伝える 中編
参拝を終えた二人は列から離れておみくじを引いていた。社務所で巫女から渡されたおみくじを、敢えて交換して同時に開いた。
「おっ!大吉だ!…ってこれは如月のだった。そっちどう?」
「ええっとその…、これは直接見た方がいいかな」
紗奈は恐る恐るおみくじを開いて進に見せた。そこに記されていたのは「凶」だった。申し訳なさげに紗奈が進の方を見ると、進は落ち込んでおらず紗奈が思っていたようなリアクションをしていなかった。
「すげー!凶なんて僕初めて見た!大吉と凶を一緒に見られるなんて、新年早々運がいいね。どうせなら大凶も見たかったなあ」
「あれ?凶って悪い結果だよね、がっかりしない?」
「全然。むしろ珍しいもの見られて嬉しくない?だってほらここで小吉とか末吉とか出るよりも、大吉に凶って逆に突き抜けてていいよ」
「そっか。ふふっ、そういう考え方もあるんだねえ」
進は紗奈が引いた方の大吉のおみくじを返そうとした。しかし紗奈はそれを敢えて止めた。
「進くんがよかったらだけど、このおみくじ私がもらってもいい?」
「そりゃ構わないけど、凶なのにいいの?」
「凶だからいいんだよ」
「じゃあ僕が大吉もらってもいいの?」
「うん」
紗奈は進からもらった凶のおみくじを嬉しそうにしながら大切そうに仕舞った。進はその様子を見て不思議に思ったが、そんなことよりも紗奈が今喜んでいる方が大切だと微笑んだ。
「如月、これから少しその辺りを歩いてみないか?ちょっと人疲れしちゃった」
「いいね。私もそうしたいと思ってた」
人々の喧騒から離れ、二人は境内で比較的に人が少ない方へと歩き始めた。
初詣の参拝者は本殿に集中しているので、そこから外れた奥まった場所などでは人がまばらで静かだった。境内の厳かな空気の中を二人並んで歩く、すると座って休憩ができる場所を見つけた。二人はそこに腰を下ろして一息ついた。
休憩所の椅子で座っている人は進と紗奈の二人だけで、席は広々として空いているというのに、二人は自然と肩が触れるほど近づいて座っていた。電車内ではくっついて座らざるをえなかったので、その延長の意識が残っていたことも確かだったが、それ以上に二人が互いのことを意識していたからこそ距離が近づいていた。
「静かな場所だね」
「うん。さっきまでの喧騒が嘘みたいだ」
周りに殆ど人がいない休憩所では、人が溢れかえっていた本殿とはまるで違っていて静寂に包まれていた。冬の風は冷たくて肌に突き刺さる、進の隣で紗奈は手をこすり合わせて息を吐きかけて暖めていた。
「寒い?」
「ちょっとね」
「待ってて。ええと、確かここに…」
進は自分の荷物からカイロを取り出して紗奈に渡した。じんわりとした熱がかじかむ手を優しく暖める。
「ありがとう。でも進くんはいいの?」
「僕は大丈夫、寒いの平気」
「そうなんだ。あれ、じゃあどうしてカイロなんて持ってたの?」
「あっ、えっと、それはその…。もし如月が寒いって言った時に何か用意しておきたくて」
気恥ずかしそうに頬を指で搔きながら進はそう言った。これが自分のための気遣いだったと知り紗奈も頬を赤らめた。
「で、でもカイロはないよな!なんかこういう時ってマフラーとか、ブランケットとかもっと洒落たもの渡すよね。ご、ごめん、僕そういうの上手くできなくて」
「ううんそんなことないよ、少なくとも私はそうは思わない。カイロはすごく暖かいし、何よりも進くんが私のことを考えていてくれたことが嬉しい。だから、ありがと」
微笑みかけてくる紗奈の顔を見て進の心臓がドキリと跳ねた。ドキドキと高鳴る鼓動に背中を押されて気を急かされる、あまりの緊張で喉がカラカラに乾いていた。進は一度紗奈から視線を外し、あるものを見つけて声を上げた。
「おっ!あそこで甘酒配ってるぞ!僕甘酒好きなんだよね、もらってこようっと。如月の分ももらってくるからここで待ってて」
紗奈の返答を待つ前に立ち上がり、進は甘酒を配布しているところへと駆け出した。熱くなった頬に風が当たって冷やされる、告白すると決めたもののいつどう言えばいいのか分からず、進はいい雰囲気になっていたタイミングを完全に逸した。
足早に立ち去っていった進の背に向かって、紗奈は小さくいってらっしゃいと声をかけた。進の胸中が穏やかではないように、紗奈の胸中も全然穏やかなものではなかった。
「ああああ、どうしようどうしよう!今だったのかな?タイミング今だったのかな!?ダメだ全然分かんないよ!」
