みてくれ
進と紗奈のやり取りをこっそりと聞いていた悪郎は、自分の浅はかさに辟易としていた。仕事ができないことは自覚していたが、ここまで人の心と感情に疎いとは思っていなかった。
「そりゃ散々叱られる訳だな…」
やる気がなかったのは確かだが、それだけでは説明がつかないほど悪魔としての業績が悪かった。散々苦言を呈されていた理由がそこにあったのだと今更になって知った。
悪郎は間違いなく優秀で能力が高い。誰かと何かを比較させれば、必ず悪郎の方が優れている。ただし優秀であることが有能であることは簡単に結びつかない。才能は発揮されなければ宝の持ち腐れである。
紗奈の深い深い心の傷、それに対して進が示した覚悟、それを受けて自分に何ができるのかと考える。悪魔としてではなく、紗奈の友人である悪郎としてできることはないか、それを探る。
「…考えるまでもないか。何としてでもライブを成功させる、今の俺に課された使命はそれだけだ」
こうして悪郎の覚悟も決まった。
進と本音で話したことがきっかけとなり、紗奈の実力はさらに高まった。枷から解き放たれた鳥のように、自由に羽ばたいて巧みな演奏を披露する。
壁をぶち破り一山越えた。紗奈の心配は一切なくなった。本人も心情の変化が演奏に表れていることを実感しており、迷いが振り払われ悩みは消し飛んだ。歌も演奏も誰が聞いても申し分ない。
急激に焦り始めたのは進だった。あれだけ格好つけたのにも関わらず、自分の技量だけが二人と比べて遥かに劣っている。何とか同じ水準にまではいけなくとも、添え物としての役割は十分果たせるようにしなければと危機感を覚えた。
色々とあったが三人の一体感は盤石なものになりつつあった。進は覚悟を知り、紗奈は変わっていいことを教わり、悪郎は友情を重んじることを決めた。三者三様、欠けていたものを埋めた今、恐れるものなど何もなかった。
一方そのころ、寺沢美緒は怒りに身を震わせていた。紗奈をはみ出し者にする計画は完全に停滞していて、時間が経つほどに賛同者は減っていく。持ち前のコネとカリスマで何とか瓦解させずつなぎとめてはいるものの、文化祭が終わるまでに離反者を減らせるよう、罪悪感の共有に終始することが精一杯だった。
途中まですべて上手くいっていた。紗奈の周りから親しい人間を引きはがし、孤立させ、悪評をさりげなく流す。真綿で首を締めるように外堀から埋めて自然な形で紗奈をのけ者にできていた。
「どうしてあの女ばかりがっ!!」
美緒は怒りと共に拳を机にたたきつけた。奥歯がぎりぎりと音を立てている、悔しさで頭がどうにかなってしまいそうだった。
紗奈と中学校で一緒になるまで、美緒はずっとクラスで一番の人気者であった。男女問わず人望があり、男子は美緒の大人びた魅力に惹かれていたし、女子は美緒のカリスマ性を認め逆らわなかった。
人気者の自覚があった美緒は、誰にでも平等に自分という価値を分け与えていた。揉めごとがあれば仲裁し、困りごとがあれば解決に乗り出した。誰もが美緒を頼ったし、頼られることに美緒は快感を覚えていた。
自分に絶対的な自信があった美緒。しかしそんな自信も、如月紗奈の前では粉々に砕け散った。
一目でどうあがいても勝てないと悟った。これで紗奈の性格が悪ければ付け入る隙もあったのだが、それも皆無だった。
むしろ飾らない純粋な善良性は、あの手この手で演出を施してきた美緒のものと比べるとあまりにも眩しかった。どちらがより人を惹きつけるかとなると、あらゆる面で勝る紗奈に人は惹かれる。
美緒はそのことが許せなかった。自分が苦労して積み上げてきたものが、ただ一人の女に崩される。しかも紗奈には崩したという自覚すらない。崩してやったと自慢されるよりも業腹だった。
せめて自慢でもされた方が諦めもついた。しかし紗奈はそんなことを絶対にしない、それは美緒も分かっていた。分かっていたからこそ悔しかった。
「上手くいってたじゃない…、順調に孤立させてた。皆が抱いている如月紗奈への悪感情を煽れていたじゃない…、一体どこでどう失敗したの?何があいつを助けたの?やっぱり悪郎くんが…?」
美緒の悪郎への評価は最低だった。自分の告白を断ったこともそうだが、よく一緒にいるのが紗奈というのが何より気に入らなかった。誰がどうみても美男美女でお似合いの二人だ、悔しく思わない方が難しい。
