第5話 平家①─新皇受肉─
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話は、15年前に遡る。
平治の乱の後、清盛は乱を平定した功労者ということで、従三位に昇った。そしてその後も昇進を続け、乱の7年後には人臣の最高位である太政大臣にまで昇りつめた。
「武士が太政大臣にまで昇りつめる」
異常事態であった。今までに武士が五位や四位にまで昇った事例はあった。が、公卿はおろか、人臣の極みである太政大臣にまで昇りつめたのである。
また、平時忠の妹である滋子が後白河院のもとへ嫁ぎ、その間に生まれた男子が皇位に就いた。高倉帝である。
太政大臣で帝の縁戚。全ては平家の思いのまま……。といいたいところであったが、一門の大黒柱であった清盛は51歳のときに、熱病で生死を彷徨った。
清盛を失えば、平家の屋台骨と精神的支柱を失うことになる。どうにか清盛を治さねばなるまい。
平家一門の重臣筆頭であった平貞能は、名だたる高僧や陰陽師を招き、清盛の病気平癒を祈願した。が、病状は悪化する一方であった。
毎日高熱にうなされる清盛の姿を見かねた妻の平時子は、
「清盛も50を超えた身。もう長くは無いでしょう。彼の後生のためにも、出家させてあげるのはどうでしょうか?」
と言い出した。
「マジかよ……」
時忠は困惑した。清盛と時子の間には宗盛や知盛、重衡、そして徳子という4人の子女がいる。3人の息子のうち誰かが平家の当主になり、徳子が入内し、その間に皇子を儲け、立太子させて即位させれば、高棟王流の時忠の家も安泰である。それに、周りから「ろくでなし」扱いされている自分にも、清盛だけは頼りにしてくれた。家のこと、自分のためもあるので、清盛には死んでほしくない。
「いいのか?」
と聞いてきた。
「一人では心細いので、私も出家します。それで少しでもよくなるのなら……」
毅然とした口調で、時子は答え、簾の向こうの清盛に目をやった。
「そう、させてくれ、俺が、俺で……」
簾越しに、清盛は苦しそうに答えた。
「こりゃ、そうするしか無さそうだな……」
覚悟を決めた姉と熱病に苦しむ義理の兄。二人の姿を見て、時忠は姉の出家の意思を呑んだ。
2
清盛・時子夫婦は出家をし、法体となった。が、清盛の容態は一向に良くはならなかった。むしろ悪化していく一方であった。熱にうなされて悪夢でも見ているのか、意味不明な寝言ばかりをうなりながら言っている。
「やめろ、お前には、渡さない」
「俺は、忠義のために」
といった感じで。
(父上が危篤だ。ここで我が力を使わねば)
ここで全ての怪我と病を治癒する力を持つ重盛が立ち上がった。僧の祈祷も、陰陽師の術も、時子の祈りも通じなかった。この埒の開かない状況を打開するには、自分の持っている力を使わねばなるまい。
重盛は見舞いに来た。
「おお、重盛か」
息も絶え絶えではあるが、力を振り絞って、清盛は笑みを浮かべた。立派に育ち、今は平家の精神的支柱として振る舞う彼ほど頼もしい存在はない。
「重盛です」
「よく来てくれたな。待っていたぞ」
「父上、今治します」
重盛は弱った清盛の手を取り、薬師如来の真言を唱えた。一か八かの賭けである。もし父が死ぬ運命ならばそのまま。まだ生きる運命ならば、それに越したことはない。
手を放し、父の様子を伺った。
幸い、徐々に気力を取り戻していった。が、予想外の出来事が起こった。
突然清盛は口元に不敵な笑みを浮かべ、小さな低い声で、
「ありがたいな、薬師」
とつぶやいた。
「貴方は、誰ですか!?」
声色で、重盛は父が父でないことを看破した。父はもっと、柔らかな声をしている。だが、今目の前にいる病み上がりの男は、低い冷徹な声をしている。おまけに、人間のそれとは思えぬ邪悪な気も発している。
