第11話 斎院
1
「ここは、どこだ!?」
牛若は辺りを見回した。
目の前にあるは見知らぬ天井。どこかの寺院に保護されたか、もしくは源氏の御曹司と知っている拉致されたか……。
引き続き、警戒を怠らないようにする。
(今まであったのは──)
牛若は気絶するまでの経緯を振り返った。
武蔵坊弁慶を倒した。そしてその後に突如老人が現れた。老人は白い虎と人間の要素を足して2で割った青年の姿になり、自分を圧倒する力で倒した。
(痛みは無いようだ。ひとまず、脱出しないと)
牛若は起き上がり、脱出しようとした。
(しまった、鬼切丸が無い!!)
腰に帯びていたはずの鬼切丸が無い。誰かに奪われたのか。
(取り返さねば……)
牛若は部屋を飛び出し、蔀戸を開けた。
目の前に綺麗にしつらえた漢服の老師がいた。
「目を覚ましたようじゃな」
無事でいたので、老師は安堵した声で言った。
「老師!!」
牛若は老師の袖にしがみつき、
「なぜここに!? そしてここはどこです!?」
と聞いた。
「ここは下鴨神社の開かずの間じゃ。目的は、斎院さまからのお召し」
「斎院さま!?」
斎院とは、下鴨神社の神に仕える神職の中の特別職である。未婚の皇族女性から選ばれることが定例となっている。
「でも、なぜ、源氏の御曹司の俺に?」
平家全盛の世において、源氏、とりわけ河内源氏は、反社会的勢力のような扱いを受けている。特に義朝の息子である自分は、権力側から見たら、殺したいくらいだろう。
「話せば長くなるな。詳しいことは、内親王殿下が話してくれよう」
老師は話を断ち切った。
「目を、覚ましたか」
老師の後ろから、重盛がやってきた。
「誰だ、お前は!?」
「私は平重盛。あの浄海入道の息子です」
「貴様が重盛か!!」
気を高ぶらせ、牛若はエネルギーを掌に溜めた。
「落ち着け、君に敵意は無い」
泰然自若とした態度で、重盛は牛若の憤った態度を一蹴した。
「清盛の息子の言葉など、信用できるか!!」
溜めたエネルギーの塊を、重盛にぶつけた。
が、重盛は結界で無効化した。そのまま薬師如来の手印を結び、
「反転」
と言った。
「痛っ!!」
今までに感じたことのない凄まじい痛みが、牛若の身体の中を駆け巡る。痛くて痛くて、叫ばずにはいられない。
「私の力は薬師如来の力。生物の構造そのものを書き換える。今少し君の身体の設計図の一部を書き替え、悪さをするようにした。こればかりは、身体を解剖して裂いて悪くなった部分を取り出さなければ良くはならないよ。ま、こればかりは切っても別の場所に出来る場合もあるけどもね」
重盛は牛若に癌細胞を植え付け、
「わかった、聞くさ」
「なら、良い」
重盛は再び薬師如来の掌印を結び、真言を唱えた。
たちまち、牛若の身体から痛みが引いた。今までとは
「頼政にやられたときに、お前を直したのは私だ」
「悪りいな。でも、どうして助けようと思ったんだ!? 殺したいぐらいだろ」
「正直、私は今の平家の在り方に疑問を抱いている。父が将門の依り代となってからは、特にな」
「そうか……」
「ひとまず、支度を整えて」
2
牛若は萌黄色の水干に着替え、斎院式子内親王の前に控えた。
「お待ちしていました」
御簾の向こうから、声がした。
「貴方が、未来仏弥勒菩薩」
「みんな俺のことを弥勒だ、未来仏だとか言うが、何の根拠があってみんなそう言うんだよ?」
「言葉を控えよ、牛若!!」
後ろに控えていた重盛は、慌てた顔で言った。
「いいのです。では、お教えいたしましょう」
式子内親王は印を組み、観音菩薩の真言を唱えた。
その刹那、薄暗い木造の屋敷から、宇宙のような場所に出ていた。
同時に、式子内親王も姿を現す。巫女装束を着、黒い髪を稚児輪に結った、色白の小柄な女性が姿を現した。
「何だよ、ここは」
「ここは時や世界の境目」
「はあ」
何が何だか、牛若にはさっぱりわからない。
「改めまして、私は当代の賀茂斎院式子内親王です」
「お前もそういう力の持ち主みたいだな?」
「その通り。私の力は、過去、現在、未来、そして三千世界を行き来する観音菩薩の力」
「やっぱりか」
「末法の世が始まり、はや百年以上が経ちました。人心乱れ、この世は邪悪が跋扈しております。重盛の御父上は、この末法の世を救う救世主となろうとしましたが、妙見菩薩の力を使う平将門の寄り代となり、『未来記』に言う『偽の弥勒』として君臨しました。受肉した将門は時を止める力を使います。それ殺せるのは、異なる世界を操り、世界の法則そのものを捻じ曲げる弥勒の力を持った貴方だけ……」
「ほーう。この感じだと、清盛は悪い奴じゃねぇみたいな言い方だな」
牛若は考えたことをそのまま言った。清盛は将門、妙見菩薩に肉体を乗っ取られているだけ。ならば、倒すべきは清盛ではなく、将門なのではなかろうか?
哀しげな表情を浮かべ、式子内親王は答える。
「それも間違ってはいません。今の清盛は、将門、いや、妙見菩薩に身体を乗っ取られていますゆえ。でも、殺さねば、清盛も救うことはできません。そして、時を止める妙見菩薩の力をはじめ、数々の邪悪に対抗できるのが、弥勒の力なのです」
「ほーう。俺には弥勒の力の自覚は無いな」
「今はそれでいいのです。貴方には父から譲られし鬼切丸の片割れがあります。でも、いつか貴方の力に気づくときが来ます。その時までは、私の言うことは、戯言でいいのです」
「なんかよくわかんねーけど、妙見菩薩の将門やその他の邪魔外道を殺せるのは俺だけってことか。わかった、やってやるよ」
とりあえず思ったことを牛若は言った。
式子内親王の話が終わったあと、場所は斎院の間に戻っていた。
近くには老師と重盛、そしていつの間にか、頼政がいる。背中には鬼切丸を背負っている。
「ジジイ!!」
血走った目で、牛若は頼政を睨みつけた。
「まあまあ落ち着きなさい、ここは斎院の御前」
頼政は憤る牛若に近づき、持っていた鬼切丸を渡した。
「す、すまん」
牛若は持っていた鬼切丸を受け取る。
「私も貴方の味方です。あれは斎院の前にお前を呼び出すための方便でしてね。あ、私からも一つ伝えたいことがありましてな」
「ふむ……」
弥勒の力、妙見菩薩、平将門の受肉……。何が何だかよくわからないところに、また情報。処理が追いつかない。
頼政は続けて、
「それより、鞍馬山にいては危険です」
と答えた。
「どういうことだ、ジジイ!?」
頼政の肩をつかみ、牛若は聞いた。
「平家の刺客が送り込まれている。お前が見つかり、自由にうろついてるという情報が入ってな」
「どうすりゃいいんだよ……」
「ひとまず、私が本貫地の摂津にて匿いましょう。そこに行けば、君と同じ、力を持った仲間たちがたくさんいます。彼らと力の使い方を学び、強くなっていく他ないでしょう」
「ジジイ、その言葉に嘘はねぇな!?」
強い口調で、牛若は頼政に聞いた。
「もちろん」
二つ返事で、頼政は返した。
「その話、乗った!!」




