紗奈の気持ち
自室には一人と一匹、紗奈はまめまるを膝に乗せて座りアルバムを眺めていた。それには進や悪郎と一緒に撮った写真がプリントアウトしたものが並べられていて、三人が仲良くなったことの証明がそこにはたくさん詰まっていた。
「私がね写真を撮ろうよって言っても、進くんも悪郎もすごく嫌がったんだよ。どっちも写りたくないって、写真は苦手だって言ってさ」
紗奈は写真を愛おしそうに撫でながらそうまめまるに語った。するとまめまるはまるで返答するように大きなあくびを一つした。
「あはは興味ない?でもほら、進くんとまめまるが一緒に写ってる写真があるよ。見てこれ、いい写真でしょ?」
進の名前が出てもまめまるの表情は特に変化はしない、しかし少しだけしっぽが持ち上がってふりふりと揺れた。進に懐いていることは知っているが、露骨に態度に出すなあと紗奈は苦笑する。
三人の思い出を形にして残しておきたくて、紗奈はよくスマホ使って写真を撮りたがった。悪郎は単純に記録として自分の姿が形に残ることを嫌ったが、進は紗奈と悪郎の外見ハイクオリティ組の間に入る自分に異物感しか感じず嫌がっていた。
しかしそうごねていたのも最初だけで、進も悪郎も次第に紗奈の要求をのむようになっていった。どちらも紗奈の懇願に根負けした結果だったが、三人一緒に写ると普段では見ることのない自分たちの表情を見ることができた。一緒にいると喜怒哀楽もより際立って感じられる表現もできる、特別な友情を感じられるからこそ表情豊かな写真が撮れた。
紗奈はこの写真を見返しては思い出に浸る時間が好きだった。自撮りなどこれまでまったくしてこなかったし、どちらというと紗奈も写真に写ることが得意な方ではなかった。だが進と悪郎をその気にさせるために色々なことを試したところ、いつの間にかフォルダは画像でいっぱいになっていた。
「これは、本当にいい顔してるなあ悪郎」
紗奈が目を止めたのは、進に対して悪郎がこっそりといたずらを仕掛ける場面を撮ったものだった。悪郎は進と絡む時が一番表情豊かになる。にやにやといたずらを企む顔は本当に楽しそうなものだった。
次に目に留まったものは進と紗奈で一緒に写っているものだった。悪郎がいつの間にか撮った写真を送り付けられたもので、紗奈は最初見せられた時、勝手に撮らないでよと悪郎に怒った。だがしかし。
「…我ながら本当に幸せそうにしてるなあ」
進も紗奈もとてもいい笑顔で写真に写っていた。進が持ってきたジャスティスソードのグッズを一緒に見ているところで、その時に進からジャスティスソードについての雑学を教えてもらっている場面を切り取ったものだ。
しばらくその写真を見つめていた紗奈は、おもむろにまめまるを抱き上げ立ち上がった。普段は抱き上げられることを嫌がるまめまるだが、紗奈が何かに迷い悩んでいることを察しておとなしくしていた。
「まめまるは好きってどういう気持ちか分かる?」
そう聞かれてもまめまるは答えられない。ただ一度ふんっと鼻を鳴らした。
「何度か好きだって言われたことはあるんだ。それが友達としてじゃなくて、まったく別の気持ちだってことは私にも分かる。だからいつも断ってきた。私はその人の特別な気持ちと真剣に向き合えないから」
これまで紗奈に告白してきた人たちには、よく知っている人もいた。逆によく知らない人もいた。まったくの初対面の人や名前すら知らない人もいた。
どんな気持ちであろうと、本気の想いを相手に伝えることがどれだけ勇気がいることなのか今の紗奈は昔より理解していた。だからこそ分からないことがあった。一体自分の何に惹かれたのかと。
紗奈はどうして自分のことが好きなのか納得できる理由を欲しがった。付き合いたいという情熱を傾けられる理由が知りたかった。しかし誰に理由を聞いても腑に落ちるようなことを言う人はいなかった。
相手は容姿、性格、エピソードなど、自分にまつわることを口々に語った。しかしどの人も同じような話をするだけで、これといったことを言うものはいなかった。
自分にとって特に意味もないことに、意義を見出してくれることは嬉しく思えた。しかし嬉しく思える止まりであり、それが紗奈から相手に情熱を傾ける理由にはならなかった。好きという気持ちを同じ好きで返せるような気持ちが圧倒的に欠けていた。
