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悪郎の幸福論  作者: ま行


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伝える 前編

 進は駅前の広場で紗奈のことを待っていた。今回は悪郎や奏の力を借りずに、自分一人の力だけで服のコーディネートや髪型等、身だしなみを整えた。だからどうしても自信が持てず、不安になって何度も窓に自分の姿を映しては変じゃないだろうかと確認していた。


 そわそわとしている進に周りから奇異の目が向けられていることなどはつゆ知らず、今か今かと紗奈のことを待っていた進は、辺りを見回していると遠くから駆け寄ってくる人影を見つけた。


 まだ遠くても見たらそれが誰なのか一目で分かった。紗奈は純白のファーコートに身を包み進に手を振って駆け寄ってきていた。コートの裾から見えるスカート、そこから黒いタイツに包まれた足がすらりと伸びている、少しかかとの高いショートブーツには大人っぽさが感じられた。


 髪が普段とは違いふわふわに巻かれていて、より一層紗奈が可愛らしくみえた。ほんのりと邪魔にならない程度にほどこされた化粧が、美しさをさらに進化させている。これを見ただけでも相当気合を入れてきてくれたのだと分かった。


「ごめんね待たせちゃった?」

「いや、全然。ほら約束した時間までまだまだこれだけあるよ」


 進は時間を確認してから紗奈に見せた。


「あははっ、本当だ。てことは進くん結構前から待っててくれたの?」

「正直家にいても落ち着かなくてさ」

「そっか。私はお兄ちゃんにはバレないようにと思って早めに出てきたんだ、見られたら絶対にからかわれるもん」

「あー確かにそうだ、俊輔さんなら絶対何か言ってくるだろうね。如月のその恰好見たら絶対にデートって…」


 そこまで言ってから進はハッとなって言葉を切った。紗奈は照れて赤くなった顔を俯けて前髪を触っていた。デートって分かるよねと言葉を続けようとしていた進は、話の流れでの発言とはいえ、これは間違えたと焦ってごまかすように咳ばらいをした。


「あの、えっと…。そ、その恰好すごく似合ってるよ。本当にすごく…可愛い、よ」

「あ、ありがとう」


 こんな時、悪郎だったらもっとスマートに褒めることができるのだろう。飾る言葉も多く知っていて、女性に恥はかかせないはずだ。進はそう思うと自分の不器用さと意気地なしに腹立たしかった。本当はもっと褒めたいのに、それに続く言葉が出てこない。


「じゃ、じゃあ行こうか!」

「そ、そうだね!」


 進も紗奈も緊張で声が上ずる。しかし互いの声が緊張で上ずっていることなど二人ともに気が付きもしなかった。今がまさに手一杯である二人は、どこかぎこちなく並んで歩き始めた。


「どうしよう…、こんなんでどうするんだ僕!今日は如月に…」

「わ、私、今からこんなに緊張してて大丈夫なの?だって今日は進くんに…」

「「告白しようと思っているのに」」


 二人の心の声の内容は奇しくも一致していた。しかしどちらも焦りと緊張で狼狽しているので、時折目が合っても適当に笑ってごまかすしかなかった。




 進と紗奈の二人は、ホームで少し待ってから電車に乗り込んだ。目的地は、地元から少しだけ離れた場所の神社、その最寄り駅へと電車に乗って向かっていた。近すぎるところだと見知った人に会うかもしれないし、遠すぎると二人きりでは危ないので親から許可がでない。妥協して選んだのが近すぎず遠すぎずの場所であった。


 車内はそこそこに混みあっていて、座席に座ることはできたが他の人のスペースを空けるためには詰めて座らなければならなかった。肩と肩がどうしても触れてしまう近さで隣り合う二人は、気恥ずかしさに言葉もなかった。


 電車を降りて改札を通り駅から出る、目的の神社まではそう遠くもない。二人はまた並んで歩き始めその神社へ向かい始めた。正月だからか道沿いにある民家から、帰省などで大勢の人が集まっている声が聞こえてきた。