起き上がった清盛、いや、その中にいる何かは、胡坐をかき、
「誰って、そりゃ、お前の親父だ」
と当然のごとく答えた。
「違う!! お前は父上の中にいた、平将門だろう」
父の中にいた何かは、苦渋の表情を浮かべて天井をにらみつけたあと、
「お見事」
とつぶやき、手をかざしてその場の時間を止めた。
「さて、貴様は13の仏神の応身。生かしておくわけにはいかねぇな」
将門は枕元に置いていた小烏丸を手に取り、抜いた。剣にも似た切っ先の刀身に火焔が取り巻く。火焔を纏った刀を大上段に構え、袈裟に斬りつけようとする。小烏丸は重盛の結界を切り裂き、そのまま彼の肉体を切り裂こうとしたそのとき、手が止まった。
「あいつめ、余計なことを……」
顔を引きつらせ、苦渋の表情を浮かべる将門。
刹那の間に重盛の瞳孔が動いた。そして重い閉じた口を開き、こう言い放った。
「父上、必ずや取り戻します」
重盛の宣言を聞いた将門は、小烏丸を納刀したあとに、
「ほーう。やっぱり効かなかったか。面白い。やれるものなら、やってみろ」
と煽った。
「取り戻す」
重盛は反転を使い、父の身体を弄ぶ将門を倒そうとした。
ふっ、と真面目に怒る重盛を嘲笑し、将門は言った。
「おっと、俺を殺せばお前の父も死ぬぜ。それでもいいならいいけどな」
「うううっ……」
将門を倒せば父も救われるがどちらも死ぬ。将門を倒さねば父が取り戻せないはおろか、この日本に禍を及ぼすことになる。親子の情か、はてまた斎院や国家への忠義か。どちらか一方を選ばねばいけない。
「まあ、お前ごときに俺は殺せん。取り戻したいなら、その甘ったれた心を捨てろ」
先ほどまで病人であったと思えないほどの軽々とした足取りで、清盛の身体を乗っ取り、およそ260年ぶりの受肉を果たした将門は、重盛の前を去っていった。
3
「辰黒、いるか!?」
重盛の制止を逃れた後、将門は吉野の山奥にある巫女辰黒の屋敷へと向かった。
戸をたたいた後、白髪まじりの黒い狩衣を着た腰が曲がり皴も深い老婆が姿を現した。この老婆こそが、辰黒である。
「おや、将門公ではありませんか」
辰黒は大慌てで目の前の貴人の身体を借りた大怨霊を出迎えた。
「いかにも。鬱陶しい清盛の肉体を乗っ取り、260年ぶりにこの娑婆世界に舞い戻ってきた。だが、あの陰陽師と小僧めの力が強すぎてな。そこで辰黒、いや、道満、お前の力がいると」
「左様でしたか」
道満は若返った。先ほどの老婆とは一転、そこには黒い狩衣を着た艶やかな黒髪の美女の姿があった。そして彼の前に跪いた後、
「準備はできております」
と言って、地下へと案内した。
そこには、北斗七星が描かれた曼荼羅をバックに、唐風の鎧を身にまとい、宝剣を持った青年風の妙見菩薩の像があった。
「おーう。若いころの俺によく似ているではないか。どうやって作った?」
「武蔵国芝崎にある貴方様の御首と、常陸国の国王神社にある胴を繋ぎ、その上に漆を塗って固めたものにございます」
「ほーう。乾漆像というところか」
満足そうな表情を浮かべ、像を見入った将門は、
「では、儀式の方を頼む」
と言った。
沐浴を済ませた後、二本の燭が灯された乾漆像の前で一晩かけて儀式を行った。将門の肉体に宿る平清盛という男の人格を、魂を封じるために。
「これで、儀式は終わりました」
数珠を首にかけ、道満は将門の方を向いた。
「長かったが、さっきよりかは身体が動かしやすくなった」
法体の将門は、満足そうに腕を回した。
「それは嬉しい限りです」
「俺の時代が始まるぜ。二度目の人生だ。次こそは本物の『新皇』となり、この国を統べる新たな主となろう」