これには幼い時に経験した美雪にまつわる男子の事件も関係していた。無理やり好きだと言われ迫られ顔を近づけられた時、紗奈は本当に心の底から怖かった。体が震えて動くことができず、ただ声が枯れるような大声を上げることが精一杯だった。
告白してきた人が全員同じようなことをするとは限らない。その人と同列に扱うことは失礼だと頭では分かっていた。だがしかし、同じようなことをしないとも限らなかった。その可能性があるというだけで紗奈が恋愛に尻込みしてしまうのは無理もない話だった。
「私が…、人の気持ちを断り続けてきた私が、誰かを好きだって言ってもいいのかな…」
告白を断られ嫌な思いをした人もいただろう、打ちひしがれる様も見てきた。自分はあの時の男子と同じことをしているのではないかと感じていた。それでも自分の気持ちを無視することはできなかった。
もしかしたら出会った時からずっと惹かれていたのかもしれない、恋心を抱き続けていたのかもしれない、紗奈はもうずっと前から進のことが好きだった。しかしその気持ちを、人の気持ちを受け入れることを拒み続けてきた自分が持っていいのか迷っていた。
今まで腕の中でおとなしく抱かれていたまめまるが身をよじって下ろせと暴れた。紗奈がまめまるを下ろすと、とてとてと窓際まで歩いていき、かりかりと窓をかいた。どうしたのかと紗奈も窓際へ近づきカーテンを少し開けてみた。
「わあっ!」
窓の外では初雪がちらちらと舞っていた。例年よりずっと早い降雪で、積もるほどの量がない少ないものだったが、それは確かに雪だった。
雪が降る冬の夜空を見上げた。小さな白いかけらが頼りなくひらひらと落ちてくる。その様はどうにも美しくて、的確に言い表す言葉が紗奈には見つからなかった。
「まめまる、どうして雪が降ってるって分かったの?」
そう聞いて紗奈が下を向いた時、すでにまめまるは窓から離れていた。いつの間にか暖かいクッションの上で丸くなって眠っている。
「君は本当に自由だねえ」
まめまるから目を離しもう一度窓から空を見上げた紗奈は、やっぱり綺麗だなと心から思った。そしてふと、この気持ちが自然と沸き上がってくるものだと気が付いた。誰かからこれが綺麗なものだと教えられた訳でもなく、ただ空を見上げて舞い落ちる雪を綺麗だと心から思ったものだ。
理屈ではない本音の感情、そのことに気が付いた時に紗奈は思った。特別な好きという気持ちも、誰に何を言われようとも止められないし変えることもできない、許可や資格なども必要ない、誰かを好きだと思うことを理屈で止めたり抑え込むことはできない。
「そっか…、これがきっと特別な好きって気持ちなんだ…」
紗奈はようやく自分の思いが胸にすとんと落ちた。そして今すぐにでも進に好きだと伝えたい気持ちに襲われた。きっとこれが今まで自分に告白してきた人の気持ちなんだと紗奈はようやく理解した。
しかし同時に怖くも思った。紗奈は告白をしたことがない、そして自分の気持ちを伝えてもしそれを進に拒絶されたらと考えると、想いを伝えるのが怖くてたまらなかった。
そして三人の友情が変わってしまうことも怖かった。進がどう思うかということも気になったが、悪郎が告白をどう思うのかということもとても気になった。今の心地よい関係が告白をきっかけに変化してしまうかもしれない、自分がその引き金を引いてしまうのは嫌だった。
「あー!難しい!告白ってこんなに難しいことだったの!?ずっとずっと断ってきてごめんなさい!」
紗奈が頭を抱えてそう悶絶していると、スマホが音を鳴らしぶるぶると震えてメッセージの着信を知らせた。誰からだろうと画面を見て、紗奈は思わず飛び跳ねそうになった。
差出人は進。内容はこうだった。
「如月、もしよかったら元日一緒に初詣へ行かないか?二人だけで、どうかな?」
進からの初詣の誘い、しかも二人きりという文言、紗奈はバクバクと暴れる心臓を必死に押さえつけるよう胸に手を当て、深呼吸を繰り返して返信した。
「行きたい。二人だけで一緒に」
短いメッセージを送信すると紗奈はベッドに身を投げて枕に顔をうずめた。返信がくるのが待ち遠しいような怖いような、そんな不思議な気持ちでドキドキと胸が高鳴っていた。




