる気があるのか……)
集会に参加していた清和源氏の多田行綱は、低レベルな集会に嫌気がさした。
酔いに任せて謀議をしている。しかも、「瓶子が倒れた」というしょうもないことで盛り上がっている。この調子では、計画はご破算に終わるだろうな。
(いや、待て。この情報を福原にいる入道相国に売り渡せば、俺は英雄になれるかもしれない)
同時に、こんなことも頭をよぎった。後白河院が平家を討とうとしていることを清盛に密告すれば、名誉と恩賞が入る。
(善は急げ、行動だ!!)
行綱はひっそり宴を抜け出し、そのまま西八条の清盛邸へ早馬を飛ばした。
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西八条の清盛邸へと着いた。小庭へと通された。
平家の屋敷は平安貴族のそれとは違い、唐風であった。採光を考慮した書斎や障子といった宋の最先端技術を取り入れている。
それだけではない。置いてあるものは、青磁や白磁の壺、そして華やかな色彩の椅子といった、本朝では見ることのないものばかりである。
応対したのは、平家の郎党が一人平盛国であった。
「どういうことだ、それは!?」
鹿ヶ谷の一件を聞いた盛国は、頭を傾げた。
まさか後白河院が、平家を討伐しようと考えているとは、思いもしなかった。こちらには皇室に仇なす気は無い。なのにどうして?
「わかった。今、清盛を呼ぼう」
盛国は早足で清盛の部屋へと向かい、起こしに行った。
「何だ、こんな朝早くに」
大きなあくびをし、目を擦りながら、清盛は行綱の前へ出た。
「実は……」
行綱は先ほどの鹿ヶ谷の一件を打ち明けた。
眠そうにしていた清盛は一転、目を見開き、握り拳を作った。そして坊主頭に青筋を浮かべ、低い声で言った。
「あの糞坊主が!! とうとうやりやがったか!!」
・重盛が延暦寺の大衆を武力で弾圧した事件……嘉応の強訴。
・入道相国……平清盛のこと。