加えて悪郎は外面を完璧に取り繕っていた。優しくて紳士で誰にでも好印象を与える完璧な立ち振る舞い、中身も外見も非の打ちどころがないように装っている。悪郎は心の内を見せるような下手は打たない、それが心を許していないものであればなおさらだった。
美緒は告白を断った恥知らずな悪郎を憎く思う気持ちと、それでも格好よくて優秀な悪郎を嫌いきれない気持ちを持っていた。だから悪郎が何かに感づいて紗奈に助け船を出した可能性を捨てきれない、実のところは進がすべて動いていたことなど予想だにしていなかった。
「…もしかして佐久間くんが何かやったの?」
それでも美緒は持ち前の観察眼で進のことが頭に浮かんだ。三人が一緒にいることはよく知っていたし、紗奈がその関係性を気に入っていたことは見れば分かった。だからそこから切り崩しにかかったし、分断自体は成功した。紗奈は見るからに弱り心を病み始めていた。美緒が自分の存在を隠したまま暗躍できた一番の功労者が進だった。
「ふっ、まさかね。それだけはないわ。佐久間くんはいい人だけどそれだけよ。話してみて分かったけど平凡そのもの。小坂も馬鹿よね、佐久間くんにあそこまで固執する意味なんてなかった」
美緒の人物評は的確だった。進は極々平凡であり、どうあがいてもクラスの中心人物になるような性格も容姿も持ち合わせていなかった。悪郎の指導で見かけは多少よくなったが、それでも中の上程度である。圧倒的に人を惹きつけるような輝くものはもっていない。
性格も悪郎に矯正されたおかげで大分改善されたが、以前は自分を高く見積もって相手を見下す典型的な中二病そのものだった。根拠のない自尊心で飾り付けられたハリボテは見苦しいし見抜かれる、進は悪郎と出会っていなければ特に目立つこともなく中学三年間を終えていただろう。
害もなければ益もない、大抵の人間と同じだった。しかしそれは以前までの進にしか当てはまらない。今はもう違っていて、誰かのために自分のすべてをなげうつことができる輝かしい精神を自分の中に見出した。
美緒が今の進を見誤り続けている理由は紗奈へ抱く嫉妬心と同じだった。眩くて直視することができない、それを心で理解していた。美緒は知らず知らずのうちに進から目を背けていた。
自らを弁えており、小坂拓巳と違って高すぎるプライドに邪魔されることもない、人脈の広さも人心掌握術も申し分ない。しかし美緒は、進に芽生えた勇気に目を背けたことで絶好の機会を逃した。手出しすることはもうできない。
「これも似合う!可愛い!いいよ紗奈ちゃん!でもステージに立つならもっと輝かせないと」
「姉ちゃん、中学校の文化祭だぞ。派手過ぎることはできないって」
「でもバンドなんでしょ?ちょっとくらい許されるわよ」
「あの奏さん、私もそんなに派手な格好はちょっと…」
練習を一通り終えた紗奈は、待っていましたと言わんばかりに奏につかまっていた。ヘアアレンジからメイクに衣装、奏は自分のコレクションを持ち出しては紗奈を着飾っていた。
殆ど奏の趣味みたいなものであったが、奏は奏なりに進たちに協力しようとしていた。ついでに欲望も大いに満たしてもいた。
「ま、確かに魅力的に飾ることも大切だけど、足し算だけで完璧になる訳じゃないものね。でもちょっとしたアクセサリーとかならいいでしょ?後メイクも」
「ええっとどうだったっけな…」
「俺が聞いた話では、派手過ぎず、すぐに落として元に戻せるなら可能だと言ってましたね」
「でしょ!?だったら進も悪郎くんもメイク教えてあげるから覚えなさい。人前に立つんだから着飾るのもマナーよ」
「えぇ…、僕もやるの?」
「ふむ、それも道理ですね」
「やるなら私も皆一緒がいいな」
嫌そうな顔をする進に奏が部屋のある場所を指さした。そこは進が「見られたらマズい物」を隠してある場所だった。
「メイク、覚えるでしょ進?」
「はい!ご指導お願いしますお姉さま!」
唐突に態度を変えた進に対して首を傾げる紗奈、進を見て呆れてため息をつく悪郎、色々と吹っ切れた進たちは奏の手によって着々と理想のアイドル像へとプロデュースされていった。




