第7話 平家③─平家悪行のはじめ─
1
清盛は難波と瀬尾ら30人ほどの武者を召集した。
「皆々よく集まってくれた。ここに集いし者たちには敬意を表そう」
集まった者たちに感謝の意を示した清盛は続けて、
「お前たちに集まってもらった理由は、摂関家の支流の一つ松殿家の面子を潰すため。松殿家当主松殿基房は、我が孫のほんの少しの無礼で烏帽子を奪い、髻を切り落とし、その姿を衆前に晒し上げたのだ。これは我々平家に対する侮辱。許してはならん」
と言った。
「せ、摂関家の分家を襲撃するとは、世論が黙っていません!!」
集まった武者のうち一人が言った。
清盛は「わかっている」と言って続ける。
「私にも摂関家には恩がある。そして、奴の父やお前の言うように、資盛にも非はあるし、世論は黙っていないだろう。が、今回は明らかに奴らの方がやり過ぎだ。若いものならば誰だって失敗する。その失敗を吊るし上げて、ここまで痛めつけるのは非道ではないか? 反対に奴らのやったことを広く世に知らしめ、奴らにもそれ相応の社会的制裁を受けてもらわねば筋は通らん」
「た、確かに言われてみれば……」
武者の一人は納得した。確かに、成人したての未来ある若者が、一つの失敗で全て終わらせられるというのは、あまりにも酷すぎる話である。
清盛は小烏丸を抜いて、
「こんな老害や既得権益で甘い汁を吸う奴らが国を牛耳っている限りは何も変わらん。その嚆矢として、基房を血祭りに挙げてやる。お前たち、これが奴らがさんざ虐げてきた武士たちの怒り。とくとぶつけてやろうぞ‼︎」
天に掲げ、叫んだ。
「おおーッ!!」
清盛に続き、武者たちはこぞって鬨の声を挙げた。
2
基房は高倉帝の元服のため、内裏に詰めていた。
(何としても成功させねば、平家に申し開きができぬ……)
帝の元服は一大行事。どうにかして成功させねばならない。失敗などあろうものなら、自分の首が危うい。相手の母親は、摂関家や徳大寺家や西園寺家のように数多いる藤原氏の支流や村上源氏の系統ではなく、平家から出ている。もし何か粗相があれば、清盛が黙っていない。
とにかく、高倉帝の成人の儀を無事成功させること、そして清盛への畏れだけしか頭に無かった。
喧嘩を売ってきた少年一人など眼中に無い。親である重盛からも、謝罪の手紙や贈り物ももらっているし、息子に厳しく言いつけておくと言っている。
とりあえず国事行為を成功させるために、毎日昔からある日記とにらめっこをしたり、関係者との打ち合わせをしながら、日々を過ごしていた。
毎日仕事に打ち込んでいる基房。一生懸命であればあるほど、清盛にとって好都合なことはなかった。
清盛は忍びを送り込み、基房の一日の行動を監視していた。
割り出したのは、帰宅する酉の刻。必ず通るのは大炊御門の猪熊。この近辺で待ち伏せをすれば、確実に基房に恥をかかせられる。
10月21日。清盛は集会に来た者たちに召集をかけ、計画を実行段階に移した。
「止まれ!!」
猪熊へ基房たちがやってきたところを、襲撃部隊の隊長を任されていた瀬尾が声をかけた。
「何だ、お前たち」
資盛に喧嘩を売った従者は返した。
「平家の武者だが何か?」
「この前のことか、あれは家格の卑しいお前らの孫が道を譲ろうとしなかったのが悪い。お前たちのとこの教育が悪いで説明がつくだろう? こっちはしっかり内府様より謝罪の文ももらっている。下がれ!!」
「謝ってもらったからといって、やったことは無くならないな」
「そっちこそ、物々しく武者を率いて何をするつもりだ!?」
「お前らにも、同じ目に遭ってもらうまで!!」
瀬尾は後ろにいた武士たちに号令をかけた。
乱戦となった。
数は平家の方が優位であった。おまけに武装もしているので、丸腰の下人たちは逃げまとうしかできない。警護の武者も数が少ないので、自分の身を守るのに精いっぱいだ。
そんな松殿家の下人や警護の武者を追い詰め、瀬尾や難波らの武者は彼らの烏帽子を取り、髻を切っていく。
「暴力には、屈せぬ!!」
泣きながらも、足をすくませながら基房は表に立ちはだかる。
「覚悟!!」
瀬尾は烏帽子を掴んでもぎ取った。続いて難波が太刀で髻を切り落とす。
「お前たち、なぜそんなことができる。こんなことをして、何のためになる?」
大童になった基房は、声を震わせながら聞いた。
「何のためになるって言われてもな……。こっちも主命でやっているんだ。やらなければこっちが怒られるんでな」
瀬尾は基房の顔面を思いっきり殴り、倒した。そして、着ていた身ぐるみごと剥がし、仲間を呼んだ後袋叩きにした。
喧噪の後にあったのは、大童になって気を失った下人や武者たちであった。そして当の本人は、そのまま都の大路に晒し上げられた。
なお、高倉帝の元服の儀は、進行役の基房が不慮の事故に遭ったため延期となった。
3
「何だと!?」
事件を聞いた重盛は驚愕した。謝罪もしたのに、なぜ父がこうもしゃしゃり出てくるのか、理解できなかった。
(大事だ。摂関家も黙っていないだろう。ほとぼりが醒めるまで、資盛を安全な場所に隔離しておかねば……)
重盛は自身の近習何人かを引き連れ、資盛の軟禁されている部屋へと入った。
「資盛、しばらくお前を伊勢に隔離する」
「どうしてだ!?」
今までここで軟禁されていたのに、どうしてまたさらに遠く離れたところへ? 資盛は疑問に思った。
重盛は資盛の肩をつかみ、
「お前のやったことが、どれだけのことか、わかっているのか!?」
と睨みつけた。
「でも、お祖父様が守ってくれます」
資盛の反論を聞いたあと、重盛は黙り込み、彼の頬を思いっきり殴った。そして反転を使い、体中が痛むようにした。
「痛い……」
涙ながらに苦痛を訴え続ける資盛。
重盛は息子の訴えを無視し、続ける。
「馬鹿!! あっちにお前を引き渡せば、どうなるかわからないんだぞ!! だから、ほとぼりが覚めるまで、大人しくしてろ!!」
その後重盛は痛みを取り除き、代わりにしばらく動けない体質にし、彼を拘束した。そしてそのまま伊勢へと強制送還した。
平安時代、恥をかかせた者たちに仕返しをするのは、ありふれた出来事であった。だが、清盛のそれは、相手が格上の摂関家であったこと、そして彼の平家の強引な執政と関連付けられ、滅亡後に琵琶法師たちにより、悪行として語り継がれた。
この事件の起承転結を語り合えた後、彼らは琵琶の奏でながら、締めの言葉に口を揃えてこう言った。
「これが平家悪行のはじめなり」
・西園寺家……徳大寺家と同じく藤原北家の一流。著名な人物には、後醍醐天皇暗殺を企てた西園寺公宗や総理大臣を何度か務めた西園寺公望がいる。
・琵琶法師……鎌倉時代に『平家物語』を語っていた法師のこと。琵琶の音色に乗せて平家や源氏の武者の武勇や平家に翻弄された貴族や女性の悲哀を語った。著名な人物に昔話で有名な耳なし芳一がいる。