 その騒がしさに少し緊張がとけてくると、今度は二人の間の静けさが気恥ずかしい、耐え切れなくなった紗奈が進に話しかけた。


「私実はちゃんと初詣とかしたことないんだ」

「そうなの?」

「うん。ママがこういうイベント事とかあんまり好きじゃなくて」

「え、理由は?」

「無駄にお金かかるからって。神様でも仏様でも、偉くてすごいんだからいちいちその場所に行かなくたって願い事の一つくらい聞いてくれるわよって」

「ははっ!ふ、ふふっ、ご、ごめんちょっとツボに入った。はあ、面白いこと言うね。でも確かに言われてみるとそうかも」

「実は私も結構それに納得しちゃってて、それであんまり神社仏閣でお参りとかしたことないんだよね。進くんは?」


 そう聞かれた進はツボに入った笑いを抑えるために唾を飲み込んだ。そうして息を整えた後紗奈に答える。


「僕の家もそんなにイベント事で何かする方じゃないけど、初詣だけは必ず連れていかれたよ」

「そうなんだ?」

「うん。でも決まり事とか作法とかはよく知らないんだ、僕はいつも出店とかに興味が移っちゃってたから」

「ふふっ、出店って見ているだけでも楽しいもんね」

「ただこれだけはしっかりやれって言われてることがあってね。父さんが言うことだから正しいのか分からないけど、手を合わせてこうお願いするんだ。また一年間どうか見守りくださいって」

「あれ?何か具体的なお願い事を言うんじゃないの?」

「そうなんだ。一年間見守ってくれてありがとうございますって感謝して、またよろしくお願いしますって挨拶するんだってさ。あっでも、あくまでも父さんが言ってることだよ?」


 進は念を押してそう言った。もしこれが間違った知識で、よく知らない紗奈に嘘や無作法を教えてしまっては大変だと思ったからだった。


 しかし紗奈は頭を振って言った。


「ううん。登さんの考え方、私はとっても素敵だと思う。そっか、今年も見ていてくださいってことだけお願いするんだね」

「前に神様はたくさんの人の願いごとを抱えてるんだから、少しくらい負担を減らしてあげないとって言われたよ。そう考えると確かになって思えるところもあって、僕なんかよりもっと大切で切実なお願いをする人がいると思うんだ。なら僕はこれくらいのお願いで十分じゃないかなって」


 進がそう語ると紗奈がくすりと笑った。それを見て「変かな?」と進が聞くと、紗奈は「全然そんなことないよ」と返した。


「進くんの考え方、私はすごく優しい考え方だと思う。それに進くんらしいとも思うよ」

「まあこういう風に考えられるようになったのも本当に最近の話だけどね。今までは何で父さんがそんなこと言うのか考えたこともなかった」

「どうしてか当てようか?」

「うん?」

「出店で早くくじ引きしたいなって思ってたんでしょ?」

「なっ!?なぜそれを…」

「きっとジャスティスソードの玩具が並んでたんじゃないかな?そして進くんはそれが欲しかった」

「そうそう!これ見よがしにでーんと見えるところに置いてあるんだよねえ。これが当たらないって分かってるのに欲しくてさあ。でもなんでそんなこと分かったの?」


 進がそう聞くと紗奈がある場所を指さした。話に夢中になっている内に二人は神社に到着していて、入口手前の道に出店が並んでいた。指さした先のくじ引き屋には、世代が古いジャスティスソードの玩具はなかったが、現行シリーズの玩具の箱が目玉商品として飾られていた。


「なるほどね、おみそれしました」


 そう言ってお辞儀をする進に紗奈は顔をほころばせた。そこでようやく二人の間の緊張がほぐれて、いつものような自然体に戻ることができた。




 初詣の参拝者で神社は混みあっていた。しかしはぐれてしまうようなほどの人の波ではなく、並んでいるだけで待ち時間はスムーズに進んだ。


 進は手水のやり方を紗奈に教え、順番がくると賽銭箱に五円玉を入れた。進はご縁と五円をかけた言葉遊びが気に入っていて、何となくいつも賽銭はそうしてしまう。紗奈と一緒に二礼二拍手一礼を行う時、進は先ほど紗奈に言っていたこととは違うことを心の中で思った。


「許してほしいとは言えません。烏滸がましい限りですが、僕のわがままを見守っていてください。天罰はご自由に、甘んじて受け入れる覚悟でございます」


 こんなことを言っていいものかと迷ったが、これ以外の言葉が見つからなかった。裁きは任せ、自分は自分のやりたいことをやる。進はより一層覚悟が決まる思いだった。

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