自慢
紗奈と進の様子を使い魔を通じてこっそりと覗いていた悪郎は、二人にとっての大きな一歩を心から祝福した。悪郎の穏やかで幸せそうな表情を見ていた美緒が声をかける。
「どうかした?やけに嬉しそうだけど」
「ん?そう見えるのか?」
「その顔見たら誰でもね。実は悪郎くんもここに来たかったとか?」
「ああ…と、まあそうだな。結構時代劇とかが好きでさ」
「だったら悪郎くんも何か着せてもらえばよかったのに」
美緒は着つけてもらった着物の袖をふりふりと振って見せた。艶やかな紫色と橘の文様が美しい着物で美緒によく似合っていた。化粧の具合も完璧だった。
「ここのサービスは化粧までしてくれるのか?」
「私が持ち込んだものでやってもらった。自分でやろうと思ったけど、やっぱり本職の人だと違うね」
「そうなのか。うん、よく似合ってる、綺麗だ。着物の色とも合ってるじゃないか」
悪郎があまりにも普通な態度でさらっと褒めるので、美緒は一瞬反応が遅れてしまう。その嫌みのない誉め言葉に思わず赤面して、それを隠すように美緒は少しだけ俯いた。
「悪郎くんそれやめた方がいいと思うよ。私みたいなやつがコロッと騙されるから」
「それ?…ああ、いやいや誤解だ。俺は口説こうとかそういう邪な気持ちで言っていない、本心からそう言っているんだ」
「だから質が悪いんだってば!何も愛想悪くした方がいいとは言わないけどさ、誰にでもそうしてるともっと…」
「それなら心配ない、最近はちゃんと人を選んでそうしている。でもアドバイスは嬉しいよ、ありがとな寺沢さん」
そう言って悪郎は美緒の荷物を手に取って「貸して」と言った。化粧道具を持ち込んだと聞いたので、持ち歩くには少々重く、邪魔になるだろうと見抜いての行動だった。一連の動作があまりにもスマートなもので嫌みがなく、美緒はぼそっと呟いた。
「…そういうところが悪いんだってば」
連絡を取り合い施設内の飲食店で集合することに決めた四人は、それぞれ見たい場所に行き、したいことをして存分に楽しんでから再会した。進と紗奈はたっぷりと二人きりの時間を堪能し、美緒は悪郎のことを思う存分に連れまわした。
「美緒の着物姿見たかったなあ」
「ご飯食べる時に着てる訳にもいかないでしょ。もう十分堪能したしいいの」
「写真沢山撮ったんでしょ?後で見せて」
「有料」
不満そうに唇を尖らせる紗奈に変な顔と言って美緒がからかった。紗奈も美緒も、すっかり互いにとってちょうどいい距離感の友人になっていた。
そんな二人をよそに進が悪郎に近づきこっそりと耳打ちした。
「なあ悪郎、あの時周りの人がいなくなったのって悪郎がなんかしたんだろ?」
「何のことやら」
「別にごまかすことないだろ。その、なんだ、ありがとう。おかげで紗奈ちゃんと、えっと…」
「キスできたんだろ?よかったな」
その時のことを思い出して進はまた顔から火が出そうだった。気恥ずかしさと嬉しさがまじりあって感情を上手く言葉にできない。悪郎はくすっと笑うと進に言った。
「俺は中々上出来だったと思うぜ、紗奈のことを心から思いやれるお前だから、あいつも心を許したんだ。誇っていい」
「そんなに素直に褒められると照れくさいな」
「お前はそれでいいんだよ。こういうことを手柄のように自慢するようなタイプじゃないんだから」
進は乱暴にわしゃわしゃと頭を撫でられた。いつもならば多少の怒りが沸く行為なのだが、どうしてか悪郎のその手がとても優しく感じられて怒る気になれなかった。
「何か悪郎いつもと違わない?」
「はあ?いつもって?」
「いや、なんかこう、上手く説明はできないんだけど…」
「説明できないならお前の勘違いだよ。俺は変わらない。変えないって心に決めたものが一つちゃんとあるからな」
変えないと決めたもの、それが何なのかを進が聞く前に悪郎は話題を変えごまかして煙に巻いた。進はその態度を見て、悪郎に何か言いたくないことであるというのは分かった。これ以上聞くのは嫌がるだろうと思って追及はやめた。
しかしどうしてか得体のしれない胸騒ぎがしてやまない。進はそんな言い表せない不安を胸に抱いたのであった。
