大きな一歩
修学旅行二日目、今日は班行動で事前に取り決めておいた場所を自由に見て回ることができる。事前に立てた計画書の提出や教師の巡回と見張りはあるが、基本的には生徒の自主性が重んじられる。
移動にはタクシーが割り当てられる。自由な移動で観光する場所に食事をする場所なども自分たちで決めることができるので、思い出を作るにはまたとない機会であった。
進と紗奈が熱望したのは、ジャスティスソードの撮影で使われたセットを見ることのできる観光地だった。美緒は最初子どもっぽいからと難色を示したが、立派な着物が着られるということや、実際にドラマや映画の撮影を見ることができるという餌にすっかり釣られてその気になった。
到着してすぐ、進と紗奈は興奮して声を上げた。声や態度に出さなかったものの、本当のところ悪郎も興奮していた。ジャスティスソードの劇中で実際に見たことがある場所を目にすることができるとは夢にも思わなかったからだ。
しかし悪郎は興奮する気持ちを抑え、進と美緒に声をかけ目配せをした。二人はそれに頷くとそれぞれに行動を始める。
「じゃ、私は着物着つけてもらってくるから。元々それがここに来た目的だったし」
「あ、そっか。じゃあそれまで…」
「待ってなくていいよ。でもそうね、撮影係が一人いると私も助かるかな。という訳で悪郎くんよろしく」
「ええ?悪郎一緒にいかないの?ジャスティスソードが実際にいた場所だよ?」
「いいからバカップルだけで行ってきなさいよ。私は悪郎くんと一緒に行くから」
それでも団体行動が基本だと紗奈が言い出す前に、進が強引に紗奈の手を握った。
「寺沢さんがああ言ってくれてるし、僕らは僕らで見て回ろうよ紗奈ちゃん。もし何かあったらすぐに連絡とればいいし」
「というか私は端からジャスティスなんとかに興味ないから。着物の写真SNSに上げたいし、ドラマの撮影してる俳優を見たい。隣でつまんなそうにされても嫌でしょ?」
「決まりだな、二人共行ってこいよ。寺沢さんのエスコートは俺に任せておけ」
事前に美緒に協力をお願いして、進と紗奈が二人きりになれるように取り計らってもらっていた。強引ながらも流れるような連携で二人きりになれた進と紗奈は、手を繋いだまま目的の場所へと向かうことになった。
「紗奈って割りと鈍感なところあるよな」
「天然なのよ。どうあがいてもね」
「なるほどな、そう言われてみるとしっくりくる」
「ただ馬鹿じゃないからすぐに私たちの気遣いだって気が付くでしょ。で、悪郎くんはどうするの?」
「どうするって?」
「あの二人についていきたいんでしょ。私の方はいいから行ってきなよ」
美緒に図星をつかれ悪郎は驚いた。本当に観察力のある奴だと思うと同時に、自分などに告白させてしまったことを申し訳なく思った。
「いいや、あっちは大丈夫だ。もう手は打ってある」
「手って?」
「気にしなくていい。それよりエスコートするって俺が言ったんだ、最後まできっちり付き添わせてもらうよ」
悪郎はわざとらしいお辞儀をしてみせた。きざなセリフと行動は普通なら噴飯ものだが、悪郎が行うと様になる。自分にかしずくイケメンという状況は、美緒にとっても悪い気はしなかった。
進に手を引かれて歩く紗奈は「ちょっと待って」と言って足を止めた。
「ど、どうかした?」
「…もしかして私たち気を使われた?」
「あ、えーっと…」
「それに進くんも絡んでたのね」
「…はい」
紗奈は大きくため息をついた。
「二人きりになりたいならそう言ってくれればいいのに。でも学校行事ではダメだよ、先生たちは私たちを信頼して行動を任せてくれてるんだから」
「はい、紗奈ちゃんの言う通りです…」
しゅんとなって落ち込む進の姿を見て、紗奈は照れて顔を赤くしながら聞いた。
「…どうしても二人きりになりたかったの?」
「うん。それは間違いなく本当の気持ち」
誤魔化しのない進の言葉に余計紗奈の顔は赤く熱くなった。まっすぐにものを言ってくれるところが好きなところなのだが、誤魔化しがなさすぎてそれはそれで恥ずかしくなってしまう。
「じゃあ行こうか、折角二人が作ってくれた時間だもん。目いっぱい楽しもうよ」
「う、うんっ!」
進はこれ以上ないというくらいに顔をほころばせた。嬉しさが伝わってきて紗奈の鼓動は早くなる、そんなに一緒に居たいと思ってくれていたのかと思うと、にやけた顔になってしまいそうだった。
二人の頭上には小さな羽虫サイズの悪郎の使い魔が飛び回っていた。この使い魔が悪郎の目と耳になり状況を把握することができる、手を打ってあると言ったのはこのことだった。
悪郎は二人のデートの様子を眺めていた。美緒に付き添うのとは同時進行だった。難しく思えるがこの手のマルチタスクは悪郎にとってはお手の物であった。
二人してパンフレットを握りしめてあちこちを指さしては飛びついていく、ここはこのシーンのあの場面で使われていた場所だと盛り上がり、足を止めてはヒーロー談義を始める。
それはデートというよりも熱心なファンの聖地巡礼のようであり、ムードも何もあったものではなかった。一向にキスするような雰囲気にはならず、ただただ二人が楽しそうに観光する様子が続いていた。
