万雷
そして運命の日はやってきた。チューニングにリハーサルを終え、本番までにできる準備を整えた。後は練習の成果を発揮するだけであった。
だがいくら練習を重ねたとはいえ、初の大舞台に緊張しない訳がない。特に気が高ぶっていたのは紗奈だった。呼吸は荒く小刻みで、今にも心臓が口から飛び出すのではないかと思うほど鼓動が跳ねていた。
まったく緊張する要因がない悪郎はともかく、意外なことにこういう場が苦手な進も落ち着きを払っていた。緊張で体を小刻みに震わせる紗奈の肩に手を置いて優しく話しかける。
「如月、緊張してる?…ってのは聞くまでもないか」
「ふふっおかげさまでね。進くんはあんまり緊張してないね、コツとかあるの?」
「ないない、そう見えないだけで僕も緊張してるよ。でもそうだな、敢えて言うなら本当は一度立ってみたかったんだ、こんな風に大勢が待っているステージに」
「そうなの?」
紗奈は信じられないような顔で進を見た。
「意外?」
「うん、正直」
「実際強がりではあると思うよ。僕は目立つタイプでも目立ちたがるタイプでもないからさ、それくらいは自覚してる。でも想像してみてよ、今からステージに立つのは僕たち三人だけ、そこに一気に観衆の目が向けられる、まるでヒーローショーの主人公だと思わない?」
「なるほど、私たちはジャスティスソード役?」
「この際何だっていいよ。このステージで僕にとってのヒーローは如月だ。僕は僕のヒーローを手助けするためにここへ戦いにきた。主役は如月だ、僕と悪郎が後ろにいる。心配することは何もない」
進の言葉はまっすぐで迷いがなく、全幅の信頼を紗奈に寄せていた。紗奈はその信頼がとても嬉しくて、少しだけこそばゆく恥ずかしい。紗奈の緊張からくる震えは、進との語らいの内にいつの間にか止まっていた。
「…進くんはダブルヒーローは嫌い?」
「まさか。王道じゃん」
「じゃあ今日のステージの主役は二人だね、私にとってのヒーローが進くんだから」
微笑みかけ、そう語りかけてくる紗奈に顔を赤らめる進、緊張していなかったのに、別の意味で心臓が跳ね始めた。
「何だ?俺は仲間外れか?」
「悪郎はヒーローだって言われても、柄じゃないって言うでしょ」
そう言われた悪郎は一瞬だけきょとんとした。しかしすぐににやりと笑った。
「何だよく分かってるじゃないか。確かに俺にヒーローは似合わない。ジャスティスソードは好きだけどな」
「友達だもん。言いたいこととか思ってること、何となくだけど分かるよ」
「いいな、実にいい。俺が収まるとしたらヒーローの友人役だ。お前たち二人共、友人であるこの俺がまとめて高みへ引き上げてやる」
きざなセリフだった。格好つけた芝居がかったものだった。しかし自信満々に、疑いようもなくそう言い切る悪郎の姿には説得力があった。何より素人の進と紗奈を、人前で演奏が披露できるように指導したのは悪郎の力があってこそである。二人が悪郎を信頼しない理由がなかった。
「そろそろ出番だよ!準備はいい?」
実行委員にそう声をかけられて三人は同時に頷いた。いまはもう、ステージに立つのが待ち遠しかった。
ステージに上がってすぐ会場は一斉にどよめいた。まずビジュアルの完成度の高さに驚く、悪郎と紗奈の二人は言わずもがなだったが、進も負けず劣らずの魅力を放っていた。これは奏の力添えが大きく、恥ずかしいので口には出さなくとも弟のために全力を注いでいた。
奏が自費で制作した揃いのTシャツもよく似合っていて、ただステージに立っただけでも煌びやかに映った。誰もかれもが見とれている中、まず始めに悪郎が動いた。
体育館に響き渡る低音のメロディー、プロ顔負けの超絶技巧によるベースソロ、ざわざわと騒がしかった会場は一気に静まり返った。全員が聞きほれて声が出なかった。今まで聞いたことのない重低音が織りなす珠玉の音楽は魂を震わせ心をがっちりと掴んだ。
演奏が終わり余韻が続く中、紗奈がマイクの前でしゃべり始めた。
