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悪郎の幸福論  作者: ま行


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聞いてほしいこと

 部屋に飛び込んだ進は、べったりと紗奈にくっつく奏の姿を見て憤慨した。引きはがそうと近づくが、途中で悪郎に止められる。


「何だよ!?」

「こじれるからやめとけ。それにほら、そんなに悪い空気でもないぞ」


 悪郎はそう言うと二人のことを指さした。奏は紗奈の手を握ってキャーキャーと声を上げている。


「紗奈ちゃんすっごく可愛い!顔が最強!どうしてこんなに可愛い子があんなのと友達なの?」

「え?あ、あはは…」

「髪さらっさらで顔ちっちゃいのに目おっきくて、それでいて均整のとれた顔立ちでお人形さんみたい!アイドル?いやアイドルよりアイドルじゃない?推せる!推せるわ紗奈ちゃん!」


 二人の様子とやり取りを見せられた進は悪郎に言った。


「これでいい空気か?」

「悪くはないだろ。紗奈も嫌がってる訳じゃないし」

「断れないだけだろ」

「そうか?まあお前がそう思うなら助けに行ってこい」


 そう言うと悪郎はバシッと進の背中を叩いた。




 紗奈が練習に来たこと、本番までそう時間がないこと、好意だろうといきすぎれば迷惑だと説得し紗奈から奏を引き離した。去り際、紗奈に「またね」と笑顔で手を振る奏に「もう来るな!」と怒鳴って進は扉を閉めた。


「ごめんな如月。姉ちゃん、男女問わずアイドル好きなんだ。僕はよく分かんないけど、美男美女が好きなんだって。それで如月も標的になったんだと…」


 その発言は進が意図しなくとも紗奈を美女だと認めるものであり、それを聞いた紗奈は顔を赤らめて俯いた。自分の発言内容にやっと気が付いた進は、あたふたとしてしゃべりだした。


「いやそのこれは言葉のあやといいますか、なんといいますかえっとそのあの!」

「はいはい、もうそのへんでいいだろ。紗奈、さっさと始めようぜ」

「あっ、う、うん!そうだね、そうしよう」


 紗奈もあたふたとしてギターケースからギターを取り出した。ベースとドラムセットは学校に置いたままだが、ギターは紗奈が練習するためにケースごと悪郎が貸していた。ベースを持ち帰らないのは悪郎には練習の必要がないからである。


 練習が始まると先ほどまでの喧騒が嘘のように静まった。正しくは音が鳴っているので静寂ではないのだが、じゃれ合いの類は一切なくなり真剣な表情でそれぞれが自分の課題に取り組む。


 悪郎はギターの指導に熱が入り、紗奈は懸命にそれにくらいつく。進は悪郎が作った代用品で黙々とリズムを刻む練習をした。熱が入りすぎて時折ぶつかり合うこともあったが、その都度話し合って改善策を見つけては技術を磨き上げた。


 声をかけても下りてこない進と悪郎にしびれを切らした歩美は、邪魔してはいけないと思いつつも用意したジュースとお菓子を部屋まで運んだ。しかし扉をノックしても返事がなく、仕方がないのでゆっくりと扉をあけて中を確認した。


 三人は部屋に歩美が来たことを気が付かないほど練習に熱中していた。その様子を見た歩美はふっと頬を緩めると、音をたてないようそおっとお盆だけを置いて扉を閉め立ち去った。


「ちらっとしか見えなかったけど、あの子が如月紗奈ちゃんね。うーん、しっかし一体どんなことがあってあんなに可愛い子と進が知り合えたのかしら」


 去り際に、奏と同じようなことを呟いた歩美であった。




 そういえばと歩美から言いつけられていたことを思い出した進だったが、すでに部屋にお盆が置かれていることに気が付いた。いつまで経っても取りに来ないので運んできてくれたのか、邪魔をしないで立ち去ってくれたことに感謝しながら進は二人に声をかけた。


「ちょっと休憩しようよ。根詰めすぎるのもよくないだろ?」


 悪郎も紗奈も思ったより時間が過ぎていることに驚いた。それはより真剣に集中していた証であった。


 小休止中は練習のことなど忘れて雑談で場が賑わいだ。主な話題はジャスティスソード関連の話になる、なぜなら進の部屋のあちこちに関連グッズが飾られていたからだ。


 書籍にフィギュア、全話収録のボックスにサントラCD、ゲームソフトなども進の手の届く範囲で可能な限り集めてあった。壁にはドラマの名場面を切り取ったポスターが飾られており、そこには進が文化祭作戦を思い付いた劇場版のものも当然あった。