微笑ましいがこれでは進展しなくて当たり前かと悪郎は思った。健全で大変いいことではあるのだが、進は時間があまりないことを分かっているのかと心配になった。
しかし二人がその場にいる誰よりも楽しんでいることは見ているだけで分かった。進が反応を見せたものに紗奈は積極的に興味を示すし、その逆も然りであった。二人の相性は抜群によく、どんな些細なことにでも楽しみを見出すことのできる関係性であった。
悪郎は運命などという曖昧で無意味なものを信じることはないと思っていた。しかし、進と紗奈については認めざるを得ないほど運命的であると感じた。幼少期の些細な出会いで、わずかな時間ながらも心を通わせ絆を結んだ。それから時間が空き、また同じような出会い方で再会する。
二人の間に邪魔が入らなければ、自分という異物が混ざる余地などなかっただろう。しかしそうはならなかった。進は紗奈と仲を深めたことでいじめに遭い傷つき、紗奈もまた理不尽に屈することに慣れてしまった。波は大きく揺らぎ、その波が悪魔を引き寄せ進に契約を突き付けた。
救われたいのなら魂と引き換えだ。
そして魂が燃え尽きるその日まで、進は苦しみながら終わりの時を火の中で待つ。
これから先、進の人生が常に順風満帆であるとは限らない、紗奈と破局する未来もあるかもしれないし、何か別の幸せを互いに見つけることもあるかもしれない。しかしそれもすべて、この先を生きていたらの話であった。
進と紗奈の幸せそうな姿を見ると心が和んだ。胸の奥がじんと熱くなり、達成感に似た喜びを感じられた。誇らしい、素直にそう思えた。
「そうかこれが…、これが幸せというものか」
悪魔のくせに何を馬鹿なことをと思った。自分がそんな感情を持つことなど許されるはずもないし、持ってはならないと自覚していた。それでも悪郎は知ってしまった。二人の生きる未来が自分にとっての幸せであるのだと。
最後まで進のために。そう決めていた自分の使い道を悪郎は定めた。受け入れられずとも最後まで、この秘めた想いを貫き通すのだと心に決めた。
進と紗奈が遊び疲れたのかベンチに座って休憩していた。悪郎は使い魔を通じた魔法で周囲の人払いをした。
沢山の人がいたはずだったのに、いつの間にか二人きりになっていることに進も紗奈も気が付いた。紗奈の方は、何かイベントでもあるのだろうかという程度の認識だったが、進は悪郎が何かをしたのだと分かっていた。
「楽しかったね進くん!やっぱり来てよかったよ!」
「うん。そうだね紗奈ちゃん」
「あの突然始まった殺陣のショーなんて本当に興奮した!あれは時代劇だからジャスティスソードのとは違うと思うけど、やっぱり戦闘シーンって生で見ると迫力が違うね」
「確かにあれは毛色が違うけど、ジャスティスソードには実在する剣術がアクションに取り入れられてるんだよ。剣一閃が剣術の達人って設定だから、剣術の師範が一部監修に入ってるんだ」
「ええ!?でもジャスティスソードの武器の形って日本刀とは全然違うよ」
「うん。だからそれを踏まえた上でより実践的な活用方法はないかって考えられたらしいんだよね。細部までこだわって作られててすごいよね」
休憩中であろうと話だせば二人の雑談は止まらなくなる。進は折角悪郎が作ってくれたチャンスなのだからと、気合を入れなおして両頬をパンパンと叩いた。
「ど、どうしたの突然?」
「紗奈ちゃん、ジャスティスソードで主人公がヒロインの元を去るシーン覚えてるよね?」
「う、うん。剣一閃の半人半怪の体でも受け入れてくれた唯一の人だったけど、戦いに巻き込まないようにって何も言わず残さず立ち去るんだよね」
「そう、一閃は何も残さないことでヒロインを守ることを決めた。すごい覚悟だし、生半可な気持ちじゃない。だけど僕は、何も残さないことが相手を傷つけることもあると思う」
進が紗奈の手に触れた。紗奈はびくっと小さく体を震わせた。これから進がしようとしていることを察してのことだった。
「僕が怖い?」
「ううん。でも…」
「そう、あの時の出来事は紗奈ちゃんの心を蝕む傷として残り続けてるよね。だけど傷はいつかきっと塞がるから、紗奈ちゃんの強い心が塞いでくれるから」
進は紗奈の頬に顔を近づけ優しく口づけをした。それは軽く短いものだった。
「僕はこれが精一杯だけど、いつか紗奈ちゃんの傷が癒える日がくるよ。それまで嫌な思い出を少しでも上書きできればいいなって思う」
進は紗奈が幼いころに経験した恐ろしい体験に配慮し、キスは頬にとどめた。それでも十分怖い思いをさせてしまっただろうと、俯いたまま中々紗奈の顔を見られなかった。
「進くん」
「え?」
紗奈に呼ばれて顔を上げた進、次の瞬間には唇に紗奈の柔らかな唇が当てられていた。先ほどより長い口づけを交わした後、名残惜しそうに二人は顔を離した。
「ごめんね、ほっぺじゃ我慢できなかった」
紗奈はそう言って微笑んだ。顔中どころか首まで真っ赤になった進は紗奈の方へとへたりこんだ。
「大胆すぎない?紗奈ちゃん」
「先にキスしてきたのは進くんだから、お返しってことで」
「それって釣り合ってるかな?」
「釣り合ってるよ、私は、私が好きな進くんとキスがしたかった。あなたじゃなきゃ嫌だって思ったもの」
進は恥ずかしすぎて顔から火が出そうだった。敵わないなあと諦めて、進はそのまま紗奈の体をギュッと抱きしめた。