「皆さんこんにちは。私たちは二年生の如月紗奈、佐久間進、佐久間悪郎です。えっと…、こんな時格好よく紹介できるグループ名とかあればよかったのですが、そういうのは特にありません。強いて言えば仲良し三人組です」
少々ぎこちない紗奈のMC、しかしこれによって先ほどまで演奏されていた極上の音楽に聞き疲れを起こしていた人々は、紗奈のたどたどしさと微笑ましさで一気に緊張感が解けてなごんだ空気になる。
「今ソロで演奏を披露してくれたのは佐久間悪郎です。やると聞いてはいましたが、ここまでのことをやるとは思いませんでした。彼は大体いつもこんな感じです」
ドッと笑いが起こり場の空気が温まり始めた。悪郎の演奏によって雑音を黙らせ、自分たちの世界観へグッと引き込んだ。すかさず紗奈が見せた必死な姿で人心をつかむ。悪郎はそれを意図していたが紗奈にその意はない、ただ緊張しすぎないように普段通りにと心がけただけである。
悪郎は紗奈の性格を読み切った上でこの演出を施していた。高みへと豪語したのは伊達じゃなく、本気でそうすることができる実力が悪郎にはある。
「今日ここで私たちが演奏させてもらうのは、皆さんご存じあるかと思います人気アーティストSkyのから絆という曲を演奏します。拙くは…、ないと思います彼のベースがあるので」
もう一度笑い声が起こる。それが収まった後、演奏を待ち望むように静けさが訪れた。
期待に応えるべく三人は顔を見合わせる。進は緊張からかすでに額に汗が浮かんでいたが、その目には確固たる意志が宿り紗奈と悪郎を勇気づけた。
涼しげな顔で二人を見る悪郎は、自分が指導してきたのだから何も問題はない、そう伝えるよう力強くうなづいた。
進と悪郎の顔を見て、紗奈は改めて感謝の気持ちが沸き上がってくると同時に、二人と出会えたこと、友達になれた奇跡のような幸運に顔をほころばせた。
紗奈の笑顔を見て進がドラムスティックをかかげる。何度も練習した進のカウントで三人の演奏が始まった。
その演奏は決して完璧とは呼べなかった。人前で何かを披露するということ、そのプレッシャーは重く、どうしたって緊張となって全身にのしかかってくる。
進はとにかくこの場を台無しにしてしまわないようにと無難な演奏を心がけた。練習以上のものは出せないと割り切り、自分のやるべきことに集中する。
紗奈は一番目立つポジションであることも災いし、練習ではできていたところを弾きこなすことができず、度々間違えてしまう。
しかしそんな中でも悪郎は冷静だった。二人が走り過ぎないように抑え、卓越したテクニックで音楽を完璧にまとめあげる。お膳立ては整えた。さあ行けと言わんばかりに紗奈の歌いだしへと導く。
紗奈の歌声が響いた。最初は緊張で声が震えていた。しかし紗奈はそんなもの構うものかと迷いを振り払った。今はただこのステージで最後まで歌い上げる。ただそれだけをやり遂げるのだと腹を決めて声を張った。
観覧席の生徒、保護者、そして教師たち。そこにいる全員が紗奈の歌に聞き入った。美しく透き通るような歌声も素晴らしい、コーラスに入る悪郎とのハーモニーも申し分ない、しかしそれ以上にどうしてかグッと引き込まれるものがあった。
想いが、気持ちが、心が歌と曲に乗る。紗奈たちの本気と感情が伝播していく。最前線でそのことを感じ取った紗奈は、嬉しくなって満面の笑みを浮かべて歌った。
悪郎は進と紗奈を高みへ引っ張り上げた。しかし紗奈は会場にいるすべての人の心をつかみ引っ張りあげた。着席していた生徒と保護者たちは自ずと立ち上がる、その場の熱に当てられて自然と手拍子などで演奏にノリ始めた。紗奈がそれに応えるようにウインクすると体育館が揺れた。
全員が一つになったような一体感、最高潮に盛り上がる会場、弾けるような笑顔で歌いギターを演奏する紗奈の姿に皆が惹きつけられた。最後の一音が鳴り終わると、それを称える万雷の喝采が三人に贈られた。




