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悪郎の幸福論  作者: ま行


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地固まる

 進と悪郎と紗奈、この三人は最近いつも集まっていた場所に行かなくなっていた。しかしそれは決して悪いことではなく、むしろその逆であった。


 クラスメイトの男子たちと進はよく話すようになり、行動を共にすることが多くなった。美緒が事前にある程度顔を繋いでくれたことも要因の一つだったが、それ以上に進が注目を集めていたことがあった。


 それはやはり文化祭でのバンドの話題であった。悪郎と紗奈に比べると、進は無難に演奏をこなしただけではあったが、二人についていくことがそもそもすごいと評価されていた。


 悪郎は次元が違い過ぎて論外、紗奈は天才肌であり上達も早く成績もいい、そんな二人に無難であれどついていける実力が進にあったのは、日々の努力のたまものであった。


 佐久間進にできるのなら自分にもできるかもしれない。安直な考え方ではあったが、もっと下らないきっかけが山のようにある中では上等な方であった。


 加えて進の性格は、偉ぶらず物腰も柔らかで、人を立てるのが上手だった。以前は話しかけにくい暗さを持つ進だったが、今では一緒にいて気分がいい奴だと皆の評価は一致していた。


 これは悪郎の性格矯正が効果的に働いたことも要因の一つだったが、本質としては進が自分の中で昇華させた性格が受け入れられたからだった。


 偉ぶらないのは、悪郎と自分を対比させる機会が多いからだった。常に近くで行動する悪郎の立ち振る舞いは見事なもので、それと比べると自分の精神的な幼さが浮き彫りになる。人の振り見て我が振り直せを、日常生活の中で自然と行っている内に弁えられるようになった。


 物腰が柔らかなのも、悪郎からの扱いに慣れているからだった。悪郎の進に対する扱いは、ぞんざいというほどでもないが遠慮がない、だから多少礼を失する態度を取られたとしても進は怒ったりしない。悪郎の方がもっと酷いことを言うな程度の感想が浮かんでくるだけだった。


 人を立てるのが上手であるという評価は、唯一悪郎が絡んでおらず進の隠れていた特技だった。進は人の長所を見つけるのが上手いだけではなく褒め上手でもあった。


 これには皮肉にも引きこもり生活の時の習慣が効いていた。人の悪口、細かな欠点、わずかな隙を見つけては誇張して散々に叩いていた不毛な日々は、細かいところにまで目が届く観察眼を与えていた。


 とても褒められたものではなく、人の輪の中に入って馴染むために考え出された偶然の産物であったが、何がコミュニケーションの役に立つか分からないものだと進は思っていた。




 悪郎は進と紗奈と比べたらそれほど話題には上がらなかった。悪郎自身がそれを嫌ったこともあり、そもそも悪郎は一度クラスメイトと距離を置いていた。これは意図的なものであったし、避けられていると知っていて近づける人はそうはいない。


 そこで。悪郎が距離を置くのならば、敢えて自分たちも距離を置いて遠くから見守る女子集団が出来上がっていた。鉄の掟「接近は厳禁。遠見は尊み」を是として結託し、悪郎のあずかり知らぬところで悪郎を愛でるようになった。


「顔がいい。視力が回復する」

「いてくれるだけで百点満点」

「尊さの権化」

「生まれてきてくれたことが私たちへの祝福」


 これは進が集団を横切った時に聞こえてきた会話の内容だった。悪郎にこのことを伝えると「過激化しないのであればどうでもいい」と放置宣言をされた。


 進はそれでも心配して動向を見守っていたのだが、本当に遠目で悪郎を見続けているだけで、一通り楽しんだ後は邪魔にならないようさっさと解散するということを繰り返し行うだけであった。


 見た限りでは問題がありそうには見えなかったが、進には判断が難しかった。しかし悪郎が解散させるように動かないということは問題なしということなのだろう、そう納得して進も放置することに決めた。