紗奈は紗奈で葛藤し頭を抱えていた。せっかく目一杯おしゃれをして、髪もメイクも美緒と相談して整え、初めて二人だけで出かけることになったのに、空回りしてばかりで全然上手くいかないと紗奈はため息をついた。
二人でいると楽しい、ただそれだけでドキドキとする。これが恋心なのは疑いようもないもので、後はそれをどう進に伝えるかという問題だけが残っていた。
自分のことを分かってほしい、受け入れてほしい、そしてできるなら互いに特別な気持ちで一緒にいたい。この想いを一方通行なままにしておきたくない。告白はとてもわがままだと紗奈はそう思った。
大切な人に自分のわがままな気持ちを押し付けてもいいのだろうか、やはり言うべきではないのではないか、紗奈の考えは一瞬揺らいだ。
しかしたとえそれがわがままの押し付けだったとしても、この気持ちに蓋をして仕舞い込んでおくことなどできなかった。きっと今伝えなければずっと後悔を引きずることになると紗奈は迷いを振り払った。
甘酒の入ったコップを両手に持ち、進は紗奈の方へ早足で戻ってきていた。紗奈は進の顔を見て、どんなタイミングで告白できるかは分からないけれど、今日が終わるまでには絶対に伝えようと心に決めた。
進は紗奈の分の甘酒ももらってきたことをアピールするように片手を上げて紗奈に見せた。そんな茶目っ気のある姿を紗奈が見ていると、紗奈に気を取られていた進が石段を見落としてガッと思い切りつまずいた。
進の姿勢がぐらりと崩れる、紗奈は慌てて立ち上がって駆け寄ろうとした。しかしいくら急いだとしても間に合わず、このままでは間違いなく進が甘酒もろとも転んでしまう、万事休すかと思われた。
が、しかし。つまづきよろめいた進は思い切り踏ん張って何とか転ぶことを回避した。それでもバランスは崩したままで足取りはふらふらだった。だが何としてでも甘酒だけは死守しようとあの手この手でバランスを保ち、紗奈が駆け寄ってきた時に進は両手に持った甘酒を差し出して言った。
「如月!これ受け取ってくれ!早く!」
「えっ?あ、うん!」
進のことを支えるつもりだった紗奈は、突然甘酒を渡されて困惑した。対して進の方は甘酒の安全を確保できたことに満足げに微笑み、そのままバランスを崩してドシャッと勢いよく地面に転んだ。
「ちょっ、し、進くん!大丈夫!?」
立ち上がらせようにも紗奈の両手は甘酒で塞がっている、どうすることもできずあたふたとしていると、地面にはいつくばっている進が顔を上げた。
「き、如月…、甘酒は無事?」
「それは転ぶ前に受け取れたから」
「そうか、ならばよし。こんなもの安い犠牲だ」
進はそのままもう一度顔を伏せると、片手を上げて親指を立てグッドサインをして見せた。その場面に強烈な既視感を覚えた紗奈が思考を巡らせると、あっと声を上げて進に言った。
「もしかしてそれジャスティスソード第十三話の真似?」
「流石如月、もう分かったか。…何て言ってみたけど、本当は目の前で転んで恥ずかしかったからさ、ごまかせるかなって思ってとっさにやってみた」
その状況がだんだんおかしく思えてきた二人は、声を上げて一しきり笑い合った。その後立ち上がった進と紗奈は先ほどまで座っていた椅子に戻ると、温かい甘酒を一口飲んでほっと一息ついた。
「そうだ。進くん、さっきは思わず笑っちゃったけど怪我はない?結構派手に転んでたよ」
「ん?別に特になさそうだけど…」
そう言う進の鼻からつうっと鼻血が垂れてきていた。紗奈はとっさにハンカチを手に取ると、進の了承を待たず鼻をハンカチで抑えた。
「あぇっ!?もしかして鼻血出てた?」
「うん、だからじっとしてて」
「ごめん如月、そのハンカチはちゃんと弁償するから」
「そんなこと気にしないでいいよ」
そのまましばらく紗奈は進の鼻を抑えて止血をした。途中で進は、自分でやるからと言おうとしたが、真剣な表情をしている紗奈に何も言えずそのまま受け入れた。
紗奈の手が離れたので、進は自分の鼻から血が出ていないかを確認した。ちゃんと止血できていて、鼻血はもう流れてこない。
「止まったみたいだ。ありがとう如月」
「好き」
「へ?」
「進くん、私はあなたのことが好き。友達としてじゃなく、特別な気持ちで」
急なタイミングの告白に進の時間はぴたっと止まった。なぜ今このタイミングでそんなことを、そう考え始めると目の前がぐるぐると回り始めた。感情が追い付かなくなった進はめまいがしてぐらっと体を揺らし意識を失った。




