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悪郎の幸福論  作者: ま行


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区切り

 季節は過ぎて冬。学校では期末テストが行われ、今日はその最終日だった。時間ギリギリまで頭を抱えペンを走らせた進は、テスト終了を告げるチャイムが鳴るとがくっと体の力が抜けて机に突っ伏した。解答用紙の回収が終わると、数名のクラスメイトが進に話しかけてきた。


「よお佐久間、テストどうだった?」

「この顔見て手ごたえあるように見える?」

「ははっ、よかった仲間がいて。実はそれを確認したかったんだ」

「趣味悪いなあ」

「でもさ、佐久間ってなんだかんだテストで平均点取ってるじゃん。それすごくね、ブランクあんのに」


 確かに進は常に赤点を免れていた。その理由は、テストを終えて平気な顔をしている悪郎と、同じくすでにテストなどなかったかのように友人と談笑している紗奈がみっちりと進を指導するおかげだった。進の成績は常に平均ラインを保っていた。


 指導を受けても平均的であることを進は情けなく思っていたが、言われた通り授業を受けていない期間があった自分にしては上出来だと思ってもいた。


「テストって憂鬱だけど学校が早く終わるのがいいよな。なあ、中田んち遊びに行かない?話題になってた新作のゲーム買ったんだって」

「それは正直めちゃくちゃ魅力的だけど。今日は予定あるからやめとく」

「そか。じゃ、俺たちは行くわ。佐久間もまた遊ぼうぜ」

「うん、また」


 帰り支度を整えた進は悪郎に声をかけた。進を待っていた悪郎はすでに準備は済ませていて、友人と話し込んでいた紗奈に声をかけた。


「紗奈、そろそろ行くぞ」

「あっごめん悪郎。皆またね」

「またね紗奈」


 紗奈も合流した三人は一緒に帰路についた。向かった先は紗奈の家で、今日は三人でテスト終わりの打ち上げをしようと決めていた。




「じゃあ皆、テストお疲れさま!かんぱーい!」


 紗奈の乾杯の音頭に合わせて進と悪郎もジュースで満たされたグラスを掲げる。進と紗奈は一気に傾けて飲み干し、悪郎は少しだけグラスを傾け喉を潤した。


「で、二人は今回のテストの出来はどうだったんだ?」

「うーん、英語はちょっと難しかったかなあ。進くんはどう?」

「解答欄は埋めた」

「ほう、進にしてはよくやったじゃないか」

「ハードルの低さに喜んでいいのやら悲しめばいいのやら…」

「あはは…。でも何も書かなければ一点にもならないんだし、欄を埋めるってのは大切なことだと思うよ?」

「授業内容を理解しているかどうかの確認作業としては落第だがな」


 悪郎に余計なことを言われて進は悔しそうに唇を尖らせた。進が悪郎に何も言い返せないのは、悪郎がテストで取る点数が常に満点であるからだ。学力について学年の誰もが悪郎には意見できない。


「悪郎はまた満点?」

「間違いなくな」

「そこまで自信満々に言い切れるのってすごいよね。本当にいつも満点取るし」


 進は今にも「こいつ悪魔だから」と言ってやりたくなったが、テストの点数が満点であることに悪魔の力はまったく関係していない、悪郎が満点を取るのは悪郎の実力だった。


 授業態度が真面目で、成績もいい。悪郎は教師たちからの評価がすこぶる高かった。外面を飾らせれば悪郎の右に出るものはいないだろうと進は思っていた。


「そうは言うが紗奈も毎回いい点数を取るじゃないか。俺のように全教科満点とはいかなくとも、いくつかの教科では満点を取るんだろう?」

「いつもじゃないよ?調子がいい時だけ」

「いやいやそれでもすごいって。僕が満点を取ったことあるのなんて小学生の時だけだよ」


 そんな他愛のない雑談を、ジュースを片手にお菓子をつまみながら延々と続ける。三人一緒だと本当にずっとしゃべり続けていても平気だった。このまま時間を忘れて会話に興じていたい、三人全員そう思っていたが、一番その気持ちが強いのは悪郎だった。


「そういえば、二人はもう進路って決めた?」


 紗奈のこの発言には深い意図はない、ただ直近にあった進路希望について二人の意見を聞こうとしたものだった。しかし他のクラスメイトたちとは事情が異なる進と悪郎は体をびくっと反応させた。


