第10話 平家⑥─忠と孝─
1
「成親が、平家打倒の陰謀に加担して捕まった!?」
成親逮捕の報を聞いた重盛は驚いた。
成親の家とは、祖父忠盛との長い付き合いである。逮捕というのは、何かの間違いだろう。仮にそうなったとしても、冤罪ではあるまいか?
(真偽を確かめない限りは何ともな)
真偽を確かめるべく、重盛は下人に調査を命じた。
結果、黒だった。
(苦しいな)
冤罪ではないのには落胆した。が、普段の行いがあまり良くないところを見るに、そうなるのも道理か。
(彼も大事な家族。何とかしてでも守らねば)
2
束帯姿で重盛は、清盛の滞在している西八条の屋敷へとやってきた。
余裕のある墨染めの法衣を着た清盛を中心に、周りを甲冑に武者たちが取り囲んでいる。
「おお来たか、薬師」
気だるそうに清盛は言った。
「どういうことですか、父上」
重盛は困惑した。しばらく黙り込んだ後、
「太政大臣とあろう者が、鎧を身に着けるなんて、そんな前例聞いたことが無い。仏の教えにも、徳を重んじる儒学の教えにも、反しているでないか……」
法衣の違和感を口にした。先ほどから、清盛の着ている法衣の下から、鎧の肩上や胴の装飾がちらりと見えた。
「じゃあ、歴史の話でもしようか」
はぐらかすように、清盛は言った。
「はあ」
いきなり歴史の話とはどういうことか? 重盛は困惑した。予想できる答えはいくつかある。が、ひとまず聞くだけ聞いてみよう。
「初代神武天皇は自ら軍を率いて、九州から山陰・山陽を制し、紀州より畿内に入ってナガスネヒコを撃退した。日本武尊命は景行帝の命に従い、クマソタケル、イヅモタケル、そして関東にいる豪族や従わぬ神を討った。神功皇后は神託、いや、あれは宿禰の戯言か。どっちでもいいが、その言に従い百済、新羅、高句麗を従えた。そして聖徳太子は、自ら軍を率いて、本朝古来の信仰を頑なに守ろうとする物部と戦った」
道理には反してはいるが、日本の正史という意味では正解である。
清盛は続けて言った。
「皇族、それも帝が武装して戦っているのだから、太政大臣である自分が武装することの何がおかしい?」
「ううっ……」
清盛の言うことは事実である。かつての天皇や皇族は、甲冑を身に纏い、戦うこともあった。ゆえに、重盛は何も言い返せない。
思い出したように、清盛はこんなことをぼろりと言った。
「ああ、そうだ。クソ坊主はあの寺に押し込めておくことにした。また勝手に余計なことをされては困るからな」
漏れ出た清盛の思惑を聞いた重盛は、鋭い目つきで父を見て、
「それは、たとえ息子といえども、許せません」
低い声で言った。
「ほう」
「我々平家は代々皇室に仕え、その恩を一身に受けてきました。そのおかげで父である貴方もこうして、高位高官に昇り詰めることができました。ですが、今の父の言っていることは、どうですか? まさに朝敵そのもの」
「お前は本当に何も知らないのだな。クソ坊主は我々の計り知れぬところで、密かに平家を潰そうと謀をしていたのだ。ろくでもないことをこれ以上させないように、お灸を据えてやらねばならぬと思ってな」
「仮に法皇様が『ろくでもない』ことをしようとも、私は法皇様をお守りします。この世には四つの恩があります。その中でも一番大事なのは、朝恩です。これ以上のことをすれば、私もどうしたらいいかわかりません。法皇様の命に背けば朝敵になり、忠義に背く。父の命に従えば不孝者になり、孝行に背く。正義と正義の間に揺れる私は、どうしたらいいんだ!! どっちに転んでも悪者になるではないか!!」
「化けの皮が剝がれたな、薬師、いや、重盛!!」
清盛は腰に佩いていた小烏丸を抜いた。峰に赤い鱗のある日本刀とそれ以前の剣の形を足して二で割った刀身に、火焔が渦巻く。
「殺すなら、殺してみろ」
抜き身の小烏丸にも、重盛は怯むことなく、父清盛を睨みつける。
「お望みとあらば、その首を刎ねてやろう」
「辞めろ!!」
突如知盛は、斬りかかろうとする清盛を制止しようとした。
「父上、何をする!?」
苦々しい顔を浮かべ、清盛は突如止めに入った知盛を見た。
毅然として知盛は言う。
「兄上を殺しても、余計に世間の恨みを買うだけ。辞めておいた方がいいです」
「貴様、我が野望に仇なすか!!」
清盛は知盛に肘打ちをした。
「ううっ……」
腹を抱えながら、知盛は倒れた。
「薬師、覚悟しろ‼」
重盛に近寄り、斬ろうとする清盛。だが、清盛の前に一条の火の矢が飛んだ。
「俺も、そう思う。離れろ」
殺気立った目で、重衡は清盛の方を睨みつけた。
「迦具土と戦うか……」
面倒は避けたい。そう思った清盛は小烏丸を鞘に納め、
「帰れ」
と言い残し、重盛をはじめとした息子たちの前を去った。
3
運良く助かった重盛はその後、軍馬の召集をかけた。
召集に応じた武士たちは、重盛の住まう小松殿に次々参集した。その数、およそ八千騎。
「よかった。まだ、平家は終わったわけではない」
重盛は安堵した。平家にも心を寄せる武者たちがこんなにもいるとは。
「これもひとえに重盛様の為。いついかなる時も、我々は平家の力になります」
「そうか。有難いな」
これから平家はどうなっていくのだろうか? わからない。けれども、このまま突き進めば、平家は終わってしまう。父の代で。
父、いやそれを器としている将門は突き進む。皇族の落胤でかつこの世の栄華を極めているこの機を見逃すはずはない。野望のためならば前例の無いこともしてくるし、本朝の国体をも破壊することも厭わないだろう。
(その為ならば、悪になる覚悟を決めないとだな……)
重盛は覚悟を決めた。