 映画の内容を知っている紗奈は、それを見てすべて察した。言葉や態度に出すことはなかったが、どうして進がこんなにも突飛な発想に至ったのかという疑問にようやく合点が入った。


「きっとものすごく悩んで悩んで、考えてくれたんだろうな」


 そう思うとにやけてだらしのない顔になってしまいそうだった。紗奈は気づかれないように下を向くと、むずと口を結んで我慢した。


 しかし同時にこの作戦を歓迎しきれていない自分もいた。紗奈はそのことを思い悩んでいて、どうしても全力を発揮しきれないでいた。紗奈にその自覚はなかったが、完全に納得していないことが一番の成長の妨げになっていた。


 一人でそんなことを考えていた紗奈だったが、進と悪郎の口喧嘩でハッと我に返った。


「だーかーらー!現行の作品だって十分面白いだろう!俺はそうやって過去作しか認めない狭量なファンの戯言が作品の質を落としてると思うね!」

「いいや違うね!ジャスティスソードまではよかったけど、それからのシリーズはパッとしなかった。僕は後の作品が、シリーズのレガシーを受け継ぎきれていないことが問題だって言ってんだよ!」

「製作者でもないくせに偉そうに!」

「何を!?」

「何だよ!?」


 二人の間でバチバチと火花が散る。いつの間にか始まっていた二人の喧嘩を紗奈が止めに入った。


「ちょっとちょっと、急にどうしたの二人共?」

「聞いてくれよ紗奈」

「聞いてよ如月」


 同時に発言した進と悪郎はまたしてもにらみ合った。紗奈は無理やり間に入ると「順番に!」とたしなめて悪郎を手で指し示した。


「はい、じゃあ悪郎からどうぞ」

「こいつが現行シリーズは駄作ばかりだとか抜かしやがるからさ、ぶちっときちまってよ。全然そんなことねえよなあ?どの作品もそれぞれの面白さがあるって紗奈もそう思うだろ?」

「あ、これすごくもめるやつだ。じゃあ次進くんどうぞ」

「ジャスティスソードから次の世代はさあ、硬派さが欠けてるんだよ硬派さが!子ども向けでありながらどこか闇を感じさせる設定がいいんだよこのシリーズは!如月もそう思うだろ?」

「わあ絶対に決着つかないやつ。はい二人とも深呼吸して、すってーはいてー、すってーはいてー」


 紗奈の掛け声に合わせて二人は深呼吸をした。しかし一旦間を置いてもいがみ合いの火の勢いは少ししか収まらず、結局悪郎は立ち上がると「頭を冷やしてくる」と言って外に出ていってしまった。


 残された進と紗奈、興奮さめやらぬ進はまだぶつぶつと文句を言っていた。やっぱり二人は兄弟みたいだなとくすくすと笑う紗奈、そしてようやく自室で二人きりになってしまった事実に気が付いた進は、サッと顔が青ざめて姿勢を正すと紗奈に頭を下げた。


「ご、ごめん如月!折角集まったのにこんな…」

「いいよいいよ。それにこういう喧嘩は今に始まったことじゃないでしょ?」

「うう…、面目ないです」


 三人で集まっても時折進と悪郎は二人で口喧嘩をし始める。それに慣れている紗奈にとって、この程度の喧嘩は何てことなかった。


 しかし進にはそうもいかない。なぜなら今ここは進の自室であり、そこに紗奈と二人きりでいるからだ。その事実は進を焦らせる、学校で二人きりになるのとは訳が違った。


 一気に緊張感が高まる進だったが、紗奈にとっては都合のよい状況だった。がちがちに固まる進に紗奈が話しかける。


「進くん、ちょっとお話してもいいかな?聞いてもらいたいことがあるの」


 ヒュッと思わず息をのむ進であったが、紗奈の表情や目を見て浮かれていられるような態度ではないことが分かった。今度は一気に落ち着いて進は紗奈と向き合った。


「聞くよ。何か重要な話なんでしょ?」


 紗奈はコクっと頷いた。進が頷き返して少しの静寂の後、紗奈はゆっくりと話し始めた。

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