二日目の自由行動が終わる。生徒たちは旅館へと戻ってきて、互いの思い出話に花を咲かせた。珍妙な店で見つけた怪しげな土産品や、外国人旅行客に話しかけられて勢い任せの英会話で乗り切った話など、それぞれ思い思いに自由行動を満喫していた。
遊び疲れて殆どの男子生徒が寝息を立てている男子部屋とは対照的に、女子部屋ではまだまだ話足りない子たちの女子会が開かれていた。就寝時間が過ぎているので、皆布団に潜り込んでの参加となる。
「えーっ!じゃあやっぱり紗奈って佐久間くんと付き合ってたんだ!」
「ちょっと!声大きい、先生にバレるでしょ」
紗奈はそこで自分が進と交際していることを告げた。無論事前に進から許可はもらっていた。今までは恥ずかしくて打ち明けられなかったが、今日のキスがあまりにも嬉しくて交際のことを自慢したくてたまらなくなった。
「あの、やっぱりって?」
その言葉が気にかかった紗奈が質問すると、美緒が呆れながら言った。
「紗奈は気づいてなかっただろうけど、こっちとしてはいつ二人がくっつくのかってもどかしかったってこと」
「え!?じゃ、じゃあ私が進くんのこと好きなことは皆にバレてたの?」
紗奈の言葉に皆続々と頷いた。それを見て恥ずかしくなった紗奈は、布団の中に潜り込んで丸くなった。
「あれだけ態度に出てればねえ」
「普通に分かるよ」
「いつも一緒にいたし」
布団の中からくぐもった声で「それなら悪郎も一緒だった」という紗奈の言葉が聞こえてきた。しかし皆は顔を見合わせると、ありえないというように頭を振った。
「そりゃないわ。紗奈の悪郎くんに対する接し方は普通過ぎるもん」
「どっちかというと悪郎くんって二人のお兄さんみたいだよね」
「あー分かる!保護者的な立ち位置みたいな?」
それぞれの言い分に付け加えるように美緒が丸まっている紗奈に言った。
「それにもし紗奈か悪郎くんが何か特別な感情を抱いていたとしたら、三人一緒にあの距離感ではいられないでしょ」
美緒の発言は的を得ていて、もし仮に悪魔ではない悪郎が進と紗奈の間に入っていたとしたら、そのグループは遠からず瓦解していた。
進と悪郎の男友達感が強くなれば、やがてノリについていけなくなった紗奈が居心地を悪くし立場もなくなっていく。逆に誰かが特別な感情を抱いて思いを遂げられたとしたら、結局残されたものは立場を失って自然消滅してしまうだろう。
男女に限らず友情のバランス感覚というのは繊細で扱いにくい。全員で友情という名の巨大なガラス玉抱え合っていて、誰もがそれを落とさないように努力しなければならない。
補い、分け合い、支え合い、そうして運んで磨き上げた友情はピカピカと輝いて美しく色褪せないものになるが、一度不平不満というヒビが入るとあっという間に粉々になってしまう可能性もある。三人の友情があっさりと成立しているのは、悪郎が人間ではないことと優秀だからであった。
しかし紗奈には悪郎の正体を知る由もない、だから感想としては悪郎ってすごい奴だったんだなという薄いものにしかならないし、舵取りしてくれてありがとうと思うだけだった。悪郎の子どもっぽい面を知っている紗奈だからなおさらそうだ。
「ねえねえ、告白はどっちからしたの?佐久間くんから?」
「あっ、それは私の方からしたよ」
「マジ!?なんて言ったの?」
「別に普通だよ。好きですって」
紗奈の告白の話を聞いてキャーという黄色い声が上がった。そんな時、部屋の扉が開く音が聞こえてきて全員が急いで寝たふりをする。見回りにきた教師の梅沢は、そんな様子を見てから誰にともなく言った。
「私にも同じ経験があるからあまり大きい声でダメとは言えないけど、立場上咎めないといけない必要があるのは皆分かってるわね?夜更かしはしない、騒がない、強制はしない。これをちゃんと守るように」
それだけ言い残してから梅沢は去っていった。女子たちはバレてもお咎めなしだったことに感謝し、梅沢の忠告を守って夜の女子会を続けた。紗奈は思う存分進のことを皆に自慢し、女子たちは互いの恋の話に沸いた。
楽しくて幸せな夜が更けていく、いつしか女子たちの声も止み、すぅすぅと気持ちよさそうな寝息だけが部屋に残った。




