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悪郎の幸福論  作者: ま行


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伝える 後編

 進が目を覚ますとそこはまだ外だった。後頭部に感じる柔らかな感触、目線をきょろきょろと動かすと自分が紗奈の顔を下から見上げていることに気が付いた。


「起きた?進くん」


 名残惜しくは思ったが進は紗奈の膝枕から頭を上げた。


「僕どれくらい気を失ってた?」

「全然だよ。五分も経ってない」


 紗奈の唐突な告白に一杯一杯になった進は、混乱して軽く気絶していた。その間紗奈は、進を膝枕して介抱していた。


 目を覚ました進はどうしても聞いておかなければならないことがあった。あれが夢幻ではないのならば、進は紗奈から告白されたことになる。タイミングなど気になる点はいくつかあったが、うやむやにはできないと腹をくくった。


「如月、えっと、さっき僕って告白されたよね」

「うん。不安ならもう一度言おうか?」

「いやいやいや、そうじゃないそうじゃない!ていうかやけにすっきりした顔してない?」

「だってずっと言いたかったことが言えたんだもん、そりゃすっきりもするよ。まあちょっと変なタイミングかなとは思ったけど、もう止められなかったから」


 止められなかったのなら仕方ない。とは流石に割り切ることはできなかった。進はあまりに唐突なことで頭の整理が追い付かず、まだまだ十分混乱していた。


 進はまさか紗奈の方から告白されるとは思ってもなかったので、嬉しさよりも先にどうしてと疑問符がついてしまっていた。自分も告白しようとしていたのにこの聞き方はおかしいとは思ったが、聞かずにはいられず進は尋ねた。


「どうして僕のことを?」

「うーんどうしてって聞かれると困るね。多分だけど好きだったのはずっと前から、もしかしたらあのヒーローショーでの出来事からずっと進くんに惹かれ続けていたのかもしれない。ちゃんと進くんのことが好きだって自覚したのは最近だけど」

「そんな前から!?」

「うん。で、どうしての答えだけど、私にもよく分からないよ。だけどこの気持ちに嘘はないってことは分かる。私は進くんのことが好き、だから友達以上の関係になりたいと思ってる」


 紗奈はすごく堂々とそう宣言した。恥ずかし気もなさそうにすらすらとしゃべっているように思えたが、進は紗奈の顔が耳まで真っ赤に染まっていることに気が付いた。


 恥ずかしくない訳がない、緊張しない訳がない、どれだけ勇気を出して伝えてくれたのか、想像できないはずもない。進は心の奥底からグッと沸き上がるものを感じて、真剣な眼差しを紗奈に向けた。


「如月、前にも僕は言ったことがあるよね。如月は僕にとってのヒーローだって」

「うん。聞いたよ」

「その言葉にまったく嘘はないよ。だけどね、多分僕はこう言うことで如月のことを自分にとっての憧れや手の届かない存在だって思いこむようにしてたんだ。ヒーローが戦うのはさ、誰か一人のためじゃあないから」


 進はそう言い聞かせ自分の気持ちをごまかしてきた。意図した訳ではなく、勝手に引け目を感じて勝手に思い込んでいた。釣り合わない。そう決めつけていたのだ。


「でも僕、本当はすごくわがままなんだって気が付いた。先を越されちゃったけれど、僕は今日如月に告白しようと思ってたんだ。他の誰よりも少しだけ如月に近づきたくて」

「…私も同じ気持ちだよ。君の隣よりもう少し近いところを私が独占したくなったの。誰になんと言われても、絶対変わらない気持ちだって気が付いた。だから進くん、あなたの言葉で聞かせてほしい」


 見つめ合う二人はいつの間にかすごく近づいていた。顔も体も手も、すぐ近くにあった。進は紗奈の手を取ると、緊張で震える手で強く握りしめた。


「僕はあなたのことが、如月紗奈のことが好きです。僕をあなたの心のそばに置かせてください」


 進は紗奈に告白した。握りしめた手が熱く心臓は壊れてしまいそうなほど鼓動が早まる、今にもその場から走り出してしまいたくなる衝動を抑え、進は紗奈のうるんだ瞳をしっかりと見つめた。