 紗奈は文化祭直後の熱狂的な人気は収束して、女子とはより親密に、男子とは適切な距離感で接することができるようになっていた。


「皆と仲良くしたい」


 言うは易く行うは難しの典型的な例だが、紗奈はそれを実現させていた。少しでも不穏な空気があれば即行動に移して解決し、誰にとっても角が立たないように場をおさめた。


 これまで散々自分が我慢してきた紗奈は、文化祭がきっかけで吹っ切れ、ため込まれたうっぷんと共に才能が爆発した。


 細やかな気配りにどんな些細なことでも聞き逃さない傾聴力、時には優しく癒しを与え、時には厳しく諭して歯止めとなる調整力、どれだけ疎ましく思われてもなお対話を試みる忍耐力、とてもではないが一人では手一杯になってしまうようなことをやれるだけの能力が紗奈にはあった。


 その奮闘ぶりに一度進は紗奈に無理をしていないか、大丈夫なのかと聞いた。


「全然無理はしてないよ、それに今度こそ守りたいから」


 こう返してきた紗奈は本当に無理をしているようには見えなかった。むしろ今までより明るく生き生きとしていた。


 今度こそ守りたい、そう発言した意図は紗奈がいまだに美雪とのことを後悔していたからだった。まだまだ幼かった紗奈にはどうしようもなかったことだが、それでも責任を感じてしまうのが紗奈であった。


 あの時自分がどうしていれば誰も傷つけずに済んだのかと紗奈は考え続けていた。しかしどう動いたって上手くいく訳がないとずっと諦めていた。そんな紗奈の背を進と悪郎が押した。思うがままにやってみろと味方になってくれた。


 二人が味方であるという事実が紗奈を強固に支えていた。決して折れない一本の芯を手に入れて、紗奈は理想を叶えるために尽力していた。自分が望んでいたことを思う存分にできるのだから無理や不満など一切なかった。


 それでも力不足で困る時もあった。そんな時は頼りになる友人が助けてくれた。進と悪郎は勿論のこと、葉月や美緒が紗奈のために力を貸した。特に美緒の力添えは大きく、紗奈の理想に貢献していた。元々の顔の広さを活用するだけではなく、紗奈をモデルにしてメイク講習を行うなどして人脈を広げさせた。


 知り合いの多さ、顔を知られていることの利点、それがどれだけ意見の通しやすさにつながるのかは美緒が一番よく知っていた。


「私は顔を繋ぐだけ、後は紗奈が自分で何とかしなさいよ」


 そういってつれない素振りをしていても、結局は紗奈が困っていると放っておけず美緒は手を貸した。ほぼ未遂に終わった事件だったが、それでも美緒は後ろめたさを感じていて、手を貸さずにはいられなかった。


 それでいて美緒は紗奈への過度な接触を避けた。紗奈は何度も気にしていないと伝えたが、美緒はけじめだからと固辞した。


 仲は良くもないが悪くもない。二人の関係はそんなところで落ち着いた。


 三人全員がそれぞれ学校での人間関係が変化した。それは大きな変化であり、いつか歪むかもしれない危険がある。だが一連の騒動の終着点としては「雨降って地固まる」としっかり落ち着いた。




 学校ではそんなに集まらなくなった三人だったが、バラバラになっていた訳ではない。


 ではどこに集まっていたかというと、平日休日問わず佐久間家か如月家のどちらかに集まっていた。家族ぐるみでの付き合いが深まっており、気軽に互いの家へ行き来するようになっていた。


 佐久間家では特に紗奈が奏から大いに気に入られていて、進と悪郎はそっちのけでぐいぐい関わるようになっていた。紗奈にあれこれとさせたい奏が手を変え品を変え様々な提案をしてくる、それを進と悪郎がたしなめて止めるという構図が定番になった。


 如月家では進も悪郎も家族全般から気に入られ、その中でも進は紗奈の母「桃香ももか」と弟の「剛輝ごうき」そしてまめまるから気に入られた。悪郎は父親の剛輔と将棋の話題で盛り上がり、兄の俊輔とは悪魔らしくいたずらの話で気が合った。


 三人の関係は「雨降って地固まる」だけに収まらず、層が増えてより厚みを増した。固く結ばれた友情は文化祭でのバンドの練習と演奏によってさらにゆるぎないものになっていた。

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