「あれ?どうかした?」

「えっ?べ、別にっ」


 思い切り声が上ずる進をフォローするために、悪郎がすかさず間に入って発言する。


「俺は中学卒業まではここにいるが、それから先は親元に戻るからな。お前たちとはまったく別の進路になるだろう」

「そっか…、そういえば悪郎は一時的に登さんたちのところにいるだけだもんね。地元はどこ?」

「いや地元には帰らない。両親の海外出張についていくつもりだ。高校生になれば流石に一緒にいてもいいだろうと許可をもらってな、二人は世界中飛び回るから俺もどこに定住するか分からん」

「ええ!?そうだったの!?で、でも、時々日本には帰ってくるんでしょ?」

「ああ勿論。だがどれくらいの頻度かは分からないな。連絡を取れる頻度も減るだろう、今から言うのもなんだが俺との縁は卒業までだと思っていてくれ」

「そんな…」


 小さな声でそう呟き、がっかりとして紗奈は俯いた。悪郎と一緒にいられるのが卒業までという衝撃的な事実で、進についての話題はうやむやになった。


 進はそのことに人知れずほっと胸をなでおろした。学校側へ提出する進路希望は適当なものでも構わなかったが、紗奈に嘘をついて煙に巻くのはしのびなかった。自分には卒業から先の未来がない。事実としてもあまりに荒唐無稽な話であり、言いたくも聞かせたくもなかった。


「それよりもだ。紗奈、学校では上手くやれてるみたいでよかったじゃないか」

「え?あ、う、うん。おかげさまでね」

「正直に言うと俺は皆と仲良くするなんて無理だと思っていたよ。試す価値すらないとな。しかしお前はそれを見事やってのけている、まあ相手が腹の奥底で何考えてるかまでは分からんがな」

「流石にそこまで探るのは過干渉だよ。誰にだって教えたくないことや、知りたくないことってあるでしょ?別に私はその人の全部を知りたい訳じゃなくて、ただ仲良くしたいだけだから」

「そう割り切って考えるのも案外難しいもんさ」


 悪郎にとって「みんな仲良く」なんてものは本当に戯言に過ぎなかった。足並みなどそろうはずもない、全員それぞれ違うことを考え、違う意見をもって生きている。だから折り合えないし時に激しくいがみ合う。先ほどまで仲良くつながれていた手が、次には互いを殴り合う武器に変わる事例など山ほどある。


 しかし理想は理想だと切り捨てず、紗奈はそれを実現可能な範囲で周りに広めた。勿論紗奈にそれだけの能力が備わっていたのが理由の一つだったが、この件の一番の功労者は進だった。


「あの時、進くんがバンドをやろうって誘ってくれなかったら、今私はこうしていなかったかもしれない。私は皆から無視されるようになって、二人からも引き離されて、孤立してどんどん発言する機会もなくなっていつか一人ぼっちになっていたと思う。本当に、ありがとう進くん、悪郎」

「だ、そうだぞ進?」

「僕は如月が自分の理想を叶えているのは、如月の力だと思うよ。偶然あれがきっかけになったってだけで、僕としては何も…」

「そんなことない!」


 進の言葉を紗奈は声を荒げてさえぎった。紗奈は驚く進を見てハッとした表情で「ごめん」と謝ってから「それでも」と前置いて話始めた。


「進くんがあの時、私が我慢するのは自己満足だって言ってくれたこと、取り返しがつかなくなるよりずっといいって言ってくれたことで私は自分の間違いに気が付いた。進くんにとってのヒーローになれたことが嬉しかった。その言葉をくれたのは間違いなく進くんだよ?何もしてないだなんて悲しいこと言わないで」


 その言葉は進にとって何よりうれしいものだった。こんな自分でも紗奈の役に立てたこと、好きな人のために頑張れたことの証明になるからだ。


 許すつもりもなく、もう過去のことでどうにも変えようがないと分かっていても。もし小坂拓巳と別の形でちゃんと向き合えたなら、彼を改心させることができたのだろうか。進はそんなことをぼんやりと思った。


「…ありがとう如月。君の力になれたことを僕は誇りに思うよ」


 それだけで十分だ。それ以上は望まない。紗奈を助けたことが回りまわって、他の大勢の人も助けることができた。自分にしては上出来だと進は思った。


 悪郎の力添えで学校へ戻り、紗奈と絆を深め、周りの人との接し方も知った。短い間に色々なことがあったが、ようやく問題も片付き一区切りがついた。


 一月はすぐそこまで迫ってきている、三人で一緒に居られる時間は後一年と少しだけと、着実と最期の日に向けて減ってきていた。

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