 さあっと冷たい風が吹いた。二人は互いの気持ちを確かめ合うように、固く手を握り続けていた。




 二人は遅くならないうちに帰りの電車に乗った。出店などにも寄らず、まっすぐに帰宅することを選んだ。家族との予定もある、心配をかけないようにした方がいいとどちらともなく言い出して決めた。


 電車に揺られる二人は行きとほとんど変わらない様子だった。ただし大きく変化したことがある、それは言うまでもなく二人の関係性だった。


 肩を寄せ合い席に座っているだけではなく、二人はずっと手を繋いでいた。離してしまうのが惜しいように、固く強く優しく繋がれていた。


「きさら…いや違う違うごめん。さ、紗奈ちゃん?さん?」

「進くんの好きな方でいいよ」

「じゃあ紗奈ちゃんで。…ちょっと子どもっぽいかな?」

「いいよそんなこと、ゆっくりでいい。二人がちょうどいい距離はゆっくり見つけていけばいいよ」

「…そうだね。ありがとう紗奈ちゃん」


 進は紗奈のことを名前で呼ぶようになった。これだけでも関係が大きく変わったと実感できて、名前を呼ぶたびに進は背中がむずがゆくなった。だけど紗奈のことを名前で呼べることが純粋に嬉しかった。


「紗奈ちゃん、家まで送ろうか?」

「ううん大丈夫。むしろ今進くんと一緒に帰ったら、絶対色々感づかれると思う。お兄ちゃんは特にそう、後パパも」

「知られない方がいい?」

「というより心の準備させてあげて。お兄ちゃんは別にいいけどパパは、ね。ママには話すからママから伝えてもらうよ」

「分かった。じゃ、また連絡するね」

「うん。またね」


 またねと言ってからも進も紗奈も中々手を離せなかった。もう少しこうしていたいとお互いに思っていて、どちらも手を離そうとしなかったからだ。


 結局二人は「せーの」の掛け声で手を離した。そして互いに手を振って駅から離れていく、何度も同じタイミングで振り返っては手を振っての繰り返しだった。


 進と紗奈の想いは念願かなって成就し、二人は晴れて恋人同士になった。




 自宅に帰る途中、進は告白の成功を喜び何度も思い返しては幸せをかみしめていた。だがこれで、一つの未来が確定してしまった。


 紗奈と恋人同士でいられるのは、今から卒業の日までだ。そしてその後、紗奈とは死に別れなくてはならない。それがどれだけの紗奈の心を傷をつけるのか進には想像もできなかったが、悲しませることは間違いないと確信していた。


 浮かれた気分はそこそこに、今度は自分が紗奈にどれだけのことをしてあげられるのかと不安になった。選んでくれたことを後悔してほしくなかった。しかし考えても考えても、あまりまともな答えは出てこなかった。


「結局最後まで僕らしく生きるしかないのかもな」


 進のそんな呟き声は、誰に届くこともなく冬の寒空に溶けて消えていった。


 帰宅してすぐに、奏が玄関までかけてきた。興奮して進に詰め寄り、鼻息を荒くしながら聞いてくる。


「ねえねえ!どうだったどうだった!?紗奈ちゃんと一緒だったんでしょ?ねえ?」

「どうもこうもないよ!やめてよ姉ちゃん」

「いいから教えなさいよ、ほらほら」

「悪いけど姉ちゃんは後にして、悪郎は今どこにいる?」

「何よケチね。悪郎くんならあんたの部屋よ、今日はなんか元気ないみたい」


 進は奏に礼を言うと二階に上がって自室の扉を開いた。悪郎がだらっとした恰好で本を読んでいる。


「悪郎、僕紗奈ちゃんと付き合うことになったから」

「…そうか」

「うん。じゃあちょっと着替えてくる」


 たったそれだけの会話で進は悪郎に背を向けた。悪郎が何を考えているのかが気になったが、言うべきことがあれば言うやつだからと信頼していたので、言葉少なであることにも理由があるのだろうと進は考えた。


「なあ」


 去り際に悪郎が声をかけてくる。振り返った進に悪郎が言った。


「よかったな進」

「…ありがとう悪郎」


 その祝福の言葉だけで今は十分だ、進は悪郎には顔を見せないように微笑んだ。

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