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ひとへに風の前の塵に同じ・転  作者: 佐竹健


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第4話 五条大橋


   1


 六波羅から都へと続く小路を、牛若は駆けていた。

 一方的に捨てられた怒り、努力の虚しさ、自分はこれから何を頼りに生きていけばいいか? どうしようもない感情をかかえながら、ひたすら無人の夜の京の大路を駆け抜ける。

「どうした、小僧!!」

 人情のある誰かの屋敷の守衛は、引き留めようとする。が、牛若の方が足が速かったので、それは叶わない。

 気が付くと、五条大橋へと出ていた。

(あれ、誰もいない?)

 五条大橋には、夜に清水寺へお参りに来る者が通るのをたまに見かける。が、今の五条大橋には、その一団の姿さえも見受けられない。

(おかしいな)

 そう思いながら五条大橋を通ろうとしたそのときに、

「おい、そこの者、待て!!」

 と大音声が聞こえた。同時にその姿が、月明かりをうけて、闇夜の向こう側からぼうっと姿を現した。

 目の前にいたのは、身の丈七尺か八尺はあろう墨染の衣を着た荒法師であった。薙刀を構え、背中の葛籠には何本もの太刀がある。少なくとも、祇園界隈にいる延暦寺の悪僧であろう。

「そこにいるは女か稚児か?」

 大股で薙刀を構えた荒法師は問うた。

「貴様の持っている刀は名のある品と見た。置いていけ」

「何だお前⁉」

 牛若丸は貰ったばかりの鬼切丸に手をかけ、突然五条大橋の真ん中に現れた謎の荒法師と向き合う。

「私の名前は武蔵坊弁慶。太刀千本の強奪の1000本目、貰い受ける‼」

「ほーう。ちょうどいいところにいい憂さ晴らしの相手がいたな。今日の俺は最高に機嫌が悪い。やれるものなら、やってみろ!!」

 牛若は煽った。

「おおおっ!!」

 牛若の挑発に乗り、弁慶は薙刀を振るった。

 牛若は飛び上がり、弁慶の繰り出す一撃を避けた。

 弁慶の振りかざした薙刀は、橋の宝珠を真っ二つに切り裂いた。

「鎮西八郎為朝が使っていた力が、ここまで強いとはな。まあ本気を出させてもらうぞ」

「どんなにすごい攻撃をしたところで、当たらなきゃ意味がないんだよ」

 牛若丸はそのまま飛び上がり、弁慶の鳩尾に飛び蹴りを食らわせた。

「ふっ、軽い。こんな攻撃痛くもかゆくもねぇ」

 弁慶は余裕の表情を浮かべ、そのまま突撃し、薙刀で牛若丸を斬り倒そうとした。

 重量とパワーの籠った一撃を牛若丸は避けた。

(こいつ、力は感じる。何かの神通力の使い手か)

 一撃を避けたとき、牛若丸は弁慶の一撃に神通力の気を感じた。

(まあいい。こっちも使うまでさ)

 牛若丸は攻撃の後に生じた一瞬の隙を突き、足に気を纏った。そしてその状態で弁慶の脛を力一杯蹴った。

「痛っ‼」

 薙刀を落とし、弁慶はあまりの痛さに足を抱えた。悪い目つきには似合わず、涙を浮かべている。

 牛若丸はその隙を見逃さず、手を出して弁慶を吹き飛ばした。

 念力を受けた弁慶は橋げたを突き破り、大きな水しぶきを上げて賀茂川の底へ沈んでいった。


   2


「今日は疲れるな……」

 母には絶縁宣言され、弁慶というよくわからない悪僧に絡まれ。散々な一日、いや、一刻二刻である。

「やはり貴様のようだな。斎院の探している『弥勒菩薩』は」

 川からずぶ濡れになった弁慶が出てきた。

「俺が『弥勒菩薩』だって!? 何回も言われてるが、イマイチその実感は無いな!!」

「気が変わった。貴様は殺す」

「そう来なくっちゃな」

 牛若は腰に帯びていた、政近から形見として貰った鬼切丸の太刀を初めて抜いた。

 春の月光をうけて青白く光る鬼切丸の太刀は、義経が念を送った瞬間その姿が変わった。

 刃渡り三尺はあろう刀身は六尺ほどの大きさとなり、峰の方は白く輝く龍の鱗に覆われている。

「これが、酒呑童子を斬った伝説の刀の真の姿か」

 弁慶は源氏重代の太刀鬼切丸の真の姿を見て、感激している。お伽話でしか聞いたことのない伝説の太刀が今ここにある。これだけは絶対に奪わねばならない。

「あいにく俺も 初めて抜いたんだ」

「面白い」

 弁慶は身体の筋力全てを解放した。

「喰らえ、大岩をも砕いた我が一撃、岩融いわどおし

「鬼切丸、力を見してやれ」

 鬼切丸を正眼に構え、牛若は一振りした。

 唐竹に宙を斬ると同時に、無数の白銀の三日月状の刃が繰り出され、弁慶の方へと飛んでいった。

 弁慶は鬼切丸から放たれた飛ぶ金属の斬撃を受け、倒れた。

「面白かったぜ、弁慶さんよ」

 鬼切丸を納刀し、牛若は五条大橋を後にする。

「あれが弥勒菩薩の器ですか……」

 牛若丸と弁慶の戦いを隠れて見ていた法体の老爺はつぶやいた。


   3


「さて、帰ろうか……」

 牛若は一人言をつぶやき、そのまま北にある鞍馬寺へと帰ろうとしたとき、

「あの武蔵坊弁慶を倒すとは、君はなかなかの実力者ですね」

 と声をかけられた。

 声のした方を牛若は向いた。そこには墨染めの衣を着た法体の老爺が立っていた。老爺は手を叩いて、彼の武勇を讃えている。

「ジジイ、そこどけ」

 牛若はそのまま、老人の前を通り過ぎようとした。

 帰ろうと動くタイミングを見計らい、法体の老爺は、

「君はもしや、義朝君の忘れ形見の一人ですか?」

 と聞いた。

「何だ、オヤジを知ってるのか?」

「ええ。子供の頃からずっと見てきましたからね。それよりも......」

 老人は鬼切丸の方へと目をやり、一言。

「君にその刀はふさわしくない」

「言ったな」

 青筋を浮かべた牛若は、抜身の鬼切丸を正眼に構えた。

(こいつそれなりには強い。が、粗いな。何もかも。でも、油断は禁物)

 攻撃を軽々と避けながら、法体の老人は変身をした。

 変身をしたときの姿は、白い髪をベースに黒の黒のラインが入り、猫のような耳を持った青年の姿になった。白い虎と人間の青年との特徴を併せ持った男の青い瞳は、月あかりを受けらんらんと輝いている。

(気が、変わった)

 法体の老人の気が変わったことに牛若は驚いた。先ほどの常人並みの力とは正反対に、青年になったときの姿は、圧倒的な気を放っている。たとえるなら「神」というべきだろうか。とにかく、勝てないのはわかる。

「どうした、来ないのか?」

 白虎のような青年は、脂汗をかいて立ちすくむ牛若を焚きつけた。

「そんなことはない」

 牛若は強がってみせた。が、内心は勝てる気がしない。

(天狗、いや政近さんが使ってたあの技、出来るかもな)

 鬼切丸は姿を変えた。先ほどまで白銀色だった峰の部分に、赤銅の線が現れ、周りを覆い始めた。同時に牛若の周りに赤気が立ち上る。

「赤気か。あいつと同じ技だな」

 ホワイトタイガーのような髪をした青年はつぶやいた。

「誰だよ、そいつは!?」

「お前の師匠の兄貴さ」

「磁力焼殺破・斬!!」

 気を高めた牛若は、鬼切丸を振り翳し、強力な電磁波を纏った破壊の斬撃を放った。

「あいつには及ばねぇな」

 青年は結界を張った。そして牛若の磁力焼殺斬は見事無効化された。

「き、効かねぇ!?」

 呆然とする牛若。そこへ、

「それ、お返しだ」

 青年はノーモーションで牛若が放った磁力焼殺破を繰り出した。

 結界で何とか防ごうとしたが、ほんの数秒しか持たず、そのまま倒された。

 倒したのを確認し、青年は牛若の方へ近寄ろうとした。

(何、気絶だけで済んでいるだと!?)

 牛若の姿を確認した青年は驚いた。生成した金属を纏わせた強力な結界が、牛若を守っていたのだ。まさか、少年にそれほどの力があったとは考えもしなかった。

「運がよかったな。お前は鬼切丸に選ばれてる」

 驚愕は一瞬にして納得へと変わった。

 青年は気絶した牛若の太刀の鞘に鬼切丸を納刀し、壊れた橋の方へと向かい、

「弁慶、散々だったな」

 と大きな声で笑いながら言った。

「ったくもう、源三位入道、何てとんでもない奴の力試しをさせてくれたんですか」

 ずぶ濡れになった弁慶は、痛そうに腹部を抱え、水と血を吐いて立ち上がった。

 弁慶の言葉を遮り、白虎の力を使って若返っていた青年、通称源三位入道ことみなもとの頼政よりまさは、

「行くぞ、賀茂の斎院に会いにな」

 と言って一緒に賀茂斎院のある下鴨神社へと歩いて行った